第31話『愛実の進路希望』

『では、これにて模擬授業を終わります。法律に興味がありましたら、この学部を是非受験し、合格し、一緒に勉強していきましょう。ありがとうございました』


「……この模擬授業もあっという間だったね、リョウ君」

「ああ。30分があっという間だった」


 日頃、SNSを利用する中で違反してしまうかもしれない法律を取り上げていたので、模擬授業を結構楽しめた。文学部のときと同様に、何度か愛実のことを見てしまったけど。それもあって、30分があっという間に過ぎていった気がする。


「あと、色々と気をつけてSNSを使わないといけないって思ったよ」

「そうだな。誹謗中傷で侮辱罪、あとは著作権や肖像権の侵害とか色々あるもんな」


 スマホやパソコンを使って、いつでも色々なことを簡単に発信できるからこそ、気をつけて使わなければいけないと思った。誰かを傷つけたり、誰かの権利を侵したりしてしまうこともあるから。それに、SNSが原因で大炎上したり、場合によっては逮捕されたりするニュースも聞くし。

 気持ちや心構えを正すという意味でも、法学部の模擬授業を受けてみて良かったと思えた。

 ――ぐううっ。

 と、俺のお腹からなかなかいい音が鳴る。その音を聞いた瞬間、結構な空腹を感じるように。今は正午でお昼時だもんな。

 また、今のお腹の音が聞こえたのか、愛実はクスクスと笑う。


「お腹空いたかな、リョウ君」

「ああ。もう正午だからな」

「お昼時だもんね。私もお腹空いてきたよ。食堂にお昼ご飯を食べに行こうか」

「ああ、そうしよう。大学の食堂がどんな感じか楽しみだな」

「私もっ」


 愛実はニッコリと笑いながらそう言った。

 オープンキャンパスのリーフレットを見ると、食堂は食堂棟と呼ばれる建物にあるとのこと。

 荷物をトートバッグに入れて、愛実と一緒に大教室1を後にする。まずは第二校舎の入口へ向かった。

 入口近くにいた女子学生スタッフに食堂棟の場所を聞くと、第二校舎の正面にあるライトグレーの建物だという。

 お礼を言って、第二校舎を出ると……正面にライトグレーの建物が。食堂だけなのか、第一校舎や第二校舎よりも低めだ。お昼時なのもあり、食堂棟を出入りする人は結構いる。


「食堂だけの建物があるのってさすがは大学って感じだね」

「そうだな。中学までは食堂がなかったし、高校にも食堂はあるけど、教室A棟の中にあるからな」


 高校の食堂は、1年のときは校舎が違うし、2年になってからも教室でお弁当を食べるのが定着しているから全然行ったことないけど。

 ここのキャンパスはとても広いから、通っている学生や働いている教職員も相当な数だろう。だから、食堂だけの建物を作るのも納得だ。

 俺達は食堂棟の中に入り、食堂へ向かう。


「おおっ!」

「凄く広いね!」


 愛実は目を輝かせながら食堂を見渡している。

 食堂に入った第一印象は、愛実が言った通り凄く広いこと。内装は俺がバイトしているサリーズのような落ち着いた雰囲気だ。また、一部が吹き抜けになっているのもあり、かなりゆったりとした開放感のある空間だ。

 2人用や4人用のテーブル席、長テーブル席、窓側のカウンター席など様々な種類の座席がある。ざっと見た感じ……席の数は数百はありそうだ。座っている人は多いけど、空席もまだまだある。

 また、2階へと繋がっている階段もある。今もトレイを持ってその階段を上がる人がいる。どうやら、2階でも食事を楽しめるスペースがあるようだ。

 あと、食堂だから美味しそうな匂いが香ってきて。だから、よりお腹が空いてくる。


「本当に広い食堂だな。バイトしているサリーズに雰囲気が似ているから、カフェテリアって感じもする」

「そうだね。素敵なところだな。あそこにメニューがあるから見てみようか」

「ああ」


 近くにある立て看板に貼られた、写真付きのメニュー表を見ることに。

 定食、カレー、丼もの、麺類と幅広いジャンルが網羅されている。写真を見るとどれも美味しそうだ。大学の食堂なのもあってか、値段が300円から500円ほどと一般の飲食店よりも安い。ここで食事する在学生や教職員は多いんだろうな。

 また、メニュー表の横には食堂の利用方法が書かれている。それによると、定食、丼ものとカレー、麺類とジャンルごとにカウンターが設けられており、そこで自分の食べたいものを注文するとのこと。受け取ったら、レジに行ってお金を払い、自分の好きな席で食べるシステムらしい。レジ以外は調津ナルコのフードコートと似ているな。


