第16話 白々とした花弁に雨雫が伝う⑬
スマホで撮影した映像を音量無しにして閑谷が流す。それは主に裏側から撮ったもので同じ場所へとオレを誘導する。泉田さんと……ある意味で他愛のない会話をしていた曰く付きの現場。
「では、吉永と泉田さんは元々居たところに移動をお願いします。あっ朱里さんは怪我しているので、そのままで良いです」
「……必要なら私が代わりますよ」
「里野さん、ありがとうございます」
所定の位置にオレと泉田さんが着く。白砂 朱里は怪我で動かせない代わりに、近くに居た里野さんが役割を買って出てくれて、申し訳無さそうにして背景の骨組みに立つ。
本当ならこうする予定は無かったけど、のちに廃棄処分になるだけだろうからとアマガミエンターテインメント側の許諾が出て実行された。流石にまた建て直すことは認められなかったけど、オレの身長の二倍くらいの高さと、ハンガーラックと大差ない横幅、予測される重量も縦横比相応だろう。ここから概算するしかないが、も無いよりは良い。そうして意見が合わない二人と疑惑のオレの位置関係が如実に現れた構図が完成する。
「朱里さん。これを見てどう思いますか?」
「どうって……やっぱり、誰かが倒すとしたら吉永君しか居なくなったかな? 嘘でなければだけど……でも、美晴と吉永君の位置を逆にしなかった時点で信憑性はあると思う」
「ああ確かに。もし二人が逆だったのなら、吉永よりも泉田さんの方が怪しくなる。それを疑われていた吉永がしなかったから、ということですね」
「ええ」
考察に得心している閑谷が両手を叩く。現在。閑谷、白砂 朱里とそのマネージャーが横並びに居て、遠目から一望する。だけど答えを聴いた閑谷がすぐさま歩みを始めると、バミリの真上に居るみたく立ち尽くすオレと泉田さんの中間地点まで移動して止まる。そこから白砂 朱里や雫井さんにスタッフさんが見物している方向へと振り向き、謙遜するように微笑むと至らぬオレを見る。
「じゃあここからは吉永。二人の推測と主張を鑑みた上で可能か不可能か、私が言うアクションをやってみて……あっ素振りだけでも良いからね?」
「あ、ああ……」
閑谷に任せきりで、久々に発した声が掠れてしまう。思わず周りを確認してしまったけど、少なくとも閑谷は気に止めた様子もなく移動し、まずはどうしようかと辺りを見渡したのちハンガーラック指し示す。
「最初はこの上から手を伸ばしてみて? なるべく衣装には触れないようにね?」
「……了解——」
オレは半回転して閑谷の真横に移り、言われた通りハンガーラックの上から背景の設置されていたところまで到達するか試みる。限界まで爪先立ちをして目一杯伸ばそうとする、だけど——
「——いや……これは……」
「背伸びをしてもダメそう?」
「ああ、無理だ。服に触れないでは絶対届かないわ」
「なるほど……もう大丈夫だよ吉永、ありがとうっ」
「うん……」
そう告げながら閑谷は、オレの背中を優しく叩く。泉田さんのときは困るなと思ったのに、何故だか閑谷だと寧ろ安心する。普通にオレが潔癖症か、そもそもの強度の問題かもしれないけど……なんか変な気分だ。
「これを踏まえて……朱里さん。さきほど私が撮った映像を観て貰えますか?」
「えっ——」
すると閑谷が忘れていたと、颯爽と白砂 朱里が佇むところまで早歩き、自身のスマホを渡す。別にメッセージを送れば良くないかと一瞬思ったけど、そういえば連絡先を交換する暇はなかったなと考えを改める。
「——これでいいの?」
「はい、この衣装が映っている……えっと、音量はゼロでお願いしますね」
「そう……——」
それからしばらく、白砂 朱里が閑谷に指定された動画を視聴中だ。大人数が居るのに無音声のせいか、ちょっと気まずい雰囲気になる。テレビも点けず、環境音も聴こえない独り飯の虚しさに類似している。沈黙は二人のどちらかが新たに口火を切ってくれないと、何も言い出せない。
「——見終わったけど……鮮加、これに一体なんの意味があったの?」
「何でもいいです、朱里さんの第一印象を教えて下さい」
動画を見返しながらしばし静止したのち、これでいいのかなと迷いながらも答える。
「衣装は盗まれたりしてない……かな?」
「盗まれた? それは一体どう言うことですか?」
閑谷の指摘に、失言だと首を振る。
なんとも物騒な言い間違いだ。
「あ……いや、盗まれたは大袈裟な言い方だった。ただ衣装が一つも欠けてなくて、移動してるのにズレたりもしてなくて、私が最後に見たときと全く同じだなって思った」
「あーなるほど。はい、貴重な意見をありがとうございます朱里さん——」
白砂 朱里としては本当に何気のない感想だったんだろう。自身のファッションに関与するとあって、動画内でもすぐにそこへと着目するのは容易に想像出来る。
けれど閑谷は、それは願ったり叶ったりの解答だと満足気に、オレたち、里野さん、白砂 朱里が三角形を形成する中心点で止まり、鳴子が奏でられたと錯覚するくらい華麗なターンを披露し、これからオレの潔白を証明していく。
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