第50話『ここでも彼氏のフリをした。』
あおいと流れるプールでゆったりとした時間を過ごした後は、レンタルコーナーでビーチボールを借りて普通のプールで遊んだり、25mプールで泳いだりした。
また、25mプールで泳ぐ中であおいが、
「せっかくですから、何か賭けて勝負するのはどうでしょう?」
と提案してきた。そういうのがあると勝負が盛り上がるので乗ることに。
賭けるものは、俺からの提案で飲み物一つ。屋内プールの入口近くにカップ自動販売機があるからだ。
飲み物を賭けた勝負の種目はクロール。俺も一番得意だけど、あおいもクロールが一番得意なのだという。
4月に高校の校庭で短距離走の勝負をして勝利したけど、あのときは僅差だった。果たして、水中ではどうなるか。ジョギングを4ヶ月近くして、体力と筋力はついてきたけど油断できない。
あおいとクロールで本気の勝負をした結果、
「勝ちましたっ!」
あおいの勝利となった。俺に勝ったのが嬉しいからなのか。それとも、飲み物を奢ってもらえるからなのか。あおいは満面の笑顔で俺にピースサインしてくる。くそっ、滅茶苦茶可愛いじゃないか。
スタート直後の蹴伸びでは互角だった。しかし、クロールで泳ぎ始めてからあおいに差をつけられてしまい、あおいに勝利することはできなかった。負けたのは悔しいけど、今の俺の全力を出した結果なので素直に受け入れられた。
「負けたよ。完敗だ。運動神経がいいのは分かっていたけど、泳ぐのも得意なんだな」
「中学のときはクロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライはどれも50m泳げましたね」
「凄いな! 俺はクロールは50m泳げるけど、他は25mがやっとだったよ」
「そうなんですね。陸上では負けたので、水中では勝利できて嬉しいです」
「そうか。……よし、約束通り、飲み物を一つ奢るよ。泳いでさすがに疲れたし、サマーベッドで飲みながらゆっくりしないか?」
「いいですね! 今までずっと遊んでいましたからね。……私、お手洗いに行ってきます」
「分かった。じゃあ、屋内プールを出たところで待ち合わせしよう。俺は更衣室に行って小銭入れを取りに行ってくるよ」
「分かりました。では、また後で」
あおいと一旦別れて、俺は一人で屋内プールを出て、男性用の更衣室へ向かう。
更衣室の壁に時計があるので、時刻を確認すると……今は午後4時ちょっと前か。あおいと遊んでいるのが楽しいから、もうそんな時間になっていたんだ。
自分の荷物が入っているロッカーから小銭入れを取り出し、俺は更衣室を後にする。
更衣室を出て、屋内プールの入口前には……あおいはまだいないか。屋内プール内にある女性用お手洗いが混んでいるのか。それとも。
「……ありそうな気がする」
ナンパ。
これまで、俺と一緒にいたけど、男性中心にあおいのことを見ている人は結構いたからな。それに、海水浴では愛実がお手洗いから帰る途中にナンパに出くわしていたし。
「様子を見に行くか」
俺は屋内プールの中に入り、プール内にあるお手洗いのある方へ向かう。
夕方に差し掛かる時間帯だけど、遊びに来ている人はまだまだ多いな。さすがは人気のプール施設だ。
お手洗いの入口が見えてきた。その近くには――。
「彼氏と一緒に来ていますので。申し訳ありません」
「本当かぁ?」
あおいが、金髪と黒髪と茶髪の3人組の男達に絡まれていた。今のあおいの言っている言葉からしてナンパされているのだろう。微笑んではいるけど、困っているようにも見えるし。様子を見に来て正解だったな。
よし、俺があおいの言う「彼氏」になってやろう。
「あおい」
普段よりも大きい声であおいのことを呼ぶと、あおいはぱあっと明るい笑顔になってこちらに振り向いてくる。
あおいに向かって手を振りながらあおいのすぐ側まで行き、あおいのことを抱き寄せる。
「入口になかなか来ないからどうしたのかと思ったよ」
「ご、ごめんなさい。お手洗いから出たら、この方達にナンパされてしまいまして」
「やっぱりね」
綺麗だったり、可愛かったりする女の子にナンパする男達はどこにでもいるもんだな。
俺は3人の男達の方を見る。3人とも俺が現れたからか、金髪の男はがっかりし、黒髪の男はんなりし、茶髪の男はイライラしている。
「俺がこの子の言っている彼氏なので」
3人の男達の目を見ながら、しっかりとした口調でそう言った。
「やっぱり、彼氏いたよ……」
「凄く綺麗な子だもんな……」
「……チッ。レベルの高い女を捕まえられると思ったのによ。疑って悪かったな。……行くぞ、お前ら」
茶髪の男がそう言うと、3人の男達は踵を返して俺達の元から立ち去っていった。カップルのフリをしたおかげもあって、すぐに立ち去ってくれて良かった。
「あおい、大丈夫か?」
「はい……」
あおいは甘い声で返事する。うっとりとした様子で俺を見つめていて。俺が彼氏のフリをしてナンパを追い払ったからだろうか。
「あおいが無事で良かったよ。海水浴で愛実がナンパされたのを思い出してさ。小銭入れを取りに戻ってすぐに様子を見に来たんだ」
「そうだったんですか。さっきも言ったように、お手洗いを済ませて入口に向かおうとしたら先ほどの3人にナンパされまして。彼氏と来ていると言ったのですが、本当なのかと茶髪の男性に疑われまして。その直後に涼我君が来てくれたんです」
「なるほどな。タイミングもあって、俺が彼氏だと思って、すぐに立ち去ってくれたのかもな」
「私もそう思っています。涼我君、ありがとうございました。男達に向かって彼氏だって言ったときの涼我君……とてもかっこよかったですっ!」
とても嬉しそうに言うと、あおいは俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。そのことであおいの肌の柔らかさや甘い匂いが感じられて。水着越しにあおいの胸の感触も。そこから少し遅れて、あおいの温もりも感じてきて。だから、結構ドキドキして、体が熱を帯び始める。
「かっこいいって言ってくれて嬉しいよ。ただ、あおいを助けられて良かったよ」
俺はあおいの頭を優しく撫でる。
あおいは俺のことを見上げ、ニコッと笑いかけてくる。その笑顔がとても可愛くて、体の熱がさらに強くなっていって。
「ナンパされたときはちょっと不安でしたが、涼我君に助けてもらえて嬉しかったです。それに、海水浴で愛実ちゃんがナンパから助けてもらえたことが羨ましかったですから。ナンパに遭わないことに越したことはありませんが」
「そうか」
「……涼我君の優しさと格好良さと頼りがいのある部分に触れられました。涼我君のことがもっと好きになりました」
俺のことを見つめ、あおいは優しい声色でそう言い、
――ちゅっ。
頬にキスしてきた。キスされるのは告白された以来だったので、体がピクッと震えて。キスされたのは一瞬で、プールから出た直後だけど、あおいの唇の柔らかさや温もりはしっかりと感じられた。その温もりが、俺に対する好意を伝えているような気がした。
周りにたくさんの人がいる中でキスされるのは恥ずかしいけど、カップルらしく見えていいか。あおいがナンパされる確率も下がるだろうし。
キスし終わると、あおいは再び俺のことを見つめて、頬を中心に赤らんだ顔にニコッと笑みを浮かべた。本当に可愛い。
頬にキスされたのもあって体がかなり熱くなっている。ただ、あおいから伝わる熱も強くなっていた。
「……飲み物買いに行こうか」
「はいっ」
俺達は屋内プールから出て、プール入口の近くにあるカップ自販機へ向かう。
このカップ自販機は結構大きくて、ジュースやお茶、コーヒー、紅茶など様々な種類のドリンクが販売されている。種類が多くて少し迷ったが、俺はコーラを購入した。
また、あおいはサイダーを希望したので、約束通りサイダーを奢った。取り出し口からサイダーの入ったカップを取り出したとき、あおいはかなりご機嫌な様子だった。
