第42話 ローズのお願い3
「……クリスティーナ?」
ドアの向こう、顔を赤らめた姿で立っていたのは、クリスティーナだった。
こんな夜更けに、どうしたのだろうか。
もしかして、これは夜這いという名のやつ。
マジか、マジか。まだちょっと、心の準備が出来てないのだけど。
「ごしゅじんさまぁ……」
ゆっくっりと、部屋に入ってくるクリスティーナ。
その瞳は潤んでいて、桃色に染まった頬と、あわせてすごく色っぽい。
どうしよう。このまま、ビッグウェーブに乗ってしまっていいのだろうか。
しかし、どぎまぎするも、すでにタイムアウト。
クリスティーナさんの顔が近い、吐息が届く距離ってやつだ。
肌から漂う、甘い香りが脳を熱くする。
ストンッ……。
……あれ?
間近まで、迫っていたクリスティーナの顔は、俺の横をすり抜けてベットへダイブした。
どうやら、夜這いではなく、寝ボケていたらしい。
少しホッとしたような、俺の純情を返せと言いたいような、複雑な気分のまま。
クリスティーナに上掛けをかけて、一階のエリザから布団を一組借りにいった。
俺の今日の寝床は、床に決定したようだ。
翌日、日が昇ると同時に、一階の食堂へと向かう。
クリスティーナは、まだ眠ったままだ。
とても気持ち良さそうに寝ているので、起こしてしまうのは、なんだか可哀想な気がして、そのままにしてきた。
食堂は三つほどの、テーブルが並ぶ広さで、まだ朝が早いせいか、他の客は見えない。
「おはようニャ、良く眠れたかニャ」
と、入るなりエルザから、挨拶をもらう。
俺が起きて来るよりも早く、作業をしていたらしい。
結構早く起きたつもりだったけど、一体いつ起きたのだろう。
見た目とは違い、中々の働き者だ。
「おはよう、おかげさまで良く眠れたよ」
椅子に、腰をかけながら答える。
すると、テーブルにコーヒーに似た飲み物が置かれた。
「これは?」
「コフィーニャ、朝の目覚めに一杯どうぞニャ」
「ありがとう」
エリザにお礼を言い、コフィーと呼ばれた温かい飲み物に口をつける。
名前もよく似ているが、味もコーヒーにソックリだった。
まさに、ブラックコーヒー。
目覚めの一杯といえばこれだよな、コーヒー党の俺としてはありがたい。
「しかし、あのダンジョンでヤマダは突然消えたけど、アレは何かの魔法かニャ?」
おっと、良い方向へ勘違いしてくれたみたいだ。
さすがに、『送還』について、上手く説明できる自信がない。
何て言ったって、自分自身でさえ、完璧に理解していないからな。
「に、似たようなものかな……」
「おおっ、やっぱり魔法かニャッ! すごいニャ、私は魔法なんて使えないから尊敬ニャーッ!」
感嘆ををあげるエルザに対して、騙したようで心苦しいが、ここはこれで通すしかない。
「そういえば、あの後パーティーメンバーとはどうなったんだ?」
突っ込まれる前に、話題を変えてしまえ。
「あんにゃやつらは、もう知らないニャ!」
どうやら芳しくない様子、さすがにトレインを前にして一人、置いていかれてはシコリが残ってしまったのだろう。
「そうか、悪い事を聞いてしまったな……」
「いいニャ、いいニャ。それよりもご飯はまだニャ?」
と言うと、ニヤリと笑うエリザ。
厨房に入ったかと思うと、すぐに大きな皿を持ってきた。
「猫のマタタビ亭、名物の猫マンマをご堪能あれニャ」
目の前に置かれたそれは、米に似た物の上に、炒めた肉や野菜などがのった丼もの。
確かに、名物というだけに美味そうなのだが、朝食としては些か、ヘビーな気がする。
だけど、出された以上は食べないとダメだよな。
なんとか猫マンマを食べ終えて、一度、部屋に戻ることにした。
そろそろ、クリスティーナを起こさないとな。
食堂を出る際に、エルザが「あれを食べきるとは、恐るべきニャ」と言っていたのが聞こえた。
あの野郎、食べきれない量を出しやがったなと、思いながらもパンパンに膨れた腹を抱えながら、二階の部屋へとあがる。
ドアを開けて迎えたのは、ベットの上で正座をしたクリスティーナ。
「ご、ご主人様、も、も、申し訳ありませんっ!」
日本人には、御馴染みの土下座スタイル。
こっちの世界でも、この謝り方が一般的なのだろうか。
「ああ、昨夜のアレか」
「は、はひっ」
「とくに何かあったわけじゃないし、そんなにも謝らなくても大丈夫だよ。それよりも、下の食堂で朝ご飯食べておいで」
「ありがとうございますっ、わかりました!」
「あっ、クリスティーナ」
「は、はいっ」
「
「ひどいですっ、ご主人様……」
猫のマタタビ亭を出て、ローズとの待ち合わせ場所へ向かう途中、クリスティーナが不満を漏らす。
俺の言葉を、素直に従ったクリスティーナは、猫マンマの洗礼を受けたようだ。
「あはっはは、でも味は良かっただろう?」
「美味しかったですけど、うっ、くるし……」
ローズとの待ち合わせは、街の外れにある乗り合い馬車停。
猫のマタタビ亭から、徒歩で20分ぐらいの場所にあるらしい。
宿を後にする際に、女将さんから教えてもらった。
そして、女将さんは「娘の恩人からは、お金はもらえないにゃ」と、宿代を受け取ってはくれなかった。
おまけにお弁当まで頂戴してしまって、まさに至れり尽くせりとはこのこと。
今度は、ちゃんと宿代を払って、泊まりにいかなくてはなと思う。
などと、考えながら歩いていると、待ち合わせ場所に到着。
そこには、ローズとクレアさんの姿が見えた。
少しばかり早く着いたかと思っていたが、もうすでに、待っていてくれていたようだ。
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