第11話 厄介な女

 どうも、こんにちは。


 みんなの嫌われ者、児玉清成こだまきよなりです。


 今日も今日とて、周りの女子の視線が冷たいです。


 それは俺にとって、良いことなのだけど。


 そうなると、男子はむしろ同情するような目を向けて来るから、悩ましいところ。


 どうすれば、男女平等に嫌われることが出来るのだろうか……


「やっ」


「んっ?」


 目の前に、その快活な呼び声にふさわしい、快活な笑みを浮かべる奴がいた。


 こいつは……


「……遠藤敦実えんどうあつみ


「あれ、ボクの名前を知っているのかい?」


「まあ、お前は有名人だからな。陸上部のエースだし」


「いやいや、イケメンの児玉くんには劣るよ」


 こいつ……しょっぱなから、良いジャブをかますじゃないか。


 俺はブサイクだ。


 それは周知の事実のはず。


 それにも関わらず、堂々とイケメンと言い放つなんて。


 けど、惜しいな。これでとなりに圭介がいたら、


『あ、間違えた。イケメンはこっちの方だったね♪』


 なんてギャグがかませただろうに……


「……ククク」


「どったの?」


「いや、何でもない」


「そっか」


 遠藤は、ショートヘアをさらっと掻き上げる。


「ところで、遠藤。俺に何か用か?」


「いや、何。イケメンが目の前から歩いて来たら、声をかけるのは乙女のたしなみだろう?」


「ふむ、そうか……」


 こいつ、すごいな。


 ブサイクの俺のことを、こう何度もサラッとイケメンと言いやがる。


 普通なら嫌味なことこの上ないが、この女にはそう感じさせない才能がある。


 普通の奴なら、喜ぶだろうけど。


 ぶっちゃけ、俺の場合はちょっと、不満だ。


 とりあえず、このクソ爽やかスポーツ女は、あまり俺に満足感を与えてくれない。


 あまり話したことはないが……言わせてもらう。


 使えない女、だと。


「じゃあ、俺はこれで」


 俺は早々に、この女に見切りをつけて、立ち去ろうとした。


「てか、児玉くんって、ドMだよね?」


 立ち止まる。


 振り向く。


「……いや、違うけど?」


「え~、そうかな~? ボクと同じ匂いがするけど~?」


 遠藤はあくまでも、爽やかな問いかけをして来る。


 けど、それが俺にとっては、慣れない脅威に思えた。


 この女……ちょっと、ヤバいかも。


「だって、何ていうか、わざと嫌われるような言動しているでしょ? まあ、ワイルド系のイケメンくんだから、むしろそれがウケているんだろうけど」


「…………」


 少し評価を見直す必要がありそうだ。


 この女……捨て置けない。


 ただし、俺にとって有用で、関わりたいという意味ではなく。


 俺の健やかなる嫌われライフを脅かすかもしれない、敵対存在として。


 見過ごせない……


「……お前と同じ匂いと言ったが……お前ドMなのか?」


「うん、ボクドMだ」


 この女……何か久しぶりに、イラッと来るな。


 いや、落ち着け。


 まずは目の前の敵を、じっくりと観察し調査するんだ。


「じゃあ、言ってみろ。お前のドMエピソードを」


「って言われてもなぁ……とりあえず、部活中とかはそうだよ」


「キツいトレーニングをするということか?」


「うん、そうそう。その方が、成長できるしね」


「ふむ……」


 俺は決して、ドMではない。


 何度も言うが、俺のポリシーはそれとは似て非なるもの。


 奴らが表面上の快楽を求めるのであれば。


 俺はもっと、人間の根本的な部分で、それ以上の快楽を得ている。


 それだけのことだ。


 そう考えると、遠藤 敦実。


 この女は、そこまで恐れる存在ではない。


「なあ、児玉くん。ボクの師匠になってくれないか?」


「……はっ?」


 悪魔の心を持つ俺は、大抵のことには動揺しない。


 しかし、この女はさっきから、発言が突然すぎて……


「……何のだ?」


「ドMの」


「だから、俺はドMではない」


「だって、君すごいよ。どう考えても美少女な道長さんにブスって言うなんて。ボクには出来ない芸当だ」


「俺は事実を言ったまでだ。あの時のあの女は、ブスだった。それだけのこと」


「でも、その後にちゃんとフォロー入れていたし……ツンデレ?」


 ピキリ。


 おかしい、何なんだ、この女は?


