第1話

 満員電車内。

 腕に柔らかいものが当たったのと同時に、シャッター音が鳴った。


 「これって痴漢ですよ」


 柔らかいものの持ち主である少女は頬を赤く染めながら、うれしそうにしている。


 「違う。これは不可抗力。てか、そっちが押し付けて・・・」

 

 「今、私が痴漢って叫んだらどうなると思いますか?」

 

 弁解を図る俺に、少女は追い打ちをかけてくる。


 「・・・こんな事して、何が目的なんだよ」


 俺が尋ねると、少女は待ってましたと言わんばかりに言う。


 「私の彼氏になってください」

 

 これから、俺の人生は波乱へと変わっていく事になる。

    *     *    *     *

 俺の名前は山本やまもと 卓也さくや

 今年33歳。普通の会社勤めのサラリーマンで、既に結婚しており、現在、妻と中学生になる娘の三人で暮らしている。平凡だが幸せな日々を送っていた。

 

 そんな、ある日の朝。

 いつもの様に、会社へと向かう為に駅で電車を待っていた。


 「(何しているんだ?)」


 偶々、向かいのホームのにいる少女の異変に気付いた。

 少女は、自分の持つスマホにブツブツ何かを呟いている。

 テレビ通話でもしているものかと思っていた。

 その少女が靴を脱ぎ始めたのと同時に、俺は少女が今から何をしようとしているのかを理解し、向かいのホームへ向かって走りだしていた。


 プォーン!!

 黄色の線、内側にいる少女に電車の運転手は気づき、大きな汽笛を鳴らした。


 あと、数秒遅かったら駄目だった。


 「何やってるんだ!」


 なんとか、間に合った俺は少女の手を引き声を荒げて、言った。

 少女は戸惑い「あ、えっ。あ・・・」と動揺していた。

 とりあえず、自殺は止めることに成功した。

 この時は、良いことをした。そう思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る