第45話 転校生

疑惑と幻想織りなす、夏の終わりを過ごした俺は悩んでいた。


ランさんと情熱的なキスをした。

あれは彼氏彼女ということなのだろうか?彼女と思っていいんだよな?勘違いとか恥ずかしいから彼女って言いたい。


ランさんからハッキリと言われたわけじゃない。

だけど、あれは告白だよな?貞操概念逆転世界だから女性から告白してくれたんだよな?


ハッキリ付き合おうと言われてないけど。彼女と思っていいはず?



でも、やっぱりハッキリと付き合おうって言われたい。



ハァー幸せと不安が同時に心を締め付ける。



……あれからツキとは話せていない。



夕食に誘ってもツキは顔を見せなくなった。



これからの兄妹の関係を考えなければならない。


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一学期から夏休みにかけて、本当に色々なことが起きた。


旅行から帰ってからは応援団として部活の日々を送っていた。

夏は大会が多いということもあって、ただただゲリラ応援に明け暮れる日々だ。


それは母やユウナとの微妙な関係を考える時間を持ちたくなかったということもあって複雑な心境を抱えていた。



そんな気持ちを吹っ飛ばす衝撃的な出来事を妹から与えられ、ランさんから幸せを受け止め、もう頭の整理が追いつかない。



一人でいることよりも学校で過ごす日々の方が、予定に追われて何も考えなくて済むと学校が始まったのは気分転換に丁度よかった。



始業式のために久しぶりに入る教室の雰囲気は少しだけ変わっていた。

1年A組にクラスメイトに知らない女子が数名いたんだ。

青葉高校は成績に応じてクラス替えが行われる。

成績の順位によって激しく変動してしまうということだ。



一年ごとに変わるのかと思えば、一学期ごとに変更されるとはなかなかにシビヤな環境だ。



「おはよう」



セイヤが登校してきて、ハヤト、ヨウヘーと見慣れた顔ぶれは変わっていなかった。



「ヨル君、セイヤ君、ハヤト君、ヨウヘー君。おはようございます」



ヨウヘーの前に座ったのは、モガミハルミさんだった。


生徒会との合同合宿で仲良くなったので気楽な感じだ。


ハヤトの前にはミモリイチカ。セイヤの前にクラミネアスカが席に着く。



俺の前の席は空席になっていて、誰も座らないまま神崎椿先生が入ってきた。




「夏休みは満喫したか?羽目を外し過ぎてないことを祈るぞ。

問題を起こしたことが後でわかったら大変なことになるからな」




先生は相変わらずの様子で気ダルそうに話を進めていく。




「今日から転校生が来ることになった。入ってきてくれ」



先生に呼ばれて教室の扉が開かれる。



貞操概念逆転世界の定番的には、外国の美少女とか、どこかで助けたアイドルとかが転校してくるという展開を見ることがある。



座敷露ザシキツミです」



小さい。小さくて見えない。

声も小さい。何も聞こえない。


扉を開いたのは分かるが、入ってきた女子が俺の位置からでは見えない。



「よし、座敷さんは静岡からこっちに転校してきたんだ。成績は皆ももう知っていると思う」



えっ!全く知りませんけど。えっ?俺以外は納得しているのはなぜ?



「座敷の席はあそこだ」



先生に指示されて一人の女子が俺の前にやってくる。


座っている俺に対しても身長が変わらない。



「なっ!」


「こんにちは」



俺の驚きの声に小さな声で挨拶が返ってくる。



彼女は夏の旅行で道に迷って困った俺を助けてくれた小学生?



「小学生じゃない」


「えっ?」


「今、小学生って思ったでしょ?」


「あっごめん」


「素直でよろしい」



小さくて可愛い女の子は、まさかの同い年で俺の前の席に座った。



「一学期の実力テスト時点で試験を受けてもらって成績で順位が決まった。お前達ももうわかっていると思うが座敷が一位、倉峰が二位だ。これを肝に銘じて勉強に励んでくれ。本日は以上で解散とする」



神崎先生はホームルームを終えると解散を告げた。


座敷の下へ集まるクラスメイト。


自然と俺の周りにも女子が集まり、帰りたくても出れない。



「ねぇねぇ、座敷さんってあの座敷財閥?」



木築梅乃キヅキウメノが発した言葉に俺の頭では疑問符が浮かび上がる。


座敷財閥?東堂麗華さんの家が大金持ちだと聞いたけど、ああいう感じか?



「そう。静岡を拠点にこちらにも進出してきたからよろしく」



座敷の声は小さいが、進出してきたという発言に女子たちが騒ぎ始める。



「本当に!幻のお菓子がこっちでも食べられるの?」


「うん。まかせて」



座敷はお裾分けだと言って、もってきていた紙袋から小さな包みを女子たちに渡していく。


俺の席にも一つ置かれ「あげる」と一言告げられる。


小さな包み紙の中から綺麗な砂糖菓子が現れる。



「綺麗だな」


「ありがと」



俺が素直に口にすると、座敷から嬉しそうな笑みが返ってきた。

一口食べれると、甘すぎず上品な味わいが口に広がり、最後にお茶の香りが鼻から抜けて不思議な味わいを口に広げてくれる。



「美味しいな」



もう一度素直な感想が口に出る。


なぜか、教室全体が静かになっていて、全員の視線が俺に向けられていた。



「えっ?」



俺は何が起きているのかわからなくて首を傾げて声を出した。



「「「「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」



なぜか女子達が一斉に教室を飛び出して、雄叫びを上げながら走り去っていった。



「えっえっ?何?」


「ヨル……まぁヨルだからね……」



セイヤからは何故かどうしようもないと諦めたような顔で見られ、目の前に座る座敷は真っ赤な顔で固まっていた。



「マジで何?」


「無自覚に表情緩めて、女子達が翻弄されちゃったんだよ」



セイヤが説明らしき言葉をかけてくれるが、意味がわからん。


俺はただ美味しい和菓子を食べただけなのに……

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