 悪魔たる俺は、いつも他人をあざ笑う存在。


 その俺が……こんな風にかき乱されるなんて。


「遠藤、俺はツンデレではない」


「そっか」


「それにドMじゃないから、お前の師匠にはなれない。すまないな」


「じゃあ、彼氏になってくれ」


「…………」


 いつもなら笑い飛ばすはずのジョークも、今は何だか笑えない。


「……お前はムカつく女だが、顔も体も悪くない。性格もムカつくが、悪いやつじゃない。だから、俺みたいなブサイクよりも、もっと良い男がいるだろ?」


「いやいや、この学園に、児玉くん以上のイケメンはいないよ」


「…………」


 今のご時世、暴力はご法度だ。


 そもそも、仮にそうじゃなかったとしても、俺は安い暴力なんて振るわない。


 そんなの原始人というか、低俗な存在がやる所業だからな。


 しかし、今の俺は……この女を、無性に殴りたいと思ってしまった。


 ……完敗だ。


 みんなに嫌われている俺。


 そんな俺に嫌われているこの女は……キング……いや、クイーンか。


 あれ? ということは……


「……遠藤」


「んっ?」


「今このタイミングで、こんなことを言うのは非常に恥ずかしいし、屈辱だが……」


「何だい? 何でも言ってくれ」


「俺の師匠になってくれ」


 一陣の風が吹き抜けた。


「……それは出来ない相談だ」


「な、なぜだ? お前の方が、俺よりも明らかに素質がある。悔しく、認めたくないが」


「それはドMの素質かい?」


「違う! 俺はドMじゃない!」


「ハッハッハ! とにかく、児玉くん。ボクは君の師匠になるつもりなど毛頭ない」


「ぐぅ……」


 人が恥を忍んでお願いしたというのに……


「随分と落ち込んだ様子だね」


「いや、落ち込むというか……」


「分かったよ、児玉くん。お互い、師匠になるならないの論争は終わりだ」


 遠藤は言う。


「その代わりに、ボクが君のエロ◯隷になるよ」


「…………」


 コイツ、ナニヲイッテイルンダ?


 いや、そんなギャグも、いつもならむしろ痛快に笑い飛ばすんだけど。


 この女を前にすると、どうにも調子が狂ってしまう。


 俺がこんなにも心を乱されるなんて、あいつの時以来だ……


「……結構だ」


「えっ、どうしてだ? 確かに道長さんと比べると、顔も体も劣るけど、主に乳とか」


 遠藤はまたつらつらと。


「けど、陸上で鍛えたこの脚には自信がある。なんなら、挟んであげようか?」


「何を?」


「君の首を、この膝の裏で」


 遠藤は俺の方に尻を向けると、膝の裏をトントンと指で示す。


「……くだらない冗談はよせ」


「ボクは本気だよ、いつだって。本気で感じている」


「クソ変態が」


 直後、俺はハッとする。


 この俺が、悪口を……


 言われることはあっても、まさか言ってしまうなんて……


 クソ、この遠藤という女。


 どれほどまでに、俺のプライドを傷付ければ……


「……はぁ~」


 とうとう心が折れた俺は、ため息を漏らす。


「……今日のところは、俺の負けだ」


「えっ、何がだい? むしろ、フラれたのはボクの方だろう?」


「お前、本当はこの俺よりも賢く狡猾な悪魔のくせに……とぼけた顔しやがって」


「んっ? 君は一体、何を言っているんだ?」


「とにかく、今日のところは、俺の完敗だ」


「よく分からないけど……また、リベンジにおいでよ♪」


 ピキリ。


 この女、そのほどよく実った乳を引きちぎって、さらにその奥にある心臓を……


 いや、落ち着け。


 確かに俺は悪魔的な男だが、本当の悪魔にはってはいけない。


 あくまでも、俺は人間だ。


 呼吸を整える。


 それから、無言で立ち去る。


「児玉くん、また逢瀬おうせを交わそうな!」


 あいつ、声がデカいというか、よく通るな。


 とにかく、久しぶりに俺の心を乱す、厄介な存在と出会ってしまった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る