第16話 食料Ⅲ
ライトで照らされる闇を進んでいると何かが見えた。一瞬だけそれらを照らし、すぐにライト消した。
「感染者がいます。少し下がっていてください」
俺は荒田さんと澤さんを数歩下がらせて、拳銃を引き抜いてライトとともに構えた。
ライトで再度暗闇を照らすと、感染者の足が照らし出された。そのままゆっくりと上へとライトを向ける。
「う゛ぅ」
ライトを向けられたことに気が付いた感染者は、光の方向を明確に理解したようでこちらへと近付いて来る。これだけの暗闇でそこそこ強い光量のライトを向けられているのにこちらが人間であると認識しているのか...?光を認識できるようだが、健康な人間とは違う視界を持っているのかもしれない。目も眩んでいないみたいだしな。
そんな悠長なことを考える暇があるほど、感染者の歩行速度は遅い。彼らが近付いて来るのを待ってから拳銃を彼らに向けて、引き金を引く。
―――タンッ。タンッタンッ
3体いた感染者は倉庫の床に横たわった。銃声に寄って来る感染者がいないのを確認してから拳銃を収める。
「もう大丈夫です」
感染者がピクリとも動かないのを確認して、下げていた2人を呼ぶ。
「はい…」
「松本…秋吉…小島…くっ」
ああ、そうだよな、ここの従業員だと感染者が誰だったかもわかっちゃうよな。
「すいません、何の気遣いもできなくて」
「いえ。彼らが治らないのは何となくわかります。死体のまま動き続けるよりも、こうしてもらった方が良かったでしょう」
俺の顔を見た荒田さんが倍返しでフォローしてくれた。いい人だなぁ、荒田さん。
3人の遺体を端に寄せてあげて、俺たちはさらに奥へと進んでいった。
それからすぐにキャリアカーを見つけて、食料のある場所へと戻る。キャリアカーは駆動音が比較的静かで、他の感染者を呼び寄せることもなかった。
食料を積み込むのはキャリアカーは2台、結構デカいなぁ。荒田さんと澤さんが運転してくれる。俺はそれに便乗して周囲を警戒する。
幸いにも感染者に気が付かれることなく一度目の輸送を終える。搬出入口は既に開いており、外の光がやや暗い倉庫内へと差し込んできている。
外には自衛隊のトラックと民間の大型トラックが用意されていた。村雨さんと井上さんは無事にトラックを用意できたようだ。
「では積み込みはこちらでやるので、食料を運んできてください」
「了解です」
それから感染者との遭遇はなく、順調に食料をトラックに運び、積み込み作業を行った。
しかし、それは突如として起こった。
あと2回も往復すれば荷物も満杯になろうかとしたころ、突如として倉庫内の照明が全て当時に消灯した。
「ひっ!」
それに驚いて甲高い声を出してしまったのは澤さんだった。今まで気丈に振舞っていたものの限界だったのだろう。彼の声は一瞬だけ響いてすぐに止んだ。だが、それが問題だった。
「行きましょう」
ライトで照らしながら、俺は荒田さんと澤さんに指示して荷物を全て運ばずに中断して搬出入口へと向かう。
だが時すでに遅し。感染者の声が近くまで来ている。
さっき出した銃声に釣られて近寄って来ていた感染者が、甲高い声に気が付いたらしい。
銃声のような大きな音では詳細な場所は特定できなかったが、程よい悲鳴は感染者にとって聞きやすかったのか?
「来ます!そのまま真っ直ぐ!」
先頭の荒田さんのキャリアカーに乗っている俺は、周囲を警戒しながら指示を飛ばす。
ちっ、正面を塞がれるな。
「伏せてください!」
荒田さんに頭を下げさせて、俺は前方を塞ぐように現れた感染者に発砲する。
お互いが動いている状況での射撃精度などたかが知れている。数発が感染者に当たるが、体に対してのダメージはあまりない。痛覚を有していない感染者の身体に5.56ミリの弾丸を撃ち込んだところで、タンブリングした弾丸が体の逆側から抜けていくだけ。足に当たればまだいいが、腕や胴体に当たったところで対した抑止力にはならない。
――ゴンッ
感染者を弾き飛ばしながら、一気に搬出入口まで突っ切る。
到着したところで状況を村雨さんと井上さんに説明した。
「感染者が来ます。気配だけですが、結構な数が来ます!」
「可能な限り荷物を積み込んでください!そのままに荷台に乗り込んで出発します!」
村雨さんと井上さんはすぐに運転席に向かってエンジンを掛ける。俺は倉庫から出てくる感染者を警戒し、荒田さんと澤さんが急いで積み込み作業をする。
しかしそれもわずかな時間。感染者が外の明かりに照らされる場所まで近寄って来ていた。
「もういいです!乗り込んでください!」
双方のトラックにはまだ8割程度しか食料が積まれていないが、この際しょうがない。元々トラック1台だけのところ、2台のトラックの8割分、十分すぎる戦果だ。
俺は後ずさらりながら近寄って来る感染者に射撃を加えながら、井上さんの運転するトラックの荷台に澤さんと一緒に乗り込んだ。
「出してください!!」
俺が大声で叫ぶと、プシュンッという音を立ててトラックは動き出した。
だが、村雨さんの運転する自衛隊のトラックは動き出さない、向こうのトラックの荷台には荒田さんがいる。
俺は荷台から顔を出して様子を伺う。まだ動き出さないのか?!何かトラブルか?村雨さんは焦っているようでシフトレバーのあたりをしきりに動かしている。
俺は動き出したトラックの荷台から飛び降りて走り出した。荒田さんがまずい、今すぐ助けに行かないと。
「ギアが入りません!援護をお願いします!」
村雨さんがそう言って叫んだ。言われなくともそうしますとも。
荷台に手を掛けて登ろうとする感染者を、荒田さんが蹴飛ばして迎撃しているが数は増える一方。このままではまずい。
全速力で走り寄って、荷台にしがみ付いている感染者に向けて弾をばら撒く。初めてするフルオート射撃だが、それほど大きな反動はなかった。
30発。5.56ミリの弾丸が感染者たちを横から薙ぎ払う。荒田さんは荷台の中でひっくり返っている。
するとようやくトラックが動き出し、俺は荷台に飛びついた。
「向井さん!荒田さん!乗ってますか!」
大声で村雨さんが確認を取る。俺と荒田さんは力一杯返事をして、息を吐いた。
「危なかったですね」
「向井さん、助かりましたぁ…死ぬかと思いましたよぉ…」
半泣きになっている荒田さんに両肩を掴まれて感謝された。まあ、そうだよな、さっきまで冷静だったこの人だって心底怖かったはずだ。窮地を脱して安心したのだろう。
それから倉庫の敷地を出たところで、井上さんと澤さんの乗っているトラックと合流して、避難所へと帰路につく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます