迷い都~清葬屋~

黒白 黎

迷い都

 迷い都

 夜な夜な異形が徘徊する黒鋼市(くろこうし)。長い舌でアスファルトを舐めまわすヘビクジ。街灯に群がり光を奪うヒカリガ。人間にまとわりつき人間とそっくりに化けるマネマキ。そんな異形たちを駆除する者たちがいた。

 彼らのことを『清葬屋(せいそうや)』と呼んだ。


 黒鋼市に住む青年、東浦(ひがしうら)比守(ころす/ひす)は仕事を探していた。前まで勤めていた運送屋は体の不調により退職。次の仕事を探していた。

「次の仕事…なにしよう…」

 比守には悩みがあった。特異体質。人とは違い幽霊といったものが見えるいわば霊感を持っていたのだ。小さ二頃からずっと見えていたためか、怖さというものがなかった。しかし、周りの人間は気味悪がり、いつの間にか孤立していた。そんな彼に声をかけてくれる親しい友人など誰もいない。ましてや社会人という大人枠にはめられた今でも彼に話しかけてくる物好きはいない。

 頭が痛い。いつもの頭痛だ。

 人とすれ違う時かすかに臭いが鼻を刺激する。頭の痛さと重なるかのようにして吐き気が襲ってきた。

「やべ~な、風邪か」

 ごまかす。周りの人に悟られないように比守は独り言をつぶやいた。

ちょうど比守と横切る形で顔が真っ黒に染まり燃えるかのような性別が分からない人とすれ違った。彼は死人。ましてや生きている人ではない。比守は悟られまいと必死で息が乱れないようにして歩いた。平常心。それを心してさっさとその場から立ち去った。

 運送屋で働いていたときも、幾度と事故現場へ赴いた。先輩や同僚、後輩は見えていないためか気にする様子もない。見えないというのはいいものだなと何度も考えた。お客さんに家具や荷物を届ける度に居座るなにか、そいつらに目を合わせないようにするのは非常に難しく、帰り際に追いかけられたことなど何度もあった。だから、体調が崩れる。病院に見てもらえばとよく言われるがそんなもので治るのだったらこんなことにはなっていない。

 運送屋をやめて正解だったのか正直に言えば無理して働くという概念を捨てることはできた。自由と解放、今の自分があるのはそれだけ。

 街角を曲がり細道を通り抜け帰宅する帰り道、塀に一枚のポスターが目にとまった。

『清掃員 大募集! 応募人数7名 場所は黒鋼市(くろこうし)坊町(まちまち) 日払い可能』

 しかも幸運なことに隣町だ。締切日は明日まで。急いで隣町に向けてダッシュした。日が暮れる二時間前。締め切り前に募集を掛けていた事務所に滑り込みをし、急きょ働きたいと申し入れたら、白髪の男が「こちらにサインを」と紙とペンを差し出してきた。

サインには『命の保証はない』と書かれていた。ヤバい仕事なのではないかと不安になる。

 だが、逃げることはできない。なぜなら財布の中身がもうあまりない。ATMの残高も今月の家賃を払って小銭程度しか残されていない。このチャンスを逃したら次はない。そう思うと、不安ながらもサインした。

「東浦(ひがしうら)ひ……まも……り?」

「比守(ひす)です。よく言われます」

「東浦比守さん、今日(いま)から仕事がありますが、やっていきますか?」

「い、いきなり…ですか!?」

「別に今すぐともいいません。ただ、早めに覚えた方がいいのではないかと思いお誘いしました。何分、この業界は人手不足なので」

不安になるが、いまやらなければ次はないような気がした。二つ返事した。

「ではこちらへ」

 事務所の奥の扉を開き、そこには黒髪の女が黒いローブを着用した状態で待っていた。腰に何やら物騒なものが一瞬見えたが、見間違いだと思うことにした。

「新人の東浦比守さんです。今日から一緒に働くことになったメンバーです」

 女の人に紹介しながら男は自身と女の人を紹介する。

「彼女は黒光(くろびかり)繭美(まゆみ)さん。あなたの先輩になる人です」

「えー…と繭美さん、よろしくお願いします」

 繭美さんは比守を見たがよそ見をした。眼中にないとはこのことか。

「失礼。繭美さんは人見知りなのです。新人が来ることを事前に説明していなかったこともあって膨れて(照れて)しまっているようです」

 繭美さんは顔を隠すようにフードを下げた。

「続いて、白銀(しらがね)千星(せんせい)です。あなたの上司となる人です」

 白髪の男は比守の手をとって握手をした。優しそうな人だ。喋り方も丁寧で落ち着く。

「さて、急きょといいますか、仕事ですよ。今回のお相手はガアラです。とても荒っぽく闘犬のように人を噛みつくほど狂暴です。すでに三件ほど被害が出てしまっているとのこと。今日中に片付けなければ給料はなしとのことです。比守さんは、私たちの働きぶりを観察していてください。いきなり本番は、骨が折れてしまいますから手荒な真似は私たちでどうにかします。ではいきます」

