新しく美少女聖女が転生してきたので「年増聖女は田舎に帰って芋でも食ってろ!」と石を投げられる前に円満寿退位を目指します!

貴葵 音々子

第1部 アラサー聖女の日常

1.「思ってた聖女と違う」




 深夜一時、城内の離宮にふらりと現れた一つの影。髪の毛も化粧もボロボロになった妙齢の女性が、照明もついていない真っ暗な部屋を亡霊のようにとぼとぼと歩いていた。昼間に使用人がベッドメイキングしたふかふかな羽毛布団にダイブし、細やかな刺繍が施された外掛けに顔を埋め、指先まで脱力しきった瀕死状態で魔力切れにより気絶。いつにも増してハードな一日だった。




『聖女様、マルク商会から初級ポーションの納品数が足りないと苦情が!』


『聖女ミーシャ!西の砦に魔物が押し寄せている、急ぎ救援に回れ!』


『ミーシャ様~~~っ!研究棟ラボのプギージュニア十三匹が脱走しました~~~!』




 王都の一大事から日常の些末事まで怒涛に押し寄せた厄介事をきっちり片付けて、昼間にいっさい手を付けられなかった国命の特注ポーション作りで六時間の残業をこなした聖女ミーシャ、ラボの若い同僚から『厚化粧』と言われたメイクを落とすこともできず、撃沈。


 肌の調子や食欲よりも睡眠優先。何と言っても明日、いや今日か、今日は朝の六時から第一王子の魔物討伐隊に編成されて辺境地でオーク狩りに勤しむのだ。ミーシャは気絶した意識の果てでもう何年も繰り返し同じことを考えている。「思ってた聖女と違う」と。




 ミーシャはローラン王国の最南端、農畜産業が盛んなナルム村の貧しい農家の家に生まれた。片手が不自由な父と、それを支える母、そして年の離れた小さな弟の四人家族だったが、十五歳の年に女神パラティンから神託を受け、聖女として国と同じ名を冠する王都に招かれることになったのだ。


 田舎暮らしで世の中の事情に疎かったミーシャは知らなかったのだが、ローランを始め各国には必ず聖女と呼ばれるパラティンの加護を受けた女性が一人いて、災害や紛争、魔物の襲来などの災厄を祓う役割を担っているそうだ。


 そうは言っても人類の四割が死滅する自然災害や世界戦争などが頻発するような暗黒期でもない限り、聖女は国民から無条件で愛されながら王の寵愛を受け、優しい王子や捻くれた魔塔の主、クールな騎士団長、野獣系の暗殺者などと壮大な恋愛をして、幸せな生涯を送るらしい。王都に出立する前日に、少しおませで流行に敏感な近所のお姉さんが夢見心地で教えてくれた。


 それから時を経て聖女歴十五年になるミーシャはそのお姉さんに教えてやりたい。王子は生まれてすぐ運命的に決められたフィアンセと常にイチャイチャしているし、魔塔の連中は研究に没頭して女っ気が一切なく、イケメン騎士団長は当然のように既婚者で、暗殺者は回りまわって異世界転生してきた親友と結婚した。聖女ミーシャの周りには一切恋愛フラグが立たなかったのだ。聞いていた話と違う!


 さらにミーシャを苦しめたのは「生まれながらの銀髪が聖女の証である」という、王都民の謎の共通認識だった。実際に歴代の聖女たちはみな一様に美しい銀髪だったらしい。「そんなの神託を下す女神の匙加減だろうに」と、両親から受け継いだ赤毛と黄土色の瞳に子供頃から太陽燦々の中で畑仕事に勤しんだ証のそばかすを持つミーシャは思った。要は彼女の容姿は「芋かった」のだ。そのため、王都から遠く離れた辺境地から召し上げられた彼女を周囲は『偽物』と呼び、軽んじた。


 呼ばれたから来てやったのに偽物呼ばわりされて石まで投げられたミーシャが気弱で倒れてしまいそうなほど線の細い女の子であれば、物語はまた違ったエンディングを迎えたのかもしれない。『赤毛で虐げられたけど実は私が本物の聖女でした』みたいなタイトルでどこかのWeb小説の片隅で細々と連載され、たまに週間ランキングに顔を出したり、出さなかったり、とか。


 だがミーシャは当然本物の聖女であったし、虐げられたからと言って他国に逃亡して「ざまぁ」を決行したりもしなかった。目当ては国からの謝礼金だ。彼女が聖女の任に就いている間、実家には毎月まとまったお金が入るようになっている。


 一日二食、ニンジンの葉っぱを食べて生活しているような家族が泣きながら喜んでくれるから、ミーシャは真面目に聖女業を遂行した。元来頼られたら断れない性格で、任された仕事は最後まできっちりやりきらないと気が済まないタイプなのも功を奏した。


 その結果『偽物』の前評判は消え失せ、それなりに周囲から認められるようになり苦節十五年、ミーシャは二十九歳になった。そして、激務の果てに誰も待っていない離宮のベッドの上で気絶している。



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