屋内プールに戻り、サマーベッドがたくさんあるエリアに。
今も屋内プールには多くの人がいるが、サマーベッドの数も結構あるので問題なく2つ確保できた。あおいの希望で、確保したサマーベッドをくっつけた状態にして腰を下ろした。
「涼我君。サイダーいただきますね!」
「召し上がれ。俺もコーラいただきます」
「いただきますっ」
俺は紙コップに入っているコーラを一口飲む。
コーラが口に入った瞬間、炭酸の刺激が口の中に広がって。その刺激はもちろん、コーラの甘味と冷たさがたまらない。
「あぁ……美味いな」
「サイダーも美味しいです! 涼我君に奢ってもらったので本当に美味しいですっ!」
あおいはとても爽やかな笑顔でそう言ってくれる。
「奢った人間として一番嬉しい言葉だよ。良かった」
「ありがとうございます!」
お礼を言うと、あおいはサイダーをもう一口。とても美味しそうに飲むので、CMとか広告であおいを起用したら売上がかなり上がりそうな気がする。そう思いながら飲むコーラはさっきよりも美味しく感じられた。
「涼我君がコーラって珍しいですね。昔は飲んでいましたが、再会してからはコーヒーや紅茶、緑茶がほとんどですから」
「泳いだ直後だから甘いものが飲みたくなってさ。今でもコーラは好きだぞ。ただ、コーヒーや紅茶がそれ以上に好きだから、普段はそういったものを飲むんだ。あおいもサイダーを飲むのは珍しい気がするな。昔はもちろん、再会してからも甘い飲み物は飲んでいるけど」
「私も泳いだ直後ですから甘いものが飲みたくて。炭酸があればスカッとしますからサイダーにしたんです」
「なるほどな。俺もコーラの炭酸で爽快感があるよ。もしよければ、コーラを飲むか? あおいはコーラも好きだよな」
「ありがとうございますっ! では、私のサイダーも一口どうぞ」
「ああ」
俺はあおいと紙コップを交換し、あおいのサイダーを一口飲む。
コーラと同じくらいに甘さがあるけど、サイダーの方が爽やかだな。サイダーの炭酸もなかなか強くて爽快感がある。
あおいは俺のコーラも美味しそうに飲んでいる。再会してからは、コーラを飲んでいる姿は初めて見るのでちょっと懐かしさも感じられた。
「コーラも甘くて美味しいですね! ありがとうございます!」
「いえいえ。サイダーも美味しかったよ。ありがとう」
「いえいえっ」
コーラを美味しそうに飲んでくれて良かった。
飲み物をある程度飲んだ後、俺達はサマーベッドで横になる。サマーベッドをくっつけている状態だけど、別々のサマーベッドで横になり、体を極力近づけた状態で。
俺は仰向けになって顔をあおいの方に向けるけど、あおいは全身を俺の方に向けている。水着姿なのもあり、あおいの寝姿が凄く艶やかに見えた。
「サマーベッド気持ちいいですね」
「ああ。泳いだ後だから凄く気持ちいいよ」
「ですね。……もっと気持ち良くなるために、涼我君の腕を抱きしめてもいいですか?」
上目遣いで俺を見つめ、甘い声色であおいはおねだりしてくる。そんなあおいのおねだりにもちろん、
「いいよ」
「ありがとうございますっ」
嬉しそうにお礼を言って、あおいは俺の左腕をそっと抱きしめてきた。
俺の左腕はあおいの温もりや柔らかさに包まれている感覚に。また、こうしていることにドキドキしているのか、心臓の鼓動が伝わってきて。
「もっと気持ち良くなりました。あと、今は腕ですが、さっきと同じく、涼我君を抱きしめると幸せな気持ちになれます」
「それは良かった」
直接触れているから、あおいの肌のスベスベさや胸の独特の柔らかさも感じられてドキドキする。だけど、あおいの笑顔を見ていると、不思議と安らぎも感じられて。
それからしばらくの間、この体勢のままであおいと談笑するのであった。
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