第8話『恋人とのウォータースライダー』
普通のプールで水をかけ合って遊ぶことで、プールの水の冷たさにも慣れてきた。なので、他のプールでも遊んでみようということになった。
「リョウ君、次はどのプールに行こうか? それとも、ウォータースライダーにする?」
「ウォータースライダーいいな。ここは2人一緒に滑れるし。これまで一緒に来たときは必ず愛実と滑っていたから」
「そうだね。じゃあ、ウォータースライダーに行こうか!」
「ああ、そうしよう」
俺達は手を再び繋いで、ウォータースライダーの入口に向かって歩き出す。
俺達が屋内プールに入ったときよりもお客さんが増えている気がする。それに比例するように俺達に視線を向けている人も。ただ、愛実と手を繋いで歩いているのもあり、声を掛けてくる人はいない。
ウォータースライダーの入口見えたとき、
『きゃああっ!』
女性達の黄色い声が響き渡る。その直後、ウォータースライダーのゴールから、2人の女性が乗った浮き輪が姿を現す。ただ、勢いがあるので、女性達は浮き輪からプールへと落ちた。
「ここのウォータースライダー……昔と変わらず結構勢いがあるんだね」
「ああ。この前、あおいと一緒に滑ったときも、今の女性達みたいにプールに落ちたよ」
「ふふっ、そうだったんだ。そういえば、あおいちゃんはプールに落ちたのも気持ち良かったって言ってたっけ」
確かに、ウォータースライダーを滑った後のあおいは爽やかな笑顔になっていたな。
それから程なくして、ウォータースライダーの入口に辿り着く。
入口に男性のスタッフがおり、2人用の浮き輪を受け取る。スタート地点に行ける階段を上っていくと……階段の途中で待機列が伸びていた。俺達は最後尾に並ぶ。
「そういえば、これまで来たときも階段から並ぶことが多かったな」
「ここのウォータースライダーは人気だからな」
この前、あおいと一緒に来たときも、毎回階段から並んだな。連続で何回も滑ったから、待っている時間がいい休憩になったっけ。
「愛実。浮き輪の前と後ろ、どっちに座る?」
愛実はウォータースライダーが特に苦手なわけではないし、これまでも前と後ろ、どっちの席にも座っていたから。それに、久しぶりに愛実と一緒に滑るし、愛実には好きな方に座らせてあげたい。
「まずは後ろがいいかな。ここのウォータースライダー、結構勢いがあるし。前にリョウ君がいてくれた方が安心できそうだから」
「なるほどな。分かった。じゃあ、最初は愛実が後ろ、俺が前に座ろう」
「うんっ。久しぶりにリョウ君と滑るウォータースライダー、楽しみだな」
愛実らしい可愛い笑みを浮かべながらそう言った。この笑顔で楽しみだと言えるのだから、きっと一緒にウォータースライダーを楽しめるだろう。
それからは、これまでに、このプールや一緒に行った旅行先のホテルにあるウォータースライダーで滑ったことの話をしながら待機列での時間を過ごしていく。
俺も愛実も海やプールに入るのは好きな方だから、夏休みに香川家と一緒に家族旅行に行ったときは、ウォータースライダーがあるような立派なプール施設があるホテルに泊まることが多かったな。あそこは速かった、あそこは怖かった……と話が盛り上がった。
思い出話に花が咲いたのもあり、あっという間に俺達の番になった。
「次は……お二方で滑るんですね。カップルさんですか?」
「はいっ」
女性のスタッフさんの問いかけに、愛実は笑顔で返事する。それがとても可愛いなぁ、と思いつつ俺も「はい」と続いた。
俺がスタート地点に浮き輪を置く。さっき話した通り、前に俺、後ろに愛実が座る。前に座っているけど、俺のすぐ横に愛実の綺麗な脚が見える。そのことにちょっとドキッとした。
「では、ラブラブなカップルさんいってらっしゃーい!」
