エピローグ『夏休みの終わり』

 8月31日、水曜日。

 ゆっくりと目を覚ますと……薄暗い中で見覚えのある天井が見える。……そうだ、今は愛実の家に泊まっているんだった。

 部屋の壁に掛かっている時計を見ると、今は……午前7時過ぎか。

 すぅ、すぅ……と、俺の右の耳元で可愛らしい呼吸音が聞こえてくる。なので、そちらを向くと、愛実がぐっすりと寝ている。愛実は寝相が良く、昨日寝たときと同じで俺の右腕を抱きしめている。気持ち良さそう寝ているし、寝顔がとても可愛らしい。

 今も一糸纏わぬ姿だし、右の胸元には俺のキスマークが赤くしっかりと付いている。なので、とても大人っぽくて艶やかな寝姿だ。

 そういえば、付き合い始めた日にお泊まりしたときには、愛実が先に起きて、俺の胸に埋めさせていたんだよな。だから、俺が目を覚ましたときは、愛実の白い肌に視界が覆われていて。あのときも幸せな目覚めになったけど、今回みたいに先に起きて、気持ち良さそうに寝ている愛実を見るのもいいな。


「可愛いな、本当に」


 愛実が起きないように気をつけながら、愛実の頭を優しく撫でる。それが気持ち良かったのか。それとも、いい夢を見ているのか。愛実の口角が上がる。


「リョウ君……タキシード似合ってるね。私のウェディングドレス姿はどう……?」


 という寝言を愛実は言う。タキシードにウェディングドレスってことは、今は結婚式の夢を見ているんだな。愛実の夢は俺のお嫁さんになることだし、俺と一緒に寝たからそういう夢を見ているのだろう。この夢はいつか現実にしたいな。


「赤ちゃん産まれたよ……」

「早いな展開」

「7人目だよ、リョウ君……」

「多いな子供」


 立て続けに愛実の寝言にツッコんでしまった。

 結婚式の寝言を言ってすぐに7人目の子供が生まれるとか。愛実の夢はどれだけ時間の進みが早いんだ。今はもう俺や愛実は老夫婦になっていて、下手したら死んでいるんじゃないか? ……いや、色々と事情があって、6人目の子供が生まれた後に結婚式を挙げたって可能性もあるか。

 それにしても、俺との間に7人も子供がいるのか。昨日の夜はたくさん肌を重ねたから、子だくさんな夢を愛実は見ているのかもしれない。

 実際には子供……何人生まれるんだろうな。授かりものとも言うし。子供がいてもいなくても、愛実と幸せな家庭を築いていきたいな。あと、愛実はたとえ7人産んでも元気で、真衣さんのような年齢よりも若い見た目の母親になっていそうだ。


「んっ……」


 愛実はゆっくりと目を覚ました。俺と目が合うと、とても柔らかな笑みを浮かべて、


「おはよう、リョウ君」


 いつもよりも甘い声で愛実は挨拶してきた。寝起きから可愛すぎる。


「おはよう、愛実。起こしちゃったかな」

「ううん、そんなことないよ。気持ち良く起きられたし」

「それなら良かった。……おはようのキス、俺からしていい? 昨日のおやすみのキスは愛実からしてくれたから」

「うんっ。お願いします」


 愛実はそう言うと、ゆっくりと目を閉じて、唇を少しすぼませる。キス待ちの顔も可愛いと思いつつ、俺は愛実におはようのキスをする。起きて間もないタイミングで愛実とキスができて幸せだ。お泊まりのいいところの一つだな。

 少しして、俺から唇を離すと、すぐ目の前に愛実の幸せそうな笑顔があった。


「目を覚ましたらリョウ君の顔があって。起きてすぐにリョウ君とキスができて。凄く幸せです」

「俺も同じことを思った。お泊まりってこういうことができるのがいいよな」

「そうだねっ」


 愛実はニッコリと笑ってそう言う。愛実と意見が合って嬉しいな。


「どんな夢かは覚えていないけど、凄くいい夢を見たような気がするよ」

「寝言で言っていたけど、俺との結婚式の夢を見ていたぞ」

「そうなんだ!」

「その何秒か後に7人目の子供を産んでた」

「早すぎるね」


 あははっ、と愛実は楽しそうに笑う。その笑い声はちょっと大きめで。超スピード展開に、愛実は笑いのツボにハマったのかもしれない。


「昨日の夜はたくさんえっちしたから、そういう夢を見たのかもね。凄く気持ち良かったし……」

「俺もそう思ってる」

「子供が何人できるかは分からないけど、将来は結婚して一緒に過ごす夢は正夢にしたいね」

「そうだな。俺のお嫁さんが愛実の夢でもあるもんな」

「うんっ!」


 愛実は元気良くそう言うと、俺の唇と右の胸元に付けたキスマークにキスしてきた。絶対に叶えようねっていう約束のキスだろうか。キスマークにもキスしてくるところが可愛らしくて。