 千星さんは、事務所の窓を開けた。すると窓の外は真っ暗闇に包まれており、街灯ひとつもない。いやそれよりも千星さんはその中に飛び込むと同時に繭美さんも一緒に入っていった。残された比守はどうするべきかと一瞬迷ったが、彼らに続いて一緒に窓の外へと飛び出した。


***

 街灯が照らす夜の町、黒鋼市。人口は9千人ほど住んでいる。比較的治安はよく暴走は少ない。名産品はコアラと呼ばれる虫とたらこと一緒に似た郷土料理が有名である。地元民でも臭くてプチプチと潰れる感触がとても苦手なため食べることはない。

 比守と繭美と千星の三人は黒鋼市の大通りを歩いていた。比守にとっては初めての経験のため、緊張していた。

「比守さん、清葬屋の仕事について説明します。清葬屋は主に裏世界における片付け屋、掃除する人のことを言います。裏世界では、異形が潜んでおり、表世界に流れてこないようにするのが我々の仕事なのです――」

「ちょっと待ってください!」

 比守は慌てて話しを遮った。

「裏世界? 表世界? いったい何の話をしているのですか?? 清掃員ですよね。あのー部屋の汚れを掃除したり…い、遺体を……するというか、その……あのですね……そういう仕事なのではないのでしょうか」

 千星たちはビックリしていた。

「千星先輩、この人ひょっとして…」

「なるほど勘違いでしたか、ですが、どういうわけか我々にしか見えないルートをたどって来たあたり、この人も何かしらの力を持っていると、そう思ったんですよね」

「ちょっと待ってくれよ! こっちが質問しているんだよ! なんだよ見えないルートとか、説明がなにひとつなくてわかんないんだよ!!」

「チッ」

 繭美さんが舌打ちをした。

「繭美さん、ひとまずは説明は後にします。どうやら異形が次の獲物を求めて来たようですよ」

 2人が振り返った先には異形がこっちに向かって歩いてきていた。

「あ、ああ…ああああ!!」

 比守は腰が抜けた。

 外見は犬なのに頭部があったであろう場所に長い舌が伸び、大通りに歩いている通行人を掴んでは舌ですりつぶして食べている。

「あれは、ガアラ。首のあたりに口があります。こっからでは見えませんがあそこから長い舌を出しているのです。長い舌は伸縮自在で千キロ離れたところでも簡単に伸びることもできます。戦闘機を墜落させるほど腕力も相当なものですよ。犬のように嗅覚がするどくて獲物の居場所も把握する能力に長けています。普通に戦ったら倒すことはできません。ですが、我々には力で奴らをねじ伏せるのです。その力というものをとくとご覧ください」

 千星は腰のポケットから弾丸を取り出した。

「銀製の弾薬です。特注品で、異形のもにだけ通用するよう改良がなされています」

 繭美がガアラに向かって走り出した。

「先輩、私も行きます」

比守は動かなかった。目の前の光景に圧倒されていた。

「い、い、いったい、なんなんだ。お前たちは何者なんだよ!!」

 比守は叫ぶ。だが、誰も答えなかった。

「壱の型”千花塵裂(せんかちりさく)”」

 繭美は刀を鞘から抜き、一瞬の速さでガアラを木端微塵に切り裂いた。心臓部と思わしき部位だけが宙に浮く。ドクドクと脈を打ちながら心臓だけ切り傷ひとつ与えず地面へ落下する。

「お見事です、繭美さん」

 千星が弾丸を指で弾いた。弾丸は心臓に命中し、風船のように爆散した。

「これが我々の業務です。裏世界の異形を表世界に来ないようにするのが我々の仕事なのです」

 千星に起こされ、「詳しい説明は音無(おとなし)さんが説明してくれるはずです。ああ、彼女はサポートで事務所の受付をしている人です。今日はたまたまいなかったので私が担当しましたが、どうです?」比守は返事をする前に気を失った。

「千星先輩、この人使えないんじゃないですか?」

 千星は顎に指を当て

「大丈夫ですよ。あの異形を見て逃げよとも入り口で着いてこないという選択肢を与えたにも関わらずこの人はついてきました。大丈夫ですよ、あなたのときだってこんな感じでしたよ繭美さん」

繭美は両手で耳を塞ぎながら「さあ、帰ってシャワー浴びて寝よう」と一人先に帰っていった。

「さてと、また観察ですか? どうです? そろそろ戦いませんか?」

 ビルの屋上から誰かがこちらを見ていた。

 千星に応えることなくその場を後にする。

「まったく。仕事が増えてばかりです。ですが、楽しみになってきましたね。新たな強敵に新たな新人。これは物語の序章でしょうかね」

 千星は嬉しそうに微笑んでいた。

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