第二話 歓楽都市ラスベガ

 歓楽都市ラスベガは遊びに来た金持ちもいれば、有り金をすべて溶かし着るものまで質に入れてしまった文無し冒険者まで様々な人で溢れている。

 都市の中央には、この都市の象徴とも言えるカジノが建っている。

 魔王はカジノの入り口でカジノの看板を見上げていた。

「ウチ(魔王城)よりも立派じゃないか?ここ」

 悔しそうに奥歯を噛み締める。すると入り口に立っていた黒服が話しかけてきた。

「ようこそ、この国最大級のカジノ『ゴールドメーカー』へ!」

 体格の良い黒服の男はこのカジノの門番も務めているのだろう。

「なぁ、勇者はここに来たか?」

「ようこそ、この国最大級のカジノ『ゴールドメーカー』へ!」

「いや、だからな勇者は…」

「ようこそ、この国最大級のカジノ『ゴールドメーカー』へ!」

「何こいつ、怖…」

 魔王はため息を吐くと話の通じない男を無視して中に入っていった。


 中は多くの人の熱気で少し蒸し暑い。ドリンクをお盆に乗せて運ぶバニーガールを見ているだけで、このカジノに来て良かったと思う人もいるらしい。

 魔王は例の如く勇者を探す。その強大な力を隠せるわけもなく、すぐに見つけることができた。


「なにを遊んどるんだ!貴様は!」

 スロットマシンのレバーを引く勇者の背後から怒号を浴びせる。

「マサヨシさん…またですか?」

「魔王ジャスティス!覚えろ!」

 勇者は大きく息を吐いて、マシンにコインを投入し始めた。

「待て待て!遊ぶな遊ぶな。まだ話の途中だろうが!」

「何なんですか?」スロットルレバーを引く勇者。

「手を止めろ!あのな、普通な、魔王城の最後の砦であるアイツを倒したらそのまま俺と戦うだろう?なんで戻って遊びに来ているんだ⁉︎」

 勇者はやれやれといった顔で魔王の肩に手を置く。

「マサヨシさん」

「魔王な」

「私は遊んでいるのではありません。このカジノの景品が欲しいのです。これも全てあなたと最高の戦いをする為に!」

 そう言いながら勇者は景品交換カウンターを指差した。魔王は交換カウンターに飾られている景品を見て納得した。

「ほぉ、武器や防具があるのか」

 遠目から見ているので品質は分からないが、勇者が欲しがる程だ、きっと良い品なのだろう。

「分かった、勇者よ。コレを貸すから早く景品を貰って戦おう!」

 そう言って指から指輪を外すと、勇者の手に握らせた。

「これは『ラッキーリング』!幸運値を上げるレアアイテムじゃないですか⁉︎」

「さぁ早く装備して、コインを貯めろ」

 勇者はガンガンスロットを回し、ジャンジャン当てていく。

 魔王は見ているのも飽きたので先程の景品カウンターを見に行く。

「どれどれ、ほぉ〜『はやぶさのリング』か。素早く動けるやつだな。『サンコウの美味しい水』もあるのか。結構回復するんだよなこれ。あれは…この店で一番高いやつか。……『キングメタルドラゴンの剣』だと⁉︎」

 キングメタルドラゴン、かなり希少なモンスターであり、その体の頑丈さは魔王でも傷つける事は難しい。世界で一番硬いと言われているモンスターである。

「どうして人間如きがキングメタルドラゴンを加工できるのだ?」

 魔王もその硬さを知っているが故に、加工など不可能だと思っていた。もしコレが勇者の手に渡ったらかなりダメージを受けてしまうかもしれない。しかし、これだけ強力な武器を手に入れたら、勇者も戦う意欲が湧くかもしれない。