「どれも美味しそうだね」

「ああ。色々なメニューがあって迷うな。愛実は何にするか決めた?」

「私は豚の生姜焼き定食にしようかなって思ってる」

「美味そうだな。俺は……チキンカツカレーにしようかな」


 普通のカツカレーは家でもお店でも食べるけど、チキンカツのカレーは全然食べたことがないから。


「チキンカツカレーも美味しそうだね。定食とカレーだから、違うカウンターに行くんだね」

「そうだな。じゃあ、ちょっと別行動になるな。レジの前か、レジを出たところらへんで落ち合おう」

「うん、そうしよう。じゃあ、また後でね」


 愛実は俺に小さく手を振り、定食カウンターに向かって伸びる列に向かっていった。

 俺も丼ものとカレーのカウンターの列に向かい、最後尾に並ぶ。

 俺の前に並んでいるのは……15人くらいか。カウンターを見ると、注文すると結構すぐにメニューが渡されるので、そこまで待たずに済みそうだ。

 愛実の並ぶ定食の方は……ざっと見た感じ20人はいそうだ。人数的に俺の方が先にレジに行きそうだな。

 オープンキャンパスだから、制服姿の人もちらほらとはいるけど、多くの人は俺や愛実のように私服姿。だから、普段から食堂はこういう光景なのかなと思える。

 模擬授業を2つ受けた後で食堂に来ているから、愛実と同じ大学に通うとこういう日常を過ごすのかな。別の列に並んでいる私服姿の愛実を見ながらそう思う。

 色々なことを考えていたら、俺の順番まであと少しになった。近くにトレイがあるので一枚手に取った。

 カウンターに近づいているのもあり、カレーなどの美味しそうな匂いが香ってきて。食欲がそそられる。

 そして、いよいよ俺の番になった。


「チキンカツカレーをお願いします」

「チキンカツカレーね! あいよ!」


 カウンターにいるおばさんが笑顔で元気良く注文を受けてくれる。それだけでちょっと気分が良くなる。1年以上接客のバイトをしているから、こういう接客をされると参考になるなぁと考えてしまう。職業病だろうか。


「はい、お待たせ! チキンカツカレーです!」

「ありがとうございます」


 これがチキンカツカレー……結構美味しそうだ。5つに切り分けられたチキンカツも大きいし。カレーをトレイに乗せ、すぐ近くにあった福神漬けをご飯の上に少し乗せる。

 カウンターから離れる際に、定食のカウンターを見ると、愛実の順番まであと2、3人というところだった。これなら、レジが終わったところで待つのが良さそうか。

 俺はレジに行き、チキンカツカレーの料金420円を支払う。ボリュームがありそうなのにこの値段は安い。

 レジの先には箸やスプーン、フォークといったカラトリー類や、ティーサーバーが置かれているコーナーが。サラダがあるのか、様々な種類のドレッシングも置かれている。俺はそこでスプーンを取り、ティーサーバーで冷たい緑茶をコップに注いだ。


「お待たせ、リョウ君」


 背後から愛実の声が聞こえたので、ゆっくりと振り返ると、そこには生姜焼き定食を乗せたトレイを持った愛実がいた。


「俺もついさっきここに来たよ。箸とか飲み物はここでセルフで取るみたいだ」

「そうなんだね。分かった」


 愛実は箸をトレイに乗せ、俺と同じくティーサーバーで冷たい緑茶をコップに注いだ。

 食堂に来たときと変わらず、空席は結構ある。俺達は2人用のテーブル席に行き、向かい合って椅子に座った。

 大学の食堂で食べるのは初めてなので、食べる前にスマホでチキンカツカレーの写真を撮った。俺と同じ気持ちなのか、愛実も自分の生姜焼き定食をスマホで撮影していた。


「じゃあ、食べようか」

「そうだな。いただきます」

「いただきまーす」


 スプーンでチキンカツを一口サイズに切り分け、カレーとご飯を掬って口の中に入れた。


「……美味っ」


 チキンカツは柔らかくてジューシーさもあって美味しいな。大学生や教職員向けだからか、ルーはちょっとピリ辛だけど、チキンカツにもご飯にもよく合う。これは美味い。


「良かったね。生姜焼きも美味しいよ」

「そうなのか。良かったな」

「うんっ」


 愛実は笑顔で頷くと、豚の生姜焼きを一枚食べ、ご飯を一口食べる。笑顔でモグモグしているからとても可愛らしく見える。

 周りを見てみると……美味しいのか、笑顔で食事をしている人が多いな。ジュースを飲みながら談笑していたり、読書していたり、動画でも見ているのかヘッドホンをしてパソコンを見ていたりとそれぞれが思い思いの時間を過ごしている。かなり広い場所だから、食堂としてだけでなく、キャンパス内の憩いの場として利用している人も多そうだ。

 ご飯とルーだけ。チキンカツにルーをつける。福神漬けも一緒に……と食べ方を変えながらチキンカツカレーを楽しむ。どの食べ方でも美味しい。


「リョウ君、美味しそうに食べるね。カレー好きだもんね」

「うん。ここのカレーは美味いよ。チキンカツもいける」

「ふふっ。模擬授業を2つ受けて、こうしてお昼ご飯を食べていると、リョウ君と大学生活を送っている感じがするよ」


 とても楽しそうな様子で愛実はそう言う。


「そうだな。高校よりもちょっと遅めに大学に行くのも大学生っぽい」

「それ言えてる」


 ふふっ、と楽しげな声で愛実は笑った。

 ジョギングの習慣もあって、朝早く起きることは嫌ではない。ただ、通勤通学の時間帯に満員電車に乗るのは避けたいな。大学生になったら、今日くらいの時間に行っても大丈夫な時間割を組みたい。


