第2話 紳士的な男
次の日の放課後。二人は昨日話していた、箱を開けてくれる小屋へ向かっていた。
二人ともTシャツに七分丈のズボンと、動きやすい服を着用。背中には、少し小さめのリュックを背負っている。
林の中は細道で、女子二人が横に並んでしまうと道が埋まってしまう。そのため、麗を先頭に二人は縦に並び歩いていた。
今はまだ太陽が昇っているため明るいはずだが、周りに立っている木々が陽光を遮り薄暗い。風もなぜか冷たく感じ、二人は自身の腕を摩る。吹いている風が周りの木を揺らし自然の音を奏でていた。
真っすぐ一本道なため迷う事はないと思いたいが、周りは全て同じ景色なため不安が二人の胸を占める。
眉を下げ、麗の肩を掴んでいる秋は口元を震わせ話しかけた。
「……ねぇ、本当にこの道で合ってるの?」
「噂では林を真っ直ぐに行けば見えてくるって言ってたから、大丈夫だと思うけど……」
自信なさげなその声に、秋も不安が込み上げてくる。何度も引き返そうと後ろを向くが、悩んでいるうちにもう林の外を見る事が出来ないほど進んでしまっていた。一人で戻る勇気もない秋は、震える麗の後ろ姿を付いていくしかない。だが、いくら進んでも周りは同じ光景。目的地に近付いているのかもわからない。それに加え、二人はいつもより感覚が敏感になっているため、小さい葉が重なり合う音だけでも肩を震わせ足を止めてしまう。
二人は顔を見合わせつつも、ここまで来た意地が二人の足を進ませる。
秋は前を進んでいる麗を見て、顔を俯かせてしまった。そして、気づかれないように舌打ちを零す。無意識に麗の肩を掴んでいる手に力が込められ、いきなり走った肩の痛みに麗は顔を歪めた。
「いっ! ど、どうしたの秋。痛いよ」
「っ、あ、ごめん…………」
咄嗟に手を離し、瞬時に謝る。距離を取り、バツが悪そうに顔を逸らしたしまった。
「秋? 何かあったの? 何かあるんだったら言って?」
「な、何もないよ。にして噂の小屋なんて見えてこないねぇ」
誤魔化すように秋は麗の横を通り過ぎ、前に出て林を進んでいく。そんな後姿を見て、麗は悲し気に眉を下げ胸元に手を添える。すると、秋の驚きの声が聞こえハッとなり、駆け足で秋に追いついた。
「──もしかしてここ?」
秋に追いついた麗は、彼女が見ている景色と同じ物を見るため前を向いた。そこには、古く今にも崩れてしまいそうなボロい小屋が周りの木々に隠れるように建てられていた。
二人は顔を見合わせ、もう一度小屋を見る。二人は不思議に思いつつも、吸い寄せれるように足が自然と小屋に近付いていた。
よくよく小屋を見ると、壁画ははがされ、屋根には蜘蛛の巣が張っている。
廃屋だと言われても不思議じゃない見た目に、二人は疑いの目を向けた。
「ここじゃないんじゃない? こんな所にイケメンが住んでるわけないじゃん」
「それ、絶対に関係ないと思うけど……」
秋は麗の言葉に溜息をつき、再度目線を小屋へと戻した。何か気になり、胸元に手を持っていききゅっと服を握る。
「とりあえず中に入ってみない?」
「秋がそう言うなら…………」
今度は秋が先に進み、麗がその後ろを付いて行く。
不安でいっぱいな麗は、離れないように秋の肩に手を置き離れないように気を付けていた。
先行している秋はふと、足元に目を移す。雑草などはここだけ生えておらず、人の出入りがあるように思えた。
「開けるよ?」
「うん」
秋は後ろで震えている麗に確認した後、ゆっくりとドアノブを捻り少しだけ開けた。
隙間から顔を入れ中を覗いてみるが、中に蛍光灯などがないのか真っ暗で何も見えない。
「も、もう少し開けてみるよ」
「うん……」
中を見るため、もっとドアを開く。すると、外から入ってくる少しの光で内装がようやく見えてきた。だが、二人が思い描いていた物ではなく驚愕の表情を浮かべてしまう。
「なに、これ……」
秋が小さく言葉を零しながら周りをゆっくり見回し、麗は先ほどまで震えていたが、今は興味の方が勝り目を輝かせながら楽しそうに周りを見渡していた。
中は綺麗に整頓されており、外観からは考えられない光景だった。
左右の壁側には天井につきそうなほど大きな本棚があり、部屋の中心には少し大きめなテーブル。出入口へ向けられた木製の椅子が傍に置いてあり、その向かいには、白く座り心地が良さそうなソファーが置いてあった。
その奥にはドアがある為、部屋はここだけではない。
家具がほとんど木製で統一されており、暖かい印象を与える部屋になっていた。
「凄いね、ここ」
「外からじゃ考えられないね」
二人で部屋を見て回っていると、いきなり奥のドアがゆっくりと開いた。
「お客さんかな。出迎えが遅れてしまって申し訳ありません」
優しく、人を包み込むような声が聞こえ、二人は慌てて声が聞こえた方を振り向く。そこに立っていたのは、白いポロシャツにジーンズと。シンプルな服を身にまとった青年だった。一目見ただけで独特な雰囲気を纏っていると察する事ができ、息が詰まる。
青年は藍色の髪を揺らし、漆黒の瞳を二人に向けている。そんな瞳は左目しか見えておらず、長い前髪で右半分を隠していた。