 悩みに悩んで、魔王は勇者の応援をする事にした。

「やはり勝負事はギリギリでやったほうが面白いからな!」

 うんうんと一人で頷いている魔王の横から勇者が現れ、カウンターにカードを置くと店員に全部くれと話しかけた。

「おぉ勇者、メダルは貯まったか」

「あぁ、おかげさまでな」

「それにしても全部とは気前がいいな!こんな『カジノ型貯金箱』なんぞも欲しいのか?」

「アイテムコンプには必要なんだよ。ここでしか手に入らないからな」

 魔王は変な趣味だと思いながらも、ついに戦える時がくるとワクワクしている。

「景品が貰えたということは、ついに⁉︎」

「あぁ、ついに戦えるな…」

 魔王はガッツポーズをして喜ぶ。

「これで格闘場のボスに挑める!」

 勇者の喜び勇んだ表情とは打って変わって魔王は口をポカンと開けて固まる。

「マサヨシさん、コレ貸してくれてありがとう。今から格闘場にエントリーしに行くけど来る?せっかくなら私の力量を見ていってはいかがですか?」

 魔王は我に返ると腕を組んで勇者を見下すようなポーズをとった。

「ま、まぁそうだな、まずは試し斬りをしてから本番に挑むという事だよな!お前が我に挑む実力があるかどうか、しかと見てやろうじゃないか!」

 高笑いをする魔王に勇者は行きましょうと声をかけるとカジノを出て闘技場まで歩き始めた。


 闘技場はラスベガの西地区にあり、カジノから歩いて10分くらいで着く。闘技場に着くと勇者は受付でエントリーを済ませる。

「それではすぐに試合が始まりますので、ジャスティスマサヨシさんは観覧席で見学でもしてて下さい」

「なぁマサヨシってなんなのだ?」

「何って、マサヨシは漢字で『正義』、正義は英語でジャスティスだから、そう名乗っているんですよね?」

「カンジ?エイゴ?よく分からん。俺は生まれた頃から魔王ジャスティスだ!」

「……まぁ分からないならいいです。時間なんで行ってきますね」

 勇者は参加者のみが入れるゲートに入り奥へと進んでいった。魔王は勇者の言っていた事が分からなかったが、考えてても仕方ないと頭を切り替えて観覧席へと向かう階段を登っていった。


 まるでコロッセオのような円形闘技場の観覧席で魔王はラスベガ名物フルーツチキンを貪っていた。すると場内スピーカーからアナウンスが聞こえてくる。

「お待たせしました!久々のSランク勝ち抜き戦の挑戦者が現れました!」

 鉄製の巨大なゲートが音を立てながら上に上がると、勇者が入場してきた。先程手に入れたキングメタルドラゴンの剣を担ぎながら。

「それでは早速第一ステージ開始!」

 アナウンスとともに勇者が入ってきたゲートとは反対側のゲートが開く。最初に出てきたのはジャイアントキラーベアー。北のカナイ山を支配していたボス熊だ。しかし流石は勇者と言ったところだろうか、ジャイアントキラーベアーを瞬殺する。その後第二、第三とステージが上がるにつれて強力な魔物が出てくるが、新しい武器を手に入れた勇者に瞬殺されていくのであった。


「さぁそれでは最終第八ステージ開始!」

 アナウンスが流れるとゲートが開く。そこから出てきたのは見間違えようもない、魔王城最後の砦であるジェネラルドラゴンナイトだった。魔王は思わず立ち上がる。

「な…あいつは確かに倒されたはず⁉︎どうしてここにいるんだ⁉︎」

 ジェネラルドラゴンナイトは一人しか存在しないはず。確かにあの時勇者に倒されていたはずだ。それに仮に二人いたとしても、人間如きに使役できるはずがない。それならば人間は容易に魔王城へと攻めて来れるはずだ。ならば偽物なのだろうか。

「だが…あの戦闘力…本物と相違ないな」

 魔王はこの状況の謎を解くべく思考を巡らせていると、聞き覚えのある断末魔とともにジェネラルドラゴンナイトは瞬殺されていた。

「おめでとうございます!完全制覇です!……おっと、ここで闘技場オーナーから一言あるそうです」

 観覧席のさらに上、まさにVIP席とも言える場所から初老の男性が現れ話し始める。

「闘技場完全制覇おめでとう。Sランクを規定時間内にクリア出来た君には、スペシャルマッチへの参加権を与えよう!受付で参加できるようにしておいた。それとも今すぐ受けるかね?」

 勇者は「これが隠しボスか」と小さく呟くと、大きな声で「今すぐやります!」と答えた。

 闘技場のどこからかファンファーレが鳴り始める。再びゲートが音を立てながら開く。闘技場オーナーがマイクを持つと、やや興奮気味に喋り始める。

「この時のために、私が改良に改良を重ねた最強のペット。さぁ、勝てるものなら勝ってみよ!行け!ハムちゃん!」

 ゲートの奥の暗がりから勢いよく飛び出してそのまま上空へと飛び上がったのは見たこともないドラゴンであった。魔王の配下にもこのような魔物は見たことがなかった。

「なんじゃこいつは?ドラゴン…いや神話に出てくるバハムートのようだな。人間め…こんなものを作り出すとは…」

 魔王は人間が魔物を改良している事に驚いていると、突如頭に衝撃が走り、誰かの記憶が再生される。


――――――

『なぁ知ってるか?闘技場Sランクめちゃ早くクリアすると隠しボス出てくるらしいぜ』

『はぁ?嘘だろ。どこ情報だよ』

『ネット掲示板に書いてあったんだよ』

『嘘くせ〜!大体めちゃ早くとかアバウト過ぎるだろ。それに出来たとしてもガチ勢の廃人しか無理だろ』

「それな!」

――――――


 ハムちゃんが耳を破壊するような咆哮を放つと我に返る魔王。

「何だ今のは?精神干渉の攻撃か?」

 辺りを見回すがそれらしい人物はいない。ならばこのバハムートらしき魔物だろうか。改めてこのハムちゃんとやらを観察するとあることに気付く。

「こいつ、俺より強くね?」

 魔王は対象の戦闘力を肌で感じ取れる。勇者は自分を抑えているのか、なかなか本気の力を感じ取る事は出来ないが魔物は常に全力の力で威嚇してくるので感じ取りやすい。

 勇者とハムちゃんの戦闘が始まる。観客席の魔王は自分よりも強そうなハムちゃんと善戦している勇者を見て焦りを感じていた。

「これは…まずいな。俺より強いやつがいるなんて…」

 焦る気持ちを口に出さずにはいられなかった。何故ならば内心勇者があの時引き返してくれた事に安堵している自分に気付いてしまいそうだったからだ。それを認めたくはなかった。

「まずい…もっと強くならねば!」

 口には出すものの、具体的な方法は思い付かない。魔王は魔王になった時から既に魔王として完成されていた。特訓や練習などはした事がない。分からないものは仕方がない。それならば、まずやる事は相手を知る事。この戦いを見て、少しでも情報を得る事は無駄ではないはず。そう魔王は考えた。


 勇者の攻撃は華麗で流麗な技を出すわけではなく、単純に己の力のみで斬る、無骨な戦い方だった。攻撃を喰らえば回復薬をガブ飲みし、ただただ斬る。それでも勇者は強かった。時間は掛かったものの見事ハムちゃんを討伐するに至った。


 ファンファーレと歓声が鳴り響く中、魔王は観客席を後にし闘技場を去ろうと階段を降り廊下を歩いていた。するとちょうど戦闘終わりの勇者と鉢合う。

「あ、マサヨシさん。どうでした?僕の戦いは。あなたのお眼鏡にかないましたか?」

「お、おう!なかなかやるな!戦う資格はありそうだな!だがお主、まだやる事があるのだろう?」

「そうなんです。あなたと戦う前にやれる事はやっておかないと」

「いや〜残念だな〜!戦いたいけどな〜!まぁ仕方ないよな、万全を期す為だからな!」

「ご理解頂けましたか!それでは私はオーナーに会ってきます。何か貰えるらしいので」

「早よ行ってこい!」

 勇者は軽く会釈をすると関係者以外立ち入り禁止の通路を歩いていった。魔王は決意する。

「修行せねば!」

 魔王は急いで魔王城へと飛んでいく。飛びながらどうすれば強くなれるのかを思案する。これまで強くなろうと努力した事はない。何をすると強くなるのかが分からない。

「まずは魔力を高めたいな。だがどうすれば良いものか…やはり教えてもらうしかないか。そういえば人間は学校という所で学ぶと本に書いてあったな」

 魔王城へ着くや否や書庫へと向かう。人間の生態に関する本には確かに学校へ通い学ぶと書いてある。他にも有益な情報が載った本がないか探していると『魔導の探究』という本を見つけた。パラパラと読み進めていると、ある一文を見つけた。

「魔導師を目指す者の多くは『ニセワーツ魔法魔術学校』で基礎を学ぶ…か」

 魔王は魔力の高め方を学ぶ為、ニセワーツへ潜入する事にした。

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