第53話 ダンジョンと集落
『陽の差すダンジョン・アルカン』は、
ダンジョンは洞窟や、地下遺跡にあるものばかりだと思い込んでいた俺は、目の前に現われたアルカンの存在感に度肝を抜かれた。
なぜならそれは、地上100メートルは超えるであろう巨大な石壁。
それが幾重にも入り組み、迷宮を形作っていたからだ。
これほどまでの巨大建造物は、元の世界でもそうそう見れるものではない。
大きいというそれだけで、人に存在感や感動を与えるものだ。
「どうだ、デカイだろう?」
馬車の窓から、アルカンを眺めているとセニョール……もとい、クラリスから声がかかる。
しかし、アイツの名前がクラリスなんて、こんなシャレたものだとは思わなかった。
なんかもう、完全に裏切られた気分だわ。
絶対に、セニョールのほうが似合ってるって。アミーゴ。
「ええ、聞いていた話よりも大きく思えるくらいですよ」
「本当ねっ! こんな大きい物なんて見たことがないわっ」
ちょっと、ちょっと、ローズさん。
こんな小さな窓を二人して見るのは、色々とマズイと思うのですよ。
だって、ほら。ね?
お顔と、お顔が、今にも、くっついてしまいそうじゃないですか。
顔だけ見れば、そこいらのなんちゃらモデルなんかよりも、断然綺麗ですから。
私めの顔なんかに、くっついた日にはもう、童貞のゲージはレッドゾーンギリギリ。
もしかしたら、振り切ってしまうかもしれない。
「あれ、どうしたの? もう、見なくもていいの?」
「……ええ、何でもありません。もう、充分です」
「そ、そう? なら、いいのだけれど……」
痛恨のギブアップからの戦線離脱。
童貞風情には、ここいらが限界だったようです。
くうううっ……ローズさん、良い匂いだったな。ちくしょう。
カタカタと、揺られていた乗合馬車もついに到着。
ダンジョン周辺に作られた集落にある、停留場へと止められた。
集落といっても、山中にある過疎なものとは違い。
冒険者ギルドの支店に二件の宿泊施設、雑貨店や飲食店、挙句の果ては売春宿まで揃っていて、中々の規模といったところだ。
まぁ、これはすべて、クラリスから聞いた話の受け売りだけど。
しかし、見るからに人の流れも集落のそれではない。
さすがに、迷宮都市と比べると見劣りするものの、これはこれで活気を感じる。
「貴殿には世話になったな。また会おう」
「ええ、また会いましょう」
『黒鉄の剣』のメンバーとは、ここでお別れだ。
彼らは、ここから少し行った所にある村で依頼をこなすらしい。
その後は、拠点である迷宮都市へと戻るそうなので、機会があればまた会うこともあるだろう。
俺とローズは、『黒鉄の剣』のメンバー達に見送られ、集落の中心部へと向かう。
停留場から徒歩で、五分とかからない距離だ。
「ねぇ、これからどうするの?」
横を歩く、ローズから声がかかる。
「今から、宿をとって。それから、食事でもしましょうか。昼は盗賊団に襲われて、食べる機会を逃がしてしまったからね、お腹がすいたのではないですか?」
「そうね。もう、お腹がペコペコだわ」
一日、馬車に揺られていたせいで日はずいぶんと下になってきている。
もう少しすれば、あたりも暗くなり始める頃だ。
夕食には、ちょうど良い時間帯だろう。
今日はゆっくりと休んで、明日からダンジョンにアタックをかければいい。
「焦っている時には、良い結果はでない」これは、よしえさんの口癖だ。
今回はこれに従おうと思う。と、言っても特段、焦っているわけではないので。
本音を言えば、馬車移動に疲れたから。今日は休んでしまえだ。
宿をとって早々に、酒場にでもくり出して、異世界情緒の雰囲気を楽しみつつ、いい感じに酔っ払ったらベットにダイブイン。
ああ、素晴らしいプランじゃないか。
これがいい、これでいこう。
ダンジョン帰りであろう冒険者、それに行き交う商人達をすり抜けて、お目当ての宿へ向かう。
クラリスの話では、ここには二軒の宿屋がある。
『麦わら亭』と、『黄金の稲穂亭』だ。
この二軒は、ローファン兄弟が経営しているらしい。
兄が『麦わら亭』を、弟が『黄金の稲穂亭』をそれぞれ営んでいる。
なんでこんな集落に二軒も宿屋があるのかと思ったが、クラリス曰く兄弟喧嘩が原因らしい。
こちらの世界も、兄弟というものはあまり違いはないようだ。