秋は青年の黒い瞳に吸い込まれてしまいそうな感覚に襲われ、咄嗟に目を逸らす。麗は見惚れてしまい、満面な笑顔を浮かべ見続ける。
動かなくなった二人を目にし、青年は安心させるように微笑みかけ優しく声をかけた。
「お客さん、こちらへ」
右手をソファーに添え、二人を促す。秋と麗は言われるがまま、静かにソファーへと腰を下ろした。
「さて、早速本題に入りましょうか。貴方達は何か開けたい”
二人が座った事を確認し、青年もソファーの向かいにある木製の椅子に腰を下ろした。落ち着いた事を確認すると、青年は微笑みながら口を開き質問する。
その動作一つ一つが丁寧で美しく、二人は頬を染め見惚れてしまっていた。
「おっと、失礼しました。まずは自己紹介からですね。私の名前は
右手を自分の胸元に持っていき、通る声で自己紹介をする明人。
彼は顔が良いだけでなく、振る舞い一つ一つが丁寧で気配りがしっかりとなっているため、女性なら惚れてしまってもおかしくない。
「はっ、はじめまして。私は夏美麗と言います。よろしくお願いします明人さん」
麗は気を取り直し、フレンドリーに名前を名乗った。
「こちらは友達の神楽坂秋と言います」
「あ、えっと。はじめまして……」
麗は自分の自己紹介が終わったあと、直ぐに秋の方へ手を添え代わりに紹介する。
いきなり自己紹介をされ、秋は一言だけになってしまったが挨拶をし腰を折った。
「はい、はじめまして」
微笑む明人に、秋は戸惑い麗は目を輝かせる。
「それでは夏美さん、神楽坂さん。貴方達はどのような匣を開けたいですか?」
明人の言葉を聞き麗と秋は、ソファーに座る際に横に置いたリュックに手を伸ばし、中から鍵付きの小さい箱を取り出しテーブルに置いた。
見た目はただの小物入れ。片手に乗るほどの大きさで、ハートの形をしている鍵が振動で揺れる。
二人は事前に、鍵を無くしてしまったという設定にしようと話し合っていた.
秋は嘘をつく事に後ろめたい気持ちがあり、明人と目を合わせる事ができず目線が泳いている。
『おどおどしすぎ。ばれるよ?』
『わかってるよ』
明人に聞こえないよう、麗は肘で秋をつつき小声で注意する。二人を明人は目を細め見ており、口元に微かな笑みを浮かべた。その笑みは微笑んでいるようなものではなく、何かを企んでいるような妖しい笑み。細められた瞳はまるで、捕食対象を狙っている獣のように見える。だが、そんな彼の視線など気づかず二人は小さな声で話していた。
テーブルに置かれた箱を明人は拾い上げ、まじまじと見る。その時には、先ほどの笑みは消えており、眉を下げ困ったような顔になっていた。
ただ見ているだけで何もしようとしない明人に二人は疑問を抱き、麗が恐る恐る問いかけた。
「あの、開けられそうですか?」
そんな彼女の質問に、明人は諦めたような顔で話し出した。
「……何か勘違いされているようですね。私はこのような
「「え?」」
何を言っているんだと。二人は明人の言葉に驚き、呆けた声を出してしまう。
「ですが、どんなに固く閉じられた箱でも開ける事ができると……」
「”匣”違いかと思います」
明人は微笑みを崩さず簡単に答えるが、二人はそ理解できず眉を顰める。
その様子を見て、彼はテーブルの下から紙とペンを取り出し何かを書き始めた。
「文字で書いた方がわかりやすいかもしれませんね」
紙にペンを走らせながら呟く。
「これで分かりますか?」
紙を掴み、明人は麗に渡した。秋もその紙を覗き見る。
『匣』『箱』
と。読み方が同じ二文字が書かれていた。その二文字を見て、秋は疑問を口にする。
「漢字が違う。でも、どっちも同じ読み方ですよね」
「確かに読み方は同じですが、意味が少し違います。こちらの箱は物を入れるための容器と言う意味です。貴女方がお持ち頂いた物はこちらになります」
テーブルの上にある箱を指差しながら明人はかみ砕いて説明する。その説明を耳にしながら、二人は持ってきた箱と紙を交互に見た。
「そして、もう一つ」
困惑している二人に対し、明人は右人差し指を立て説明を続けた。
「こちらの匣の意味は、蓋がついてピッタリと被さっている状態を表します」
笑顔で説明を終えた明人は、話は以上というように口を閉ざす。だが、違いがいまだ分かっていない二人は、首を捻り考え込んでしまっていた。
「こっ、この箱も蓋がしっかり被さっていますよ?」
自身が持ってきた箱を手に持ち、麗は慌てて言った。だが、明人は眉を下げ首を横に振る。
「また違います。どのように言われましても、私はそのような箱を開ける事ができません。申し訳ありませんが、お帰り願えますか」
頭を下げられ、麗と秋は大人しく帰るしかない。二人は箱を自分の持ってきたリュックへと入れ、そのまま小屋を出て行った。
その時、明人が何か怪しむような瞳で秋をジィっと見ていた事など、本人は気付いてはいなかった。
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