第66話 ベース
あれから頑なに土下座をやめないクリスティーナを立たせ、ダンジョン攻略を再開すまでに小一時間程かかった。
その際に、『救世の御手』をなし崩し的に了承してしまったのはちょっと早計だったかもしれない。
といっても、俺も男だ。「あなたは英雄ですよ」と言われて正直、悪い気はしなかったのも事実。
しかし、気になるのはその義務や責任といったやつだ。
それの重さ如何では、お断りする方向に話を持っていかなくてはならない。
フリーターが背負える責任など、バイトリーダーが精々である。
三人以上の上に立つなど、ちょっと荷が重い。
「御手の義務ですか? えっと、人々を救い導く者の総称で、特にやらなきゃいけない事とかはなかったと思います」
クリスティーナから返ってきた答えはこんな感じ。
もしかして、名前だけは大層だが
だとすれば、このままでも良いのではないかと思わなくもない。
それに、カッコいい肩書きがあったほうがモテるかもしれないしな。
昔読んだ雑誌にそんなことが書いてあった気がする。
童貞はモテるというパワーワードにめっぽう弱いのだ。
さて、やまださん御一行はナンヤカンヤとダンジョンを進む。
ここまで魔物にも遭遇することなく、順調に進度を稼ぐことが出来た。
そして、高かったお日様も随分と下がり、もう少しすれば空は茜色に染まることだろう。
そろそろ、本日の寝床となる場所を探さないといけない。
考えてみれば、ダンジョン内で泊まるのは初めてじゃんね。
キャンプなんていつ以来だろうか、ちょっとワクワクする。
やっぱ、キャンプファイアーにマシュマロは外せない鉄板だと思うんだ。
あったかなマシュマロ。アイテムパックに家にあった物を片っ端から入れてきたから、もしかしたら入っているかもしれない。
後で確認してみないとな。
「今日はダンジョン内で夜を明かすことになりそうです。どこか泊まれそうな場所を探しましょうか」
「そうね、ダンジョンで野宿なんて初めての経験だもの。楽しみだわっ」
ローズさんもですか、奇遇ですね。わたくしもなんですよ。
「クレアは以前、ダンジョンの中で野宿した経験があるって言っていたわね。クリスティーナは随分とダンジョンに慣れている様だけれど、そういった経験はあるのかしら?」
おっと、それ以上はいけない。
クリスティーナは呪いを掛けられていたせいでスケルトンだったのは記憶に新しいところ。
その見た目からか人里を追われ、ダンジョン逃げ込んだ悲しい経験を持っている。
慣れているどころの話ではない、むしろ
きっとそれは、トラウマを刺激する苦々しい記憶ではないだろうか。
ほら、見てみれば俯き加減で顔に暗い斜線が入っているかのよう。
「まぁ、まぁ。ローズさん、この話はやめにしましょう」
「そ、そう? 貴方が言うのであれば……」
「あ、あそこあたりはどうでしょうか? 随分と開けていて野営によさそうですが」
話を変えるべく、やまださんが指を差す方、石材で整えられたかのような広場。
そこに
星空の下、焚き火を中心に車座になって夕食なんて最高に冒険者してる。
わるくないな。むしろ、それしかないって感じがするわ。
「あの場所はもしかして、
「ベースですか」
なんだろう、ベースって。
言葉の響きからして、野営に向いてそうな感じがするのだけれど。
「ダンジョンには魔物が集まりやすい魔素溜まりと、逆に魔物がほとんど拠りつかないベースと呼ばれる場所があるのよ」
「なるほど、ダンジョンの中にも色々あるものなのですね」
「ええ、そうなのよ。魔素溜まりはその濃い魔素によって魔物を寄せつけていると考えられているのだけれど、ベースについてはどうして魔物が拠りつかないかはまだ解明されていないわ。一説によれば神の祝福が在るとも、魔物の嫌う何かが有るからとも云われているの」
さすがは、ダンジョン通ことローズさん。
おかげで、また新しいダンジョンの知識を得られたぞ。
ゲームで言うところの、安置と考えていいだろう。
であれば、アレだなアレしかない。
「……ここを、野営地とする!」
これだ、これを言いたかったのだ。
漫画であればきっと背景にドンって擬音が入っているに違いない。
やだ、やまださん滾っちゃう。
「……そ、そうね。それが良いと思うわ」
「は、はいっ……ご主人様」
満足げな俺とは対照的に、ポカーンとした反応を見せるパーティーメンバー。
このネタは日本でも一部の人間にしか通じないニッチな部類に入るだろう。
とはいえ、この反応はちょっと悲しい。
ベースと呼ばれた場所は、ちょっとした公園程度の広さだ。
造りは欧州の庭園あたりをイメージをすれば、ドンピシャな感じだろう。
その中で比較的に平らな場所、中心部よりもやや外れたこの場所が今夜の寝床だ。
準備をしている内に空を茜色に染めていた陽はすかっかりと落ち、俺たちの頭上には無数の星ぼしが煌く。
零れんばかりとは、まさにこの事を云うのだろう。
そして、車座になって囲む焚き火がパチパチと音を立てて燃える様は最高にアウトドア。
手に持つレトルト食品でさえ、美味しく感じてしまうのはこの雰囲気に呑まれてしまっているせいだろうな。
「本当に美味しいわね、これ!」
アイテムパックから出したレトルト食品を夢中で頬張るローズさん。
それ実は百均で買ったやつなんですよ。でも、喜んでもらえて嬉しいです。
「ローズ様、これも美味しいですよ」
それも同じ百均で、しかも親子丼のルーだけ。
用意する前に食べ始めてしまったから、言いだせなかったけど。
白米にかけて食べるとね、もっと美味しいんですよ。
「クレア、一口貰うわね。んっ……美味しいっ! 卵とアッサリとしたお肉が合うわね」
「私も一口頂いていいですか、ローズ様」
ああ、今度はハヤシライスのルーだけ。
本当にどうしよう、完全に言うタイミングを逃してしまったわ。
俺には今更、白米を出す勇気なんて持ち合わせていないよセニョール。
「ご主人様のいた世界の料理は何を食べても美味しいですねっ!」
おう、マジかよ……。
なんとうことでしょう。クリスティーナさんが食べているそれ、ドックフードじゃないですか。
アイテムパックから出した時、一つ一つ確認もせず適当に出してせいだろうか、そこで混じってしまったのかもしれない。
しかし何故、ドックフードが家にあったのかはわからないが。
美味しそうにドックフードを食べているクリスティーナさんを見ていると、チクチク胸が痛んでくるぞ。
「……喜こんで貰えて何よりデス」
もう、直視なんて出来ない。
俺には……、俺には真実を告げる勇気がなかった。ごめんよ、クリスティーナ。
だけれど、世の中には、知らないほうが良い真実ってあると思うんだ。
こうして腹を満たした俺たちは、明日に備えて早めに寝ることにした。
持ってきた厚めの布を敷いただけの簡素な物だったが、不思議と不快感はなかった。
それはレベルが上がったことで体が強化されたのか、それとも単純にこの世界の生活に慣れてきたのかわからないが、横になって目を瞑るとすぐに意識の綱を手放した。
カサッ……。
どれくらい眠っていたのだろうか。まだ周りが暗いことを考えると、そんなに時間は経っていないように思える。
目を擦り、ぼやけた視界の先に見えたのは、月明かりに照らされて佇むクリスティーナ。
起きあがった俺に気がついたのか、クリスティーナは振り向いて視線を向ける。
「――あっ……ご主人様」
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