第4話『壁ドンをしてほしい。』
お風呂から出た俺達は、リビングにいる真衣さんと宏明さんにお風呂が空いたことを伝えて、愛実の部屋に戻ってきた。
「お風呂気持ち良かったね」
「気持ち良かったな。一人で入るよりも気持ち良かった」
「私もっ」
愛実はにこやかな笑顔でそう言った。入浴中に話したように、今後も愛実とお泊まりするときには、一緒に入浴するのがお決まりになるだろう。
それからは互いの髪をドライヤーで乾かしたり、ゴールデンウィークに愛実があおいから教えてもらったストレッチを一緒にやったり、愛実はスキンケアもしたりする。
あおいが愛実に教えたストレッチは結構しっかりとしたメニューだ。ジョギングで体力や筋力を付けているのもあり、初めてでも愛実と一緒にこなすことができた。ジョギングの習慣がなかったらキツかったかもしれない。
愛実も当初はキツく、教えてもらった通りの量はできなかったらしい。少し経ってから、ちゃんとできるようになったとのこと。俺と同じように、愛実も習慣にしていることで体力や筋力が付いたんだな。
入浴後の習慣になっていることを一通り終えて、俺達は昨晩録画したラブコメアニメを観ることに。愛実が淹れてくれたアイスコーヒーを飲んだり、俺がバイト帰りに買ったマシュマロやベビーカステラを食べたりしながら。2人とも観ているので、愛実とたくさん話して。
また、愛実と寄り添っている体勢だから、ラブコメアニメを観ると結構ドキドキすることがある。今観ているエピソードは壁ドンシーンがあったりするし。主人公とヒロインに俺達を重ねながら観ていった。
「今回も楽しかったね!」
「そうだな。それに、愛実と話しながら観ていたから、あっという間の30分だった」
「あっという間に思えるほどに楽しかったよね」
そう言う愛実は楽しそうな笑顔になっていて。
「あと、マシュマロとベビーカステラありがとう。どっちも甘くて美味しいね」
「良かった。愛実は甘いものが好きだし、その2つは結構好きだから」
「うん、大好き。だから、今みたいにお泊まりや遊ぶときには食べることが多いよね」
「多いよな。だから、この2つを買ってきたんだ」
愛実に喜んでもらえて嬉しいな。これからも愛実とお泊まりしたり、遊んだりするときは甘いお菓子を買うようにしよう。
マシュマロを一つ食べると、これまで以上に甘くて、とても美味しく感じられた。
「ねえ、リョウ君」
「うん?」
愛実は頬をほんのりと赤くして、俺のことをチラチラと見てくる。どうしたんだろう?
「……壁ドン、してほしいなって」
「壁ドンか。今観たエピソードでも主人公がしていたもんな」
「うん。そのシーンを観たとき、リョウ君と私を重ねて観てて」
「そうだったのか。俺もあのシーンでは、愛実と自分を重ねていたな」
「そうだったんだね。リョウ君に壁ドンをされたらどんな感じなのか気になって。まあ、オリティアに行ったときの電車の中で似たような感じにはなったけど」
「あったな」
ゴールデンウィークに俺と愛実はあおいと佐藤先生と一緒に、オリティアという同人誌即売会に参加した。
会場の最寄り駅に行く路線では、途中、客がたくさん乗ってくる駅がある。その駅に到着したとき、愛実と俺が向かい合う形に立っていたのもあり、多くの客が一気に乗ってきて愛実と俺が密着する体勢になったのだ。愛実がドアを背にして立っていたから、まるで俺が壁ドンしているような形になった。
「似たような感じにはなったけど、壁ドンを愛実にしたことはなかったな」
「だよね。それに……あおいちゃんには壁ドンしたことがあるんだよね。前にあおいちゃんから聞いたよ」
「……ああ、したよ。1学期の期末試験が終わった後の半日期間のときだな」
あのときも、今の愛実のように、壁ドンシーンがあるアニメを観た後にあおいが「壁ドンしてほしいです」と頼んできたっけ。
きっと、今観たアニメに壁ドンシーンがあっただけでなく、あおいへの羨ましさもあって、俺に壁ドンしてほしいと言ったのだろう。そう思うと、愛実がより可愛らしく見えてくる。
「よし。じゃあ、愛実に壁ドンするか」
「うんっ!」
壁ドンをすることになったから、愛実は嬉しそうに返事する。
「あおいちゃんは壁ドンしてもらったときに、かっこいい言葉を言ってもらったみたいだから、私にも言ってほしいな」
愛実は俺にそんなおねだりをしてくる。上目遣いになるところが可愛らしい。
「分かった」
「ありがとう」
愛実はより嬉しそうになる。恋人の願いはできるだけ叶えてあげたい。
確か、あおいのときはアニメを再現する意味もあって『俺が守る』って言ったんだよな。同じ言葉でなくても、愛実の恋人らしい言葉を言いたい。
愛実はクッションから立ち上がって、俺の家側にある窓の横の壁のところまで行く。
「今はお母さんとお父さんもいるし、ここは外壁側だから壁ドンをしても大丈夫かな」
「そうだな。2人に迷惑を掛けずに済みそうだ。そこで壁ドンするか」
「うんっ」
愛実は窓の横に壁を背にして立つ。
俺もクッションから立ち上がって、愛実の目の前まで向かう。これから壁ドンをするから、壁の前に立つ愛実を見るとちょっとドキドキしてくるな。
「愛実。心の準備はできてる?」
「うん。今から壁ドンをしてもらうからドキドキしてるけど」
「そっか。……じゃあ、やるか」
「お願いします」
愛実は俺をじっと見つめてくる。
俺は愛実にゆっくりと近づいて、
――ドンッ!
