第84話 魔物の大群よ、地獄に落ちろ


 もう一度、我々が置かれた状況を整理しよう。


 敵はスマート・ウルフの群れ1万頭。崖沿いの草原に集結し、まっすぐこちらに向かってきている。会敵まで残り1分。


 現時点で俺が使える戦闘系魔法は火焔・放水・空間の3種類。


 おそらくだが、大規模な戦闘火焔魔法で倒せる可能性は、正直なくもない。


 とは言っても、これは勘だが、奴らを全滅させるにはMPが足りない気がする。しかもそれなりに取りこぼしが出てしまうだろう。それに大勢の “目撃者” が出てしまう。仮に倒せたとしても、その後のことを考えるとそれはそれでまずい。


 さらにこの『大暴走』を仕組んだのが隣街のサティアだとすれば、ほぼ間違いなく、この事態の一挙手一投足を観察している。したがって、派手な魔法での討伐はしない方がいいだろう。


 ちなみに放水魔法は論外だ。

 まとめて一度に倒せるイメージがまったく湧かない。


 う~む、これは難しい。


 残るは空間魔法か……。


 あっ!


 ひらめいた。

 頭が一瞬白くなるほどの強烈なひらめき。

 圧倒的なアイディア!


 採用だ。

 もう時間が無いし、これで行こう。


 会敵まで10秒。


 既に気が早い弓矢使いの何人かは攻撃を開始している。ギリギリ射程に入るか入らないかといったところだ。


 俺の魔法は思い描いた『イメージ』でそれに近い状態のものが発動する。今回は自分史上、かつてないほどの大規模魔法を行使する。


 魔法自体はすぐに発動できる。

 だが、今回はきちんと『範囲』を考える必要がある。


 まず、我々がいる場所から前方30メートルは安全地帯として確保しておく。

 それより前に広がる草原エリアだが、これを文字通り『一掃』する。

 しかも魔法はあくまでも『きっかけ』しか与えない。

 そう、【魔法を使った直接攻撃をしない】、のだ。


 ドンキル大渓谷。そして崖際に集結した魔物の群れ。

 この地形と条件を利用する。




 急いで、垂直に切り立った断崖絶壁に対して、空間魔法で斜めに切れ込みを一気に挟んでいく。魔物がいる草原がそっくりそのまま【地すべり】が起こるように。


 この空間魔法の切れ込みだが、効果範囲は広いものの、実はかなり“薄い”。

 だから、いくら広範囲で展開しようと、まだMPには余裕がある。とはいえ、それなりにMPが削れていく感覚がすごい。



 ガラガラガラ。ガシャガシャガシャ!


 広範囲に切れ込みが入れられた草原はすぐに大崩壊を始めた。


 「な、なんだ。何が起きている。地面が、揺れている?」


 「あっ。地割れだ!!」

 冒険者が指をさす。


 目前まで迫っていたスマート・ウルフの群れがいた草原。突如として、それが一瞬にして砕け散り、魔物もろとも大渓谷の底へと一直線に落ちていく。後ろへ長く続いていた巨大な群れがすべて谷底に落ちていくというあり得ない光景だ。


 呆然として立ち尽くす冒険者たち。

 現実が飲み込めておらず、固唾をのんで見守ることしかできないギルドの重役。


 数分後、すべてが終わった。


 よし。

 思い描いた通り、魔物の群れを【殲滅】したぞ。

 完全にクリアされた。


 我ながら完璧な勝利だったな。

 最小で最大の効果。

 まさしく俺が意図していた通りの結果になった。


 とはいえ、このタイミングで『たまたま』群れ全体がピンポイントで崩壊したという事実は揺るがない。そのため、何をどう取り繕っても、どうしても不自然さは残ってしまう。


 まぁ、あれだ。


 いかんせん不安定な崖上の地盤。それが大量の魔物の重さと振動で崩れてしまったとしてもさもありなん。そういう理由で不自然さが消えることを期待するしかあるまい。

 

 今回の俺はあくまでも【影の功労者】に徹している。

 金も名誉も関係ない。

 この街を救いたいという、ただ一心だった。


 これでサルキアの野望もひとまずついえたことだろう。


 そしてまた一つ、魔法の神髄に触れることができたような気がする。


 だが、俺にはまだやることがあるのだ。


 興奮冷めやらぬその場をシレっと抜け出した俺は草原を離れてこっそりと森に入った。それからそのまま森の中を進み、魔物の侵攻方向とは逆の方向へと迂回する。ようやくたどり着いた先は、またもや大渓谷の崖。


 そう、これから渓谷の底まで降りるのだ。

 もちろん、落ちた魔物の様子を確認するために。









 ♦♦♦♦♦♦



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