第888話 夫婦のイチャイチャを見て

 夫婦が人気のない公園に入ったのを確認した有紗は、ふたりに気づかれないように足音を極力殺して、ベンチのある方向とは逆に素早く移動し、夫婦がベンチに座る前に草むらに隠れた。

(思わず草むらに入っちゃったけど、人気もないし、もしかしなくても、ここでイチャイチャするのかしら……?)

 これからの展開を予想し、有紗の頬は赤くなり、心臓もその鼓動を強く、そして早めていた。

 他のカップルのイチャイチャを見てはいけないと頭ではわかっている有紗だが、高校生で『夫婦』と呼ばれているふたりのスキンシップには興味があった。それ以前にここで退散しようにも確実にバレてしまうので出るに出られない状況で、どちらにしても『見ない』という選択肢は既に消えていた。

(い、いくら人がいないからって、過激なことはしないわよね? ……ね?)

 有紗は、晃と恋人が行う行為は一通り経験済みだ。それ故に、あのふたりがまだ明るい外で『ソレ』に近しい行為をするのではないかと危惧している。

(も、もしそうなったら……とと、止めた方がいいのかしら?)

 綾奈の父の弘樹に、『行為』を禁止されていることなど知るはずもない有紗の頭の中では、とても言葉では表せないふたりの姿が映し出されていた。

(で、でも中筋君って真面目で常識のある男の子ってイメージだから、こんな場所でそんなことはしないって信じたいけど……え!)

 有紗は草むらからふたりを見て、真人がベンチにタオルを敷いて、その上に綾奈が座り、そして真人も座ったと同時に綾奈から真人にくっついたのを見て、思わず声が出そうなほどに驚いていた。

(あ、綾奈ちゃんからくっついていったよ! そういえば駅でも綾奈ちゃんから抱きついていたし……大人しそうなイメージなのに、積極的なのね。……なにか話しているけどやっぱりここからは聞こえない……って! 綾奈ちゃん、それは……!)

 有紗はまたも驚いた。なにか話してると思ったら、綾奈がいきなりキス待ちの体勢に入ったからだ。

(ええっ! ほ、ホントにここでしちゃうの!? 人がいないと言ってもまだ明るいし……って、中筋君が綾奈ちゃんの両腕を掴んで───っ!)

 有紗は息を呑んだ。

(し、してるうぅぅぅぅ! ホントにキスしてるーー!)

 人のキスを初めて目にしてしまったことにより、有紗の心拍数と体の熱が急上昇。

 当然、動揺したことにより動いてしまって、草がカサカサと揺れたのだが、幸いにも風が吹いていたので気づかれることはなかった。

(……え、というか長くない? というかあれ……舌、入ってるわよね!? あぁ! 綾奈ちゃんが自分の腕を中筋君の首の後ろに! あれじゃ中筋君は唇を離せないわ!)

 夫婦の激しいキスに目が離せないでいる有紗。『もう少し近くで……』と無意識に思うようになり、一歩前に出て前のめりにもなる。当然音が出てしまうがこれもキスに夢中になっている夫婦には気づかれない。

(綾奈ちゃんも中筋君にはかなり積極的なのね……)

 それからも有紗は夫婦のキスから目を離せず、結局一部始終を目撃してしまい、夫婦が帰ったあともしばらくその場から動くことができなかった。


 そしてその翌日の朝のホームルーム前、有紗の教室に晃が入ってきた。

「あ、おはよう晃」

「おはよう有紗。ところで昨日はなんの用事だったんだ?」

「う、ううん! 大した用事でもなかった……はずなんだけど……」

「?」

「ね、ねえ晃?」

「ど、どうした? そんな顔で俺を見て……」

 有紗の晃を見る表情……頬を染め、上目遣いで目を潤ませて晃を見る瞳に、晃もなにか悟ったようだが、朝、そして有紗のクラスメイトもほとんどいたので口には出せなかった。

「き、今日、生徒会の仕事が終わったら、ふたりきりになりたいな」

「! わ、わかった……」

 その日の放課後、晃の腕に抱きついた有紗のラブラブな姿を部活終わりの大勢の生徒が目撃した。

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