女性のスタッフさんは元気良くそう言い、俺達の乗る浮き輪を押した。
俺達の乗る浮き輪は水の流れに乗り、ウォータースライダーのコースを進み始める。
「始まったね!」
「ああ!」
久しぶりのウォータースライダーだからか、愛実は滑り始めた直後から弾んだ声で言ってくる。きっと、楽しげな笑顔になっているんだろうな。
ウォータースライダーのコースは基本的には下り坂だし、水の流れも結構あるから、滑る速度は上がっていく一途を辿る。
「きゃあっ! はやーいっ!」
きゃーっ! と愛実は何度も黄色い声を上げていて。さっきも弾んだ声で俺に話しかけていたし、この声は楽しさや興奮によるものだろう。そんな愛実と一緒に俺も「おおっ!」と何度も大きな声を上げる。
時折、下り坂の傾斜がキツくなったり、急なカーブがあったりする。そのときは急にスピードが上がったり、顔に水がかかったりするのでかなりのスリルを感じる。ちょっと怖くもあって。2週間くらい前にあおいと何度も滑ったのにな。
スピードが落ちることなく、俺達の乗る浮き輪はコースのゴール地点まで辿り着いた。その瞬間、
――バシャッ!
勢い良くゴールしたのもあり、俺と愛実は浮き輪から飛び出てゴール地点のプールに落水した。
さっき、普通のプールで愛実と水をかけ合って遊んだけど、勢い良く全身が水中に入ったから、結構冷たく感じる。
水面から上がる。俺のすぐ近くには俺達が乗ってきた浮き輪がひっくり返っていた。愛実の姿は見えない。
プールの中を見てみると……俺の近くに茶髪の人が見える。愛実が着ているビキニのような赤いものも見えるので、この人が愛実だろう。そう思っていたら、愛実が水面から姿を現した。
「ぷはっ。冷たーい」
笑顔でそう言うと、愛実はゆっくりと立ち上がった。プールに落ちたのもあって、愛実は両手で顔についた水を拭う。その姿が大人っぽく感じられた。
「久しぶりにここのスライダーを滑ったし、後ろに座ったけど、結構スリルがあるね!」
「結構勢いあるよな。2週間ぶりだけど、前に座ったからかスリルを感じたよ」
「そうだったんだ。リョウ君が目の前にいたし、久しぶりに一緒に滑ったから凄く楽しいよ! 水もかかって気持ちいいし」
愛実は俺の目を見つめ、ニッコリと笑いながらそう言ってくれる。久しぶりに一緒に滑ったのを楽しんでくれてとても嬉しい。
「楽しそうな声を上げていたもんな。俺も愛実と一緒に滑って楽しいよ」
「そっか。良かった。……もう一度、リョウ君と一緒に滑りたいな。今度は私が前に座りたい」
「ああ、いいぞ」
前の方はかなりスリルがあるけど、今の様子なら前の方に座っても楽しめるんじゃないだろうか。
プールから出て、乗ってきた浮き輪を持ってウォータースライダーの入口に向かう。
階段を上ると、さっきと同じく階段の途中まで待機列が伸びていた。俺達は最後尾に並ぶ。
愛実と一緒に何度も大きな声を出したのもあり、ちょっと疲れがあった。なので、待機列で並ぶ時間はいい休憩になった。
愛実と話していたのもあり、今回も俺達の番になるまではあっという間だった。
スタート地点に浮き輪を置き、前に愛実、後ろに俺が座る。
「それでは、ラブラブなカップルさん! 2回目の滑りにいってらっしゃーい!」
さっきと同じスタッフさんがそう言い、浮き輪を押したことで、2回目のウォータースライダーがスタートする。
今回は後ろの方なので、前回と比べてスリルは控え目だけど、常に愛実の後ろ姿が見えるのはいいものだ。
「きゃあっ! 前はかなりスリルあるねー!」
滑っている中、愛実はそんなことを言う。ただ、さっきと同じ黄色い声を何度も上げているから、きっと楽しめているだろう。
愛実と一緒に声を出しながら滑っていき、俺達の乗る浮き輪は勢い良くゴール地点に辿り着いた。
――バシャッ!
