罠
「君たち、本当に三人だけでやるんだな?」
金井がスマートフォンで時刻を確認して、嘆息と言葉を吐いた。山岸は深呼吸を一つすると、そんな金井の背中を軽く小突く。
「大丈夫だよ。私たちはあの晩、生き残ったんだ。今回だってやれる」
金井と山岸が互いの顔を見合わせて笑い合う。悲壮感に満ち満ちた空気を吸うのを嫌ったイロウは、そっぽを向いて一人での呼吸に落ち着く。
「見ている限り、中に入ったのは八人か? にしても、どうして彼らは外で様子を伺っているんだ」
アルファ隊と同じように、藍原一派が雑居ビルを静観する奇妙な状況をイロウは訝しむ。
「俺たちは目の前の集会に対して手を打つしかないと思うぞ。外でゴタつけば、雑居ビルの中の奴らを仕損じる」
「わかってるさ。ただ、留意しといて損はないだろう?」
事態の成り行きを少しでも思い描いてから、事を起こすべきだとイロウは二人に解いた。金井はそれに頷きつつも、雑居ビルを指差して、云う。
「三階だ。そこが一番、臭う」
身を屈めたイロウの両足に血管が隆起する。
「遅れるなよ」
そう言った直後、ヘリが飛び立つかのような風圧が周囲に巻き起こり、イロウは瞬く間に雑多ビルを目と鼻の先に捉えた。右腕の筋肉の筋が蠢き出し、木の根のように絡みつく。
「オラっ!」
力のこもった掛け声と共に、異形と呼んで差し支えない右腕を雑居ビルの壁へ振るう。灰色のコンクリートは穿たれて、瓦礫を伴ってイロウは中へ入った。
建設の途中で作業を止めたかのような空間は、エレベーターと非常用の階段に繋がる扉があるだけだ。そしてそんな場所へ勢いよく割って入ったイロウは、足並みを揃えた八人の人影を見る。金井と山岸もイロウの後に続き、壁の穴を通って雑居ビルに足を踏み入れる。
「来ましたね。アルファ隊」
華澄由子を中心に、ピエロのマスクを着用した七人の吸血鬼が整然と横ならびになり、アルファ隊の三人を迎え入れる。
「……」
美食倶楽部「あめりあ」に、誘い込まれた格好になった金井、山岸、イロウは同時に苦虫を潰す。
「外の奴らと繋がっていたってことか」
イロウの懸念は現実のものになって立ち上がった。
「でもよォ、こんな中階を選ぶあたり、脇が甘いんじゃないか?」
イロウの両腕が脈打ちながら肥大していき、屈まずとも床に手が着く異形の化身となる。
「始めるか」
そしてその両腕を振り上げた。あらます機運を掴み損ねた金井と山岸が、何もわからないまま身構える。両腕を振り下ろされた床は、薄氷が割れるかのようにイロウを中心にヒビが走った。床はいとも容易く崩れていき、飛び退こうとする足場は失われて、全員が二階へ落ちていく。
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