第68話 ダンジョンとマシーン
おう、マジか。これは完全にフラグをへし折ってしまった感があるじゃんね。
……いや、待て。まだだ、慌てる時間じゃない。
もしかしたら、ちょっと長いお花摘みの可能性だってゼロじゃないだろ。
――兎にも角にも、探さなくては。
ベースから一歩出れば、危険と隣り合わせのダンジョンである。
何があっても、なんら不思議ではない。その
と、いってもその
「……心配ですね、ちょっと辺りを探してきます」
「そうね、さすがに遅すぎるわ。手分けして探しましょう! クレアと私であっちを、貴方は向こうをお願いできるかしら?」
「いや、でも……ベースの外には魔物がいる可能性も」
「見くびらないでほしいわね。こう見えても貴方と行動するうちに、私も少しは強くなったのよ、それにクレアも一緒よ。だから……少しは信頼してほしいわね」
ドヤ顔で腕まくりをするローズさん。その細腕には小さな力こぶがプニっと、コンニチワ。
どうしよう……全然、大丈夫な気がしないわ。
漫画の登場人物であれば、真っ先に死んでしまうタイプじゃんね。
そして、たまに回想シーンで登場して主人公を励ましたりするヤツだきっと。
などと考えていたら、
「私も見ていますし、危なくなったらベースまで引き返してきますので安心してください」
と、ここでクレアさんからの助け舟。
さすがにここまで言われてしまったら、信用しないほうが関係にヒビが入ってしまいそうだ。
「では、そちらはお任せします。少しでも危険を感じたらベースに退避してください」
「ええ、まかせてっ!」
クリスティーナ捜索から数時間。
結果からいえば、見つけることはできなかった。
そして、俺たちは一旦ベースまで戻りこれからの作戦会議をすることに。
クリスティーナさんは一体、どこへ行ってしまったのだろうか。
探せる範囲で見て回ったが、魔物に襲われ痕跡はなかった。
それどころか、なんの手掛かりもなく完全に空振り状態の帰還である。
ということは……つまり、そういう事なのだろう。
クリスティーナは自分の意思で、このパーティーから出ていったに違いない。
思い返せば、昨晩なにやら考え事をしていた様子だった。
もしかしたら、こんな冴えないアラサーとはもう冒険したくないとか、思われていたらどうしよう。
これはもう、本格的に立ち直れないかもしれない。
「……本当にどこへ行ってしまったのかしらね」
「これだけ探してもいないという事は、クリスティーナの意思で去ったと考えていいでしょう」
なにか自分で言っていてちょっと悲しい。
思えば、今までの人生の中で一番長い時間をともに過ごした女性ではないだろうか。
そう考えると、どうにもお酒が飲みたい。
ストロング系のアレなら、きっと忘れさせてくると思うんだ。
きっと9%のアルコールだけが、やまださんを癒してくれる。
「――貴方はそれでいいのかしら?」
ローズさんからお声がけ。
その声は凛と透き通っていて、なんだか胸を射抜かれた心地がした。
良くないよ、良くないに決まってるじゃん。
でもさ……。
「きっと、何か考えがあっての事でしょう。私はそれを尊重したいと考えています」
だから、こんな綺麗ごとしか言えないじゃんね。
できることなら、ダンジョン攻略なんか放りだい気持ちでいっぱいだよ。
「ふーん、それならいいのだけれど。じゃあ、このままダンジョンを進むってことでいいのよね?」
「……はい、そうしましょう」
ということになった。
薄暗かった早朝から太陽の位置はずいぶんと高くなり、時刻は昼過ぎ。
やまださん一行はダンジョンをひたすら進む。
向かうは、ダンジョンの中心部へ向けて。
打撃音を鳴り響かせながら――
ガツン、ガツン――バラバラバラ。
「よし、壁に穴が開きました。さぁ、急いで向こう側へ」
ダンジョンの壁に空いた二メートルほどの穴を潜り素早く向こう側へ。
あれから何度となく繰り返してきた、
そして、次の壁へと戦斧を無心で打ちつける。
ガツン、ガツン――
そう、俺はマシーンなのだ。
ただ、ダンジョンの壁に穴を開けるだけのマシーン。
そうすればこのモヤモヤした気持ちに負けて、余計なことなど考えなくて済む。
そして、ダンジョンの壁に穴を開け続けたことで得る膨大な経験値が、レベルアップのお知らせを何度となく鳴り響かせた。
ゲームでは当たり前のようにある、レベルアップごとに訪れるスタミナの完全回復。
それはこの世界も同じようで。おかげで休憩を挟むことなく、ひたすら戦斧を打ち続けることができる。
今まさに、永久機関を得たマシーンは無敵。
もう、誰にも止められないんだぜ。
ガツン、ガツン――
ガツン、ガツン――
「ね、ねぇ……?」
「なんですか、ローズさん」
「ちょっと休まないかしら……だって、貴方ずっと壁を壊し続けているわ。倒れてしまわないか心配で……」
「マシーンに休憩はいりません。ただ、壁を壊し続けるのみです」
「まっ、ましーん? ごめんなさい、ちょっと貴方の言っていることがわからないわ」
「お気になさらずに」
ガツン、ガツン――
ガツン、ガツン――
「あっ、待って! クレアがお腹が痛いって。こ、これは休憩をとらなくちゃだわ。 そうよねぇ、クレアッ??」
「えっ? あっ、はい! あたたっ、……おっ、お腹が痛いなぁ」
むむ。マシーンとしては遺憾ではあるが、そこまで言われては止まらざるを得ない。
「わかりました。あと、一振りでこの壁が壊れます。向こう側の通路で休憩をとりましょう」
「ええ、そうね! そうしましょう」
マシーンは戦斧振りあげ、渾身の一振りを壁へと打ちつける。
――ピシッ。
何度も打ちつけ脆くなっていた壁に、無数のヒビがクモの巣走る。
やがてそれは破片となって、バラバラと音を立てて床へ落ちていった。
破片が巻き上げる砂煙が視界を覆う。
甘い香りが鼻腔をくすぐったかと思うと、壁の向こう側から吹く風に砂煙は洗われ、
そして、目に飛び込んできたのは一面に咲き誇る花だ。
花びらが雪のように降る。ベースと呼ばれる広場よりも、更に広がりを見せる空間。
それはまるで、一枚の絵画のようで思わず息を呑む。
「……これは」
「ええ、すごいわね……」
「私もこれだけの花を一度に見たことはありません」
どれだけの間、見とれていたのだろうか。
五分か、十分か。いや、それ以上かもしれない。
感動は人を成長させるとどこかで聞いたが、思わぬところで実感するとは思わなかった。
なにせ、このマシーンに人の心が戻ったのだから。
そして、ポップなメロディーのお知らせがレベル50に到達したことを告げた。
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