第14話 食料Ⅰ
アウトブレイク4日目。俺は大通り沿いの建物の2階にある休憩室で休息していた。
ここ何日かの疲れと久しぶりの屋内で休んだこともあって、随分長い間寝てしまっていたらしい。
俺が目を覚ました時には、芝公園からの避難民の移動が始まっていたらしい。なんせ俺を起こしたのが、彼らの装輪装甲車が道路上に放棄されている車を押し退けて転がす音だったのだ。
しまった。もう8時か。俺は飛び起きて荷物を引っ掴むと、すぐに建物の外へと飛び出していった。
さて、芝公園から来る自衛隊員たちと合流しようかと思ったが、建物の外に出てガラスに映る自分を見て考えを改めた。Tシャツとジーパン姿で小銃とバックパックを持っている不審者にしか見えない。最悪の場合、撃たれても文句は言えないだろう。
というわけで、俺は逃げるように皇居にある避難所へと帰って行った。
「あぁ、無事でしたか」
戻った俺を出迎えてくれたのは多田野さんだった。避難所の入り口で芝公園から来る避難民たちを待っていたのだろう。その表情は至って普通、心配していたという感じもなくつらッとしている。
「ちょっと時間がかかってしまったので、向こうで一晩明かしてきました」
「そうですか、砲声が聞こえていないので感染者の排除はうまくいったようですね」
「はい、大通り沿いは大丈夫だと思いますよ」
そんな風に話していると、自衛隊の装輪装甲車が見えてきた。その後ろにはずらっと隊員や民間人が連なっている。目算だと民間人だけでも400人と言ったところか。隊員も含めるともう60人くらいいそうだ。
隊員も民間人も、到着したことにホッとした様子だ。彼らは1人1人、感染していないかを確認されて、確認が終わった者から避難所へと入っていく。彼らはほとんど壁もない公園でこの4日間を過ごしてきたのだ、やはり堀と城壁があるだけで随分と気分は安らぐだろう。
俺はそんな様子を眺めていたが、やがて手の空いた多田野さんに呼ばれ、彼のもとへと向かった。
「向井さん、食料の確保の方は…」
「あ」
完全に忘れてた。というか、それに割く時間がなかったのだ。
「まあついでと言ったのは私ですから、気になさらず。それで、またお頼みしてもいいですか」
「また避難経路からの感染者排除ですか?」
「いいえ、食料確保です。今回の芝浦からの避難が終わったので、いくつか車輛に余裕が出来ました。それを使っての食料確保を行います。避難民も増えましたし、今後も増えますが、既に食料備蓄はほぼありません。」
「それで、俺がやるんですか…?」
また俺がやるのかぁ。まあこういう非常時なんだし、いくらでも手を貸すつもりではあるが。
「ええ。芝公園から来た隊員が増えたとはいえ、明日は清澄と上野から同時に避難を行います。ただでさえ少ない人員を割くのは難しいんです」
「それはわかりますが…」
「とはいえ、避難民が増えより多くの食料が必要ですので、こいつを使います」
多田野さんは彼の後ろに止まっているトラックをとんと叩いた。待って?車輛ってそのトラック?負傷者や子どもなんかを乗せて来たトラックだったな。確かこれも自衛隊の車輛でちょっと古い奴だ。
「トラック…ですか?」
「はい。これで湾岸沿いにある物流倉庫へと向かってください。トラック1台分に積み込めば長期避難までの食料を賄いきれるでしょう」
「え、あの俺はトラックの運転とかはちょっと。普通免許しかないですよ」
「AT限じゃなきゃ大丈夫ですよ、と言いたいところですが、確かにそうですね。こいつは少し古くて癖があるので難しいでしょうね…村雨に頼みましょうか」
村雨さん大型車両も運転できるのか、マジで何でもできるな。もしかして戦車とかヘリとか飛行機までイケそうだな。いや、それは流石にないか。
「2人で、ですか…」
「ええ、本当はもっと人員を割きたいのは山々ですが、日に日に隊員に殉職者が出ています。芝公園から来た隊員も同じです…」