「将来はリョウ君と一緒に大学生活を送りたいな。同じ学部学科だったら一番嬉しいけど、少なくとも同じキャンパスにリョウ君と通いたいなって思ってる。リョウ君のことが好きだし、調津に引っ越してから、リョウ君とはこれまで同じ学校で同じクラスだし」


 愛実は俺を見つめながらそう言ってくる。そのことにキュンとして。

 小1の5月頃に引っ越してきてから、愛実とはずっと同じ学校で、同じクラスだ。学校でも少し視線を動かせば愛実の姿が見える環境で。だから、愛実のいないキャンパスでの大学生活は……想像しづらいな。そして、ちょっと寂しい気持ちにもなる。


「そっか。これまでずっと一緒だったもんな」

「うん。せめて、同じキャンパスに通えたら、そこまで寂しくはなさそうだし。そういう未来をリョウ君と一緒に歩きたいなって思ってるよ」

「……そうか」


 俺がそう返事すると、愛実は「うんっ」と笑顔で頷く。そんな愛実を見て頬が緩んでいくのが分かって。

 愛実と一緒に大学に通ったら、きっと楽しい大学生活になるんだろうな。同じ学部学科だったら……もっと。10年間一緒に学校生活を送っているし、今日のオープンキャンパスも通じて強くそう思う。ただ、そう思っているとあおいの笑顔が頭をよぎった。

 学びたいこと。就きたい仕事。おそらく、それらが進路先を選ぶ基本的な考え方であり、大切な考え方だろう。

 ただ、誰かと一緒に同じ未来を歩みたいというのも、進路先を選ぶ一つの判断材料にするのは悪くないのかもしれない。その人が側にいるからより頑張れる人もいるだろうから。


「そういえば、今の話をして思い出したことがあるよ」

「どんなことだ?」

「中学のとき、進路希望調査票を出すことが何度かあったじゃない。進学とか就職とか」

「中2くらいから何度か出したな。近所だし、偏差値的にちょうど良かったから、進学に丸して『調津高校』って書いて出したけど」

「私もそうしてた。……あと、もちろん提出はしなかったけど、就職に丸を付けて、『リョウ君のお嫁さん』って書いたこともあったんだよ」


 照れくさそうに笑い、愛実は俺にしか聞こえないような大きさの声でそう言う。頬を結構赤くして俺のことを見つめてきて。その姿はもちろん、俺を好きな気持ちを知っているから愛実が凄く可愛く感じて。頬が熱くなっていく。

 提出しなかったとはいえ、進路希望調査票に俺のお嫁さんと書くとは。当時から、俺に対する好意が強くて深いことを実感する。


「そうだったのか。その……可愛いことをしていたんだな」

「ふふっ。もちろん、今もリョウ君のお嫁さんになりたいって思ってるよ」


 依然として顔は真っ赤だけど、愛実は幸せそうな笑みを浮かべて俺のことを見つめてくる。小さな声とはいえ、周りに人がいる中でこういうことを言えるとは。中学のとき以上に、愛実が抱く俺への好意は強くなっているのだろう。


「そうか。覚えておくよ」

「うんっ。……ねえ、リョウ君。生姜焼き、一口食べてみる?」

「ああ」


 愛実が美味しいと言っていたから、どんな感じなのか興味がある。


「じゃあ、俺のチキンカツカレーと一口交換しよう」

「うんっ。じゃあ、まずは私からね。はい、あ~ん」

「あーん」


 愛実に生姜焼きを一口食べさせてもらう。

 生姜風味のタレが豚肉や玉ねぎに合っていて美味しい。タレが肉と玉ねぎに程良く染み込んでいるし、豚肉も脂が乗っているし。


「生姜焼き美味しいな」

「美味しいよね」

「じゃあ、俺のカレーも」


 愛実の口の大きさに合うようにチキンカツをスプーンで切り分け、ご飯とルーと一緒に掬い上げる。それを愛実の口元まで運んでいく。


「はい、愛実。あーん」

「あ~ん」


 愛実にチキンカツカレーを一口食べさせる。

 美味しいのか、愛実は笑顔で「う~ん!」と声を上げながら、モグモグと食べている。さっき、生姜焼きを食べているときも可愛かったけど、自分が食べさせたのもあってより可愛く感じられる。


「美味しいね! チキンカツとピリ辛のカレールーが合ってるね」

「美味いよな」

「うんっ。チキンカツカレーはもちろん、チキンカツも今まで全然作ったことないから、今度、家で作ってみようかな」

「料理意欲が湧くとは。さすがはキッチン部」

「美味しいものを食べると、自分で作ってみたくなるんだよね。カレーありがとう、リョウ君」

「こちらこそありがとう」

「いえいえ」


 と、愛実は笑顔で言う。同じ大学に通ったら、食堂でこういうことをするのかもな。

 それからも、午前中に受けた2つの模擬授業のことや、大学が舞台の漫画やアニメのことなどを中心に話しながら、愛実との昼食の時間を楽しむのであった。

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