しかし、この小さな集落に二軒も宿屋があれば、どちらに泊まればいいのか悩んでしまう。
いっそ、迷宮都市のように沢山あれば、適当に選ぶことも出来るが、二択というのはいただけない。
そこでクラリスに、どちらがオススメかと聞いてみたところ、どちらも変わらないと返された。
そう返されては、さらに悩んでしまうのが日本人。
ここは一つ、ローズさんに丸投げしてみることにした。
「それはもちろん、『麦わら亭』よ!」
鶴の一声、今夜の宿は『麦わら亭』に決定した。
「ちなみに、『麦わら亭』にした理由を聞いても?」
「ええ、いいわよ。この地方では、旅立つ冒険者に家族が麦わらで編んだ馬の人形を贈るの。
それは、無事に帰ってこれるように願いを込めてね。だからこそ、これからダンジョンに挑む私達に『麦わら亭』が相応しいと思うわっ」
「なるほど、そんな風習があったのですね。勉強になりました」
「ぜ、全然いいのよっ。わからないことがあれば、な、なんでも聞いてくれていいのよっ」
「ありがとうございます。ローズさん」
「っ……」
そうと決まれば早かった。
麦わら亭で空いている部屋を二つ取り、前金で支払い近くの酒場へとくり出す。
ちなみに、宿泊費は銅貨で三十枚。迷宮都市よりもやや高めの設定だ。
その宿屋代は、「これも経費の内よ」と、ローズが支払った。
酒場の中に入ると、そこは仕事を終えた人達によって賑わいを見せていた。
仕事終わりの一杯、というやつだろう。
店の奥のほうでは、見たこともない弦楽器が、アップテンポな曲を演奏して場を盛り上げていた。それにつられて誰も彼もが、楽しそうにお酒を飲んでいる。
その中から、空いているテーブル席を見つけ、この店でオススメのお酒と料理を注文する。
ものの数分も経たないうちに、発泡性の琥珀色をしたお酒が木製のジョッキで運ばれてきた。
注文した料理も、もうすぐ運ばれてくることだろう。
「ここは、私のおごりよっ。遠慮せずに食べてね」
「何から何まで、すみません」
「い、いいのよ、全然気にしなくていいのだからっ。貴方には無理をお願いしているもの。
それに……」
ローズの視線が少しばかり、下がる。
「それに、なんですか?」
「本当は、貴方に断られると思っていたの……」
ローズの華奢な指が、木製のジョッキを撫でる。
その仕草は彼女の容姿も相まって、まるで映画のワンシーンのように様になって見えた。
よくよく考えてみれば、異性と二人きりでお酒を飲むのは初めてじゃなかろうか。
まぁ、アレだ。従兄妹のユキノは家族のようなものだし、ノーカンだノーカン。
家族から貰ったバレンタインデーチョコをカウントしない要領と同じもの。
そして、一度、異性と二人きりでお酒を飲むというシュチエーションを意識してしまえば、ドギマギとしてしまうのは、童貞の性というものだ。
それを悟られまいと、ビールに似たお酒をジョッキの半分ほど一気に煽り、次の言葉を待つ。
「だって、貴方はダンジョンを踏破してしまうほど英雄じゃない? その強さだって、歴代のオリハルコン級にも引けをとらないものだわ。いいえ、それ以上かも」
歴代のオリハルコン級がどれだけ凄いのか、この世界に疎い自分にはサッパリだが。
ローズの中で、俺に対する評価がずいぶんと高いようだ。
「それはちょっと、持ち上げすぎではないですか」
「いいえ、そんな事はないわっ。これでも、足りないくらいよ。
だから、私の依頼を貴方が、受けてくれた事は本当に嬉しいの」
今までの人生で異性に、これほどまでに期待を向けられたことがあっただろうか。
それは、否だ。だとすれば、これに応えるのは吝かではない。
どうやら、この依頼に対して、少しばかりやる気が芽生えてきたようだ。
今だったら、週3勤務だったバイトを週5までなら頑張れてしまいそう。
フルタイム勤務からの、正社員昇格だって夢じゃないだろ
「そこまで褒められては、いやがおうにも頑張るをえないですね」
持っていた木製のジョッキを、ローズに向けて差し出す。
「ええ、頼りにしているわっ」
と言うと、ローズは自分のジョッキを俺の持つジョッキに軽くぶつける。
コーンと、小気味良い音が鳴る。
それが合図だったかのように、運ばれてくる料理の数々。
それらに舌鼓を打ちつつ、その日の夜は更けていった。
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