そりゃこの非常事態の中で全員が生き残れるわけもない。防壁もない場所で民間人を守りながらこの4日間を生き抜いて来て誰1人として失うなというのが無理な話だ。
「わかりました。やってみましょう」
「お願いします。既に芝公園から来た隊員も民間人も軽い飢餓状態です、食料は今日の昼にはなくなるでしょう。どうかお願いします」
多田野さんはそう言って俺に頭を下げた。表情にはあまり出ないが、俺のことを信頼してくれているようだ。そうじゃなきゃ、そもそも銃を渡したりしないよな。
しばらくしてから多田野さんに呼ばれた村雨さんがやって来た。作戦を伝えられ、それを了承するとすぐにトラックに乗り込んだ。
多田野さんに視線を向けると、彼は頷いて乗り込むように合図してきた。どうやらもう出発するようだ。
俺は助手席に乗り込んだ。
「村雨さんよろしく」
「ええ、向井さん。随分とご活躍だとか」
「あははぁ…」
俺が答えにくそうに愛想笑いで返すと、村雨さんはエンジンを掛けた。ブロロオオンっとディーゼルエンジン特有の音とともに振動が伝わって来る。
すると、すぐにゆっくりとトラックは動き出した。
「向井さん、道案内よろしくお願いします」
道に出ると、村雨さんがそう言った。え、道案内?あ、はい、すぐに。
俺は多田野さんから受け取っていた地図を広げて、村雨さんに次の交差点を左に曲がるように指示した。
「左ですね…ところで、向井さん。どこで銃火器の扱いを学んだんですか」
「1キロほど道なりです。実はここ数年の記憶を失ってしまったようで、覚えていないんですよ」
「そうですか。記憶喪失、ですか」
あれ、なんか今日は村雨さんがよく喋るな。この前はめっちゃ無口だったのに。
「ええ。先日、渋谷で最初の感染者を目撃した時からは覚えているんですが…最初の、感染者?」
いっ…何が、頭痛が、鋭い痛みが脳を刺す。痛みで目を開けていられない。
「だとすると、ショック性の記憶喪失というやつでしょうか…どうかされましたか?」
「いえ、ちょっと頭痛が。ふぅ、大丈夫です、すぐに痛みは引いたみたいです」
頭痛持ちだったのかな。
「そうですか。何か無理に思い出そうとしたんですか?」
「いえ、どうでしょうか。特に思い出したことはないですね」
「…」
「…」
話すこともなくなったのか、車内は沈黙に包まれる。あ、そうだそうだ道案内だ。
「2つ先の交差点を右です」
「了解」
しかしこの地図に示されているルート、遠回りだったり迂回しているルートになってる。塞がれている道は避けているのかな。事前に何らかの方法で調べているのだろうか。
しばらく進むこと30分。道中には数体の感染者がいたが特別問題はなく橋を渡って、湾沿いに広がる埋め立て地へとやって来た。目標は、あの先か。
「次の交差点を左です」
「了解」
交差点を曲がると、その建物が見えて来た。
目標の倉庫は物流大手企業の物。かなり大規模な倉庫だ。広大な駐車場には大量の大型トラックなどが停まっている
入り口は特に封鎖された形跡もなく、すんなりと敷地内へと入っていくことができた。
「ここで降りて、徒歩で偵察に行きます」
村雨さんは敷地内に入ってすぐ、トラックを停車させた。確かに、あまり奥に行くといざ逃げるとなった時にトラックを放棄せざるを得ない状況になるかもしれないしな。
「わかりました」
トラックを降りた村雨さんに続いて俺も降りて、彼女について行く。
すると村雨さんは振り向いて、え、ついてくるの?といった表情だったが、特に何も言わなかった。
建物の正面入り口へと向かって、正面から入る。どうやら施錠されていないらしく、扉はやや軋む音を立てて開いた。
「あ゛ぁ…」
俺と村雨さんが中に入った瞬間に、感染者の声が聞こえた。少し遠いが、いるな。
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