先ほどと同じく、俺達は浮き輪から飛び出してプールに落水した。
2度目の落水なのもあり、さっきよりは落水の衝撃も少なく、プールの水は冷たくは感じない。それもあって、気持ちのいい中で水面から体を出した。
周りを見ると……さっきと同じく、まだ愛実は水中にいるか。そう思いながら水面を見ていると、愛実の着ているビキニのトップスが水面に浮いてきた。愛実の豊満な胸が浮いてくることはない。ということは――。
「脱げたのか」
ポロリしてしまったのか。俺は愛実のビキニのトップスを拾った。プールに浮いていたけど、布地からは愛実の温もりが僅かに感じられた。取れたてホヤホヤか。
「……リョウ君、拾ってくれたんだね。ありがとう」
背後から愛実のそんな声が聞こえたので、声がした方に振り向くと……そこには水面から顔だけを出す愛実の姿があった。水着のトップスが脱げてしまったからか、愛実の顔は頬を中心に赤くなっている。
「勢い良くプールに落ちたからかな。水着が脱げちゃった。さっきと比べて妙に胸が冷たいと思って、胸を触ったら直に触れて。それで、脱げたことに気付いたの」
「なるほど、そういうことか」
プールに落ちた際の水の勢いで、ビキニのトップスが脱げてしまったのか。あとは海水浴のときに比べて胸が少し大きくなった影響もあったりして。それは言わないでおこう。
「ここはスライダーのゴールから近いし、もう少し離れたところで着るか」
「うん」
俺達はスライダーのゴールから離れたところに行く。
水面から顔だけしか出していないのもあり、愛実がポロリをしてしまったことに気付いた人はいないようだ。そのことに一安心。
プールの端の方に移動し、俺は愛実にビキニのトップスを渡す。
「愛実。俺が側に立っているから、愛実はビキニを着てくれ」
「うん、分かった」
俺は愛実のすぐ目の前に立ち、ウォータースライダーで乗った浮き輪を近くまで動かす。これで、周りの人に愛実の胸が見られてしまう可能性も下がるだろう。
愛実はビキニのトップスを着ていく。その間、俺は周りから見られていないかどうか監視した。
「……よし、これでOK。側にいてくれてありがとう、リョウ君」
「いえいえ」
「……ポロリしちゃったのは恥ずかしかったけど、リョウ君がすぐ側にいてくれたから安心したよ。夏休みの海水浴で水着が脱げたときのあおいちゃんはこういう気持ちだったのかも」
「……そうかもな」
俺を見つめ、頬を中心に赤らんでいる顔に浮かぶ愛実の笑みは、あのときのあおいと重なるから。きっと、同じような気持ちじゃないだろうか。
「またウォータースライダーで遊ぶか? それとも他のプールで遊んだり、休憩したりするか?」
ポロリしてしまったのもあり、ウォータースライダーだけでなく他の選択肢も示すことに。ウォータースライダーを含め、愛実のやりたいことを一緒にしたいと思っている。
愛実はスライダーを滑るときに乗った浮き輪を掴み、
「リョウ君と一緒にまた滑りたいな。2回目はビキニが脱げちゃったけど、凄く楽しかったから」
愛実はニコッと笑いながらそう言ってくれた。愛実の笑顔を見て、俺に気遣っているわけではなく、本当に楽しいからまた滑りたいのだと分かった。
「分かった。じゃあ、3回目のスライダーをしに行こう」
「うんっ」
俺達はプールから出て、浮き輪を持ってウォータースライダーの入口へ向かうのであった。
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