 今のキスの返事として、俺も愛実の胸元に付けたキスマークにキスした。


「そういえば、リョウ君。体は大丈夫? 昨日は長時間バイトしたし、夜はいっぱい体を動かしたから。痛いところない? 特に腰」

「大丈夫だよ。痛いところもないし、疲れもないよ。愛実特製のチキンカツカレーを食べたし、愛実と一緒にお風呂に入ったし、このベッドで寝たから」

「ふふっ、良かった」

「愛実こそ腰とか大丈夫か? 昨日は腰を動かすことがいっぱいあったし」

「凄く気持ち良かったからね。腰は大丈夫だよ。肩はちょっとだけ違和感があるかな。痛みはないから、朝ご飯を食べた後にでもマッサージをお願いしていいかな?」

「もちろんだ」

「ありがとう。じゃあ、まずはお風呂に入ろうか。昨日はえっちしてそのまま寝たから」

「そうだな」


 それから、俺達は浴室に行って朝風呂を楽しむ。昨日のように、髪と背中は洗いっこして、湯船に浸かっているときは抱きしめ合って。昨日の夜よりも涼しいのもあり、結構気持ち良かった。

 朝風呂に入って少しゆっくりした後、俺達は真衣さんと宏明さんと4人で朝ご飯を食べることに。

 昨日の夕ご飯のカレールーが残っているので、カレーを食べる。元々はチキンカツカレーだったので、ルーにお肉は入っていない。だけど、朝なのでむしろそれが良くて。一晩経って野菜の旨みが昨日の夕食よりも出ており、とても美味しかった。

 朝食を食べ終わった後は、愛実が淹れてくれたアイスコーヒーを持って愛実の部屋に戻る。少し食休みをして、俺は約束通り、愛実の肩のマッサージを行なう。


「あぁ、気持ちいい。さすがはリョウ君」

「いっぱいマッサージしているからな。違和感があるって言っていただけあって、ちょっと凝っているな」

「やっぱり凝ってたんだ。夕ご飯を作ったりしたからかな」

「そうかもな。今日みたいに違和感がある程度でも、マッサージしてほしかったら遠慮なく言ってくれ」

「ありがとう」


 愛実は顔だけ振り返って、そう言ってくれる。そんな愛実の顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいて。俺のマッサージでこの笑顔を引き出せているのなら嬉しい。


「今日で夏休みが終わりなんだね」

「そうだな。明日から学校か」


 そう、今日は8月31日なので夏休み最終日。明日からは2学期がスタートする。


「夏休みが始まったときはあおいちゃんが告白して、私はまだ告白してなかったから……リョウ君と恋人として付き合って、夏休みの最後にお泊まりしているのは想像もできなかったな。付き合いたいっていう願望はもちろんあったけど」

「そうか。あの頃は告白してくれたあおいのことを考えてた。愛実のことも頭に浮かぶときがあったけど。そこから海水浴して、愛実に告白されて、バイトの様子をあおいと見に行って、インターハイに出る道本と鈴木の応援をして、オープンキャンパスやコアマに行って、愛実の家にお泊まりして、花火大会に行って」

「こうして振り返ると盛りだくさんだね。一緒に課題をやった日も何度もあるし」

「ああ。盛りだくさんだったな。あおいとプールデートやお泊まりもして、バイトをした日も結構あったからな。その中で愛実とあおいが好きだって自覚して、2人のことをいっぱい考えて、愛実と付き合おうって決めて、愛実と付き合い始めて。物凄く充実していて忘れられない高校2年生の夏休みになったよ。楽しかった」

「それは良かった。私もリョウ君やあおいちゃん、理沙ちゃん達の色々な思い出ができた夏休みになったな。リョウ君と付き合い始めたから、素敵で忘れられない夏休みにもなったよ。私も楽しかった!」

「そうか、良かった」


 愛実にとっても楽しくて、思い出がいっぱいできた夏休みになって。本当に良かった。

 夏休みを振り返ったから、今年の夏休みにあった様々な出来事が脳裏をよぎる。今年の夏休みは盛りだくさんだったな。愛実と付き合い始めただけでなく、11年ぶりにあおいと一緒に夏休みを過ごしたのも大きな理由だ。かけがえのない夏休みになった。


「リョウ君。明日からの2学期も一緒に楽しく過ごそうね。あおいちゃんや理沙ちゃん達とも一緒に」

「そうだな。2学期からもよろしくな、愛実」

「うんっ」


 愛実はそう言うと、俺の方に振り返って、可愛らしい笑顔でキスしてきた。

 恋人がいる中で学校生活を送るのは明日からの2学期が初めてだ。ただ、恋人の愛実はもちろん、幼馴染のあおい、友達の道本と鈴木と海老名さん、担任の佐藤先生達が側にいるからきっと楽しい日々になるだろう。

 それから程なくして、愛実の肩のマッサージが終わった。スッキリとした愛実と一緒にアイスコーヒーを飲みながら、2人とも好きなアニメを観て、夏休み最後の日をゆっくりと楽しく過ごすのであった。




特別編 おわり

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