第95話
漆黒の渦は軌跡を描いて一点へと向かう。凝縮する黒はやがて見るものを魅了する虚無へと変換される。この世のすべてが、そして、この世にないものが混ざり合った混沌は、暗黒へと昇華する。
「《
真空すらも伝達させる天使のような美声はしかし、聞く者に絶望を与える。その両手から放たれた極大の暗黒は、すべてを飲み込み前進する。
しかし、それに対して一歩も引かぬ者が一人。
「俺の全身全霊でもって、お前の全力を凌駕する! 放て正義、穿て巨悪。我が剣に宿るは聖なる力、根源たる聖霊王よ。我が声に応えよ!」
勇者が抱えた剣が、暗黒と対となり光をもたらす。すべてを包み込むがごとく光は、その一点に束なる。
「切り裂け、《
天にも昇る七色の光は、それぞれ精霊七神王を意味し、この世界の神髄を表明する。聖なる鉄槌は、精霊に導かれし正義の実行なり。勇者とは、正義の執行官なり。
精霊に宿る天地万有の権能は、ありとあらゆる物質を超越する。
「はあああぁぁッ!」
「うおおおおおおぉぉぉッッ!!!」
ぶつかり合う暗黒と七色、闇と光、
弾け合う閃光はしかし、闇に覆われ光に紛れ。音すらも消し去る無の絶頂を、たった二人で顕現させる力の持ち主たちは、その全身全霊、全力の一撃を持って勝負をつけるべく、競い合う。
しかして、その決着は――
闇が、そして光が消えた。その地に残るものは何もなく、地面はえぐれ、空は淡く半透明に薄っすらと光を指していた。砂埃の一つもたたない戦場には、たったの一人を除いて立ち続ける者はいない。
「えっと……これは引き分け、ですかね?」
ルミナスから少し離れたところに立っていた、ティナである。
宇宙の根源、ビックバンの再来とも思えるような衝撃がこの星を襲ったはずであったが、そのすべての力は綺麗にこの戦場の、さらに勇者とルミナスとの間にのみ影響を及ぼした。
余波を浴びることもなく平然と立ち尽くすティナは、ルミナス、勇者共に地面に伏しているのを確認してそう呟いた。
ルミナスが倒れているのが視界に入った時は、この世の終わりかとすら思えたが、隕石が墜落したかのような巨大な穴の対岸で、勇者も同じく地に伏しているのを目にして小さく安どの息を漏らした。
ルミナスに駆け寄り、その体を抱き起す。
「ルミナス様! ご無事ですか!?」
「……ん、んぅ……うぅん? ティナ……」
「ルミナス様! 良かった……」
瞼を上げ、僅かに自身の名をルミナスが呼んだのを確認し、ティナは一安心。胸を撫で下ろし、ルミナスへと笑みを向ける。
「どうやら引き分けの様です。勇者も、あちら側で倒れていました」
「そりゃあそうでしょうね。これを浴びて、相殺したとしても気の一つも失わないことは不可能だもの」
「つまり、勇者の力量を見切っていた、と?」
「いいえ? 違うわよ?」
「え?」
呆然とするティナだが、ルミナスは気にせず得意げに人差し指を立てて説明してやる。
「あの光は意識を奪うためのものだもの。勇者の攻撃は別の結界で防いだわ。ただ、同時に且つ大量に力を行使したせいで、眩暈と熱と、後頭痛もするわね……。さっさと勇者は追い払って、しばらく休もうかしら」
「……ふふっ、ふふふっ」
「ん? どうかしたのかしら?」
ルミナスの言葉を聞いて、思わず、と言った風に笑いだすティナに、ルミナスは小首を傾げた。
「いえ、ルミナス様らしいな、と思いまして」
「……そっか。それならよかった。これからも、俺が思うルミナスとして、お前たちと一緒にいられるように、頑張るよ」
「はい、よろしくお願いします。でも、私と二人っきりの時くらい、気を抜いていいですからね」
「ああ、たまにはな。……さて」
一呼吸置き、小さく瞼を閉じた後、エデンのような淡い光を灯す空に目を向ける。
「ゲーム、みたいだな」
「はい? なんと?」
「いや、何でもない。……」
ためを作り、大きく息を吸い込んだ後、ティナに抱かれながら片手を大きく掲げた。
「この勝負、わたくしの勝利よ!」
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