第13話 白々とした花弁に雨雫が伝う⑩
スマホを横向きにしムービー機能を使用して閑谷がスタジオを撮影している。なんだかさっきまで被写体だった彼女が映像を残そうと歩き回る貴重な姿を、誰も撮っていないことが惜しくなる。そういえば芸能関係者が多く居る場所での無断撮影ってどうなんだろうかと、オレはそれとなく雫井さんに訊ねた。返答は通常ならダメだけど、主要モデルが被害に遭い、雫井プロダクションの人間の容疑を晴らすという明確な目的があるため黙認するらしい。
まあ……オレが雫井プロダクションの人間であるか否かはさておき、このままだと確実に閑谷にまで迷惑が伝染してしまうから、少なくとも白砂 朱里が納得いく潔白を示さなければならないだろう。ただこれは少々、婉曲な表現だ。もっと分かりやすく述べるならば、オレが加害者じゃない証明をする訳でも、背景のハリボテが倒れた原理を明かそうともしていない。面倒ごとを穏便に済ます方法と理屈を考えているとした方がいいかもしれない。
「んーこんな感じかな? 朱里さんが居た周辺は全部撮ったはずだけど……——」
「——……お疲れ」
小さな歩幅でゆっくりと、閑谷がオレが留まり続けた壁際まで戻って来る。映像を細部まで捉えたのかどうか疑念が残っているといった素振りでやや首を傾げたまま。
「あれ? 由紀子さんは?」
「ああ、なんかアマガミエンターテインメント? と雫井プロダクションの現場責任者同士で話し合うって。その代わりに……——」
「——私が代役……いえ、保護者代理ってところかな? 私だって雫井の人間だからね」
御相伴に預かったと、オレが報告より先に里野さんが閑谷の更に後ろから名乗り出る。雫井さんから代役を申し込まれたのはついさっき、閑谷とは入れ違いのタイミングだ。同じ会社の人員に託すのはごく自然なことだと思う。監視や隔離にもちょうどいい。
「そうだったんだ。なら、里野さんも撮った動画を一緒に視聴してみて下さいっ」
「私も? それでいいの吉永君?」
「元々不特定多数に示すためですからね、閑谷が良いのならオレも問題ありません」
そうしてオレと里野さんの間に閑谷が入ると、動画を再生する。概ね遠くから眺めた光景と、角度が変化しただけの映像が断続的に流される。その都度閑谷が再生ボタンを入力するが、ブーツの足音や閑谷自身の他愛のない独り言が微かに聴こえる以外の収穫はあまりない。だけど、何も無いという想定内の状況証拠を残せた。そもそもこんなことをするまでも無くオレの疑惑は遅かれ早かれ晴れるだろうが、より確実なモノにするために、遺恨もなるべく残らないようにと閑谷に頼んだ。
「……しっかりと撮れてるな」
「ほんと吉永?」
「まあ……これを閑谷が撮ったんだなーって声が聴こえて分かるのは、良くないのかもしれないけど」
「……今回は見逃して」
閑谷の視線が里野さんの方へと泳ぐ。
ここ撮ればいいかな、衣装綺麗、軽そうな素材、なんでキズがあるんだろう、横幅同じくらいだ、記録データ余裕ある、とかの呟き言葉がところどころで混ざっているのに気が付いたようだ。
具体的な一言まで指摘はしなくてもいいからそっとしておこう。里野さんも微笑んで察しているらしい。
「やっぱり、めぼしいものはなにもありませんね……いや、あったらあったでオレが困るかもなんですけどね」
「……そうだね。吉永君が疑われてるのは朱里の意見だけだし、近くに居た泉田さんは全否定してる。多分だけどここに居た全員、どちらに信憑性があるかは明白だと思ってるはずだよ……ただ、両方とも裏切りたくなかっただけなんだよね、きっと」
皮肉交じりにぼやいたオレに、里野さんが遠回しに擁護する。その上で白砂 朱里の観点、泉田さんの観点、スタッフの観点の心証を推し量った総評を述べる。
つまりは、誰も責めない姿勢をみせる。
なんだかそれは、もし白砂 朱里がオレが加害者だと決め付けなかったとしたら、皆が彼女と同様の体裁で終わっていたと暗に伝えているみたいだった。
「仲が良い、ってことですかね?」
「んー……私からは何とも言えないけどね。でもさ。ここに来た現役の子はみんな、任意で参加しているからね。こういった個人の撮影だけじゃ無くて、自主プロデュース企画とかも一緒に動かしたりもしてるんだよ。だから少なくとも悪くは無いはずだよ——」
里野さんが関係性を話し始める。恐らく事情をよく知らないオレと、そして閑谷にも、白砂 朱里を含めた全員をこの一件で憎んで欲しくないという思いがどこかにあったのかもしれない。ついでに、閑谷が羞恥心を受け入れるまでの時間稼ぎでもあるかもだ。
「——それに険悪な雰囲気に見えたかもけどね、朱里と泉田さんは、泉田さんがオーディションの特別賞を取ってから結構親しくしてるんだよ。ちなみにその特別賞は朱里が作って、最終審査のグランプリの子以外で見込みありの子を選ぶんだけど、朱里が泉田さんを選んで、同じ事務所に属して、二人とも波長が合うのが良いな……って、私は思っていたんだけどね……」
「そう、だったんですね……」
里野さんの語りを要約すると、白砂 朱里と泉田さんが元々仲違いをしていて、この機に乗じてオレを巻き込み言い争ったということは無いらしい……あくまで里野さんの弁を信じるならだけど。そういえばモデルとしての立場が大きく劣る泉田さんが、白砂 朱里に臆することなく自己主張するのは、幾ら年上とはいえ二人がある程度の交友を深めないと難しいんじゃないだろうか。
それで仮に二人が僻みあっているのなら、とっくに暴言暴力が振るわれていても別段おかしくはなかった。希薄な動機だとは考えてはいたけど、まさかこんな形で否定されるとは……オレにとっては幸運と言うべきかもだが、後々の顛末を予測すると卑怯な気もする。
「そのオーディション、今ではグランプリよりも特別賞の方が価値があるなんて噂のヤツですね」
「おお閑谷……」
突然手を挙げ、閑谷が里野さんに訊ねる。
無事立ち直ってくれてないよりだ。やはり閑谷が行動的じゃないと、オレ一人じゃどうすることも叶わない。
「……いや。私はアマガミで勤めてる訳じゃないから。でも、グランプリじゃないかな? 特別賞は途中から新設された救済枠のはずだし」
「救済枠……確かにグランプリと同時受賞の例って、一回もなかったですね——」
「——里野さんすみません、少しオレと閑谷と二人で話したいことがあるんですが、いいですか?」
オレが会話を遮ると里野さんはどういう意図かと疑問符を浮かべているが、対する閑谷は、これからどのような密談内容か、探偵姿になった時点で分かっていると決意の口角を上げて頷く。
「了解だよ吉永。ごめんなさい里野さん、また詳しい話を聴かせて下さい」
「ああ、うん……あっ待って、離れ過ぎないよう——」
「——それは大丈夫です。オレたちは隅っこで、意見交換をするだけなので」
そのままオレと閑谷は里野さんの視界に映る範囲内の片隅に寄り掛かる。これから誰もがとは言わないけど、最低でも過半数が納得いく後付けを二人で創作して、閑谷……いや、タレント探偵に推理させる。
姑息な方法だが、これならオレの容疑を有耶無耶に出来て、閑谷のタレントとしての話題性も上げられるだろう。
この問題の本質を突くのは、後回しだ。
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