出来るなら
ビジネスホテルの白い壁紙を中心にした無味乾燥な装飾類は、利用者の性質をよく理解し、眠りを妨げない最大限の努力が払われている。金井は、免許証などの身分証となる物を長財布から取り出して、シングルベッドの上に広げた。
「神田正徳。あの変体の規模からすると、相当数の人間を食らったはずだ」
アルファ隊としての見地から、神田の素性を探れば、短期調査の幹となる問題に突き当たる。
「この町で頻繁に起きている行方不明者のすべてをコイツのせいだと断言できないな」
山岸が腕を組んで意見を落とすと、金井もまた思案の兆しに爪を噛んだ。
「仲間割れ、なのか?」
眼前で起きていた藍原たちと神田の対立から推測を立てるものの、確信は得られない。
「もし集団から爪弾きにされた結果なのだとしたら……」
のめり込むように前傾姿勢になる山岸を見た金井は、嘲笑じみた息を軽く吐く。
「にしても、まさか吸血鬼の集団に受血者が混じっているとはね」
山岸は苦い顔をする。それもそうだろう。バーテンダーや亀井を取り押さえて、詰問するつもりでいたのに、たった一人の受血者によって瓦解したのだ。恥を感じずしてどうする。
「厄介だよなぁ。吸血鬼だけならまだしも、嗅ぎ分けられない受血者に混じられると、死角から迫られ放題だ」
これから起き得る戦闘を見越したアルファ隊の欠点について、二人は頭を抱えた。
「他の奴らと合流するか」
諦観の籠った息の吐き方をする山岸に対して、金井が刹那に言葉を返す。
「待て待て。この吸血鬼集団の規模感が分からないかぎり、早まった対応は避けたい」
金井をここまで及び腰にさせる背景に、「アルファ・マンティス作戦」が見え隠れる。現代史に未来永劫、席を置くであろう死者の数は、作戦の可否を多角的に捉えようと思案した先にいつも鎮座し、「二度と繰り返してはならない」と結ぶのだ。当事者ですらそうなのだから、自分たちがきっかけとなり、新たな惨事を起こすのは憚られた。
「穏便に済むと思うの?」
山岸は先の戦いを通して、もはや死傷者が出ることは避けられないと考えていた。神田という一体の吸血鬼の死体が出た時点で、この一件はタダでは済まないと、金井もわかっている。だからこそ、安易な決定を下す真似は避けたい。それが現実逃避のようなものであっても、最後の最後まで考えることを放棄したくない。
「できるなら、したい」
それは祈りにも似た願いだ。
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