と、少し大きめの音が鳴るくらいに、右手で愛実の顔のすぐ近くの壁を強く叩く。今の音や衝撃に驚いたのか、愛実の体が少しピクッと震えた。
顔を愛実の顔に近づけて、
「ずっと俺の側にいろ」
至近距離で愛実の目を見つめながら、愛実がかっこいいと思ってくれそうな言葉を言った。もちろん本音だ。
壁を背にして立つ愛実の側に右手を当てているし、今の言った言葉もあって、愛実を独占しているような感じがするな。
あと、お風呂に入ってから1時間くらいしか経っていないから、愛実からシャンプーやボディーソープの甘い匂いが濃く香ってきて。凄くドキッとする。
壁ドンされたことや、俺に言われた言葉が良かったのだろうか。愛実の顔は頬を中心に赤みが強くなっていって。そんな顔に持ち前の可愛らしい笑みを浮かべて、
「凄く良かったよ! キュンキュンした」
と、壁ドンを絶賛する感想を言ってくれた。愛実の恋人として嬉しい限りだ。
「強めに壁を叩いて、普段よりも強い口調でかっこいい言葉を言ってくれたのが凄く良かったよ」
「そう言ってくれて良かった。ハプニングじゃなければ、壁ドンって強い気持ちがある中でするイメージがあってさ。だから、強めに壁を叩いて、強めの口調で言ってみたんだ。もちろん、側にいろっていうのは本音だから」
「本音だって分かったよ。だから、凄くキュンってなってドキドキしたんだ」
「良かった」
口調は強めだけど、本音を言って正解だったな。
「いつもよりも強気で、ワイルドな雰囲気のリョウ君を至近距離で見られて良かったよ。壁ドンしてくれてありがとう」
「いえいえ。愛実に喜んでもらえて嬉しいよ。俺も愛実にやってみて良かった」
「そう言ってくれて嬉しいな。……お礼だよ」
愛実はそう言うと、俺のことを抱き寄せて、その流れでキスしてきた。
俺に壁ドンされたことで凄くキュンとなってドキドキしたからか、寝間着越しに伝わってくる愛実の温もりは結構強くて。ただ、涼しい部屋の中だから、とても心地良く感じられた。
数秒ほどして愛実から唇を離す。すると、目の前にはニッコリとした愛実の笑顔があって。
「壁を背にして、こうしてリョウ君とくっついていると、オリティアの電車の中を思い出すよ。あのときは抱きしめてはいなかったけど」
「そうか」
「満員電車だったけど、リョウ君とくっついていられるのが嬉しくて、全然嫌じゃなかったよ。むしろ、幸せに思ったくらい」
そういえば、満員状態になったとき、愛実は笑顔でいることが多かったな。好きな人と密着できるのだから嬉しかったり、幸せに感じたりするか。
「この体勢が気持ちいいから、もうちょっとこのままでいてもいい?」
「もちろんさ。俺も愛実と密着できて嬉しいし」
「ふふっ、そっか。ありがとう」
愛実は俺に包容する力を強くして、再びキスしてきた。
それから少しの間、壁を背にして立つ愛実に抱きしめられ続け、たまにキスした。愛実の温もりと柔らかさ、甘い匂いを常に感じられることが嬉しくて、幸せに思えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます