第29話『オープンキャンパスデート』
8月9日、火曜日。
今日も朝から夏の強い日差しが燦々と降り注ぎ、気温がどんどん上がっている。最高気温は34度になるらしい。あと20日ちょっとで秋になるとは思えないほどの暑さだ。
「今日も朝から暑いね、リョウ君」
「暑いよなぁ。よく晴れているもんな。ただ、行き先は大学のキャンパスだし、中はきっと涼しいだろう」
「そうだね」
午前9時半頃。
俺は愛実と一緒に調津駅に向かって歩いている。
これから、俺達は
『リョウ君。9日の予定って空いているかな? もし空いているなら、私と一緒にオープンキャンパスに行かない? オープンキャンパスデートがしたいです』
と誘ってくれたのだ。日頃、愛実は勉強や課題をしっかりとやるタイプ。なので、デートとしてオープンキャンパスに行こうと誘うのは愛実らしい。
今日は特にバイトなどの予定は入っていない。それに、オープンキャンパスを通じて、3年に進級する際の文理選択や、卒業後の進路を考えるいい機会になると思った。オープンキャンパスに行くのは初めてだし。なので、愛実からのデートのお誘いを快諾したのだ。
これから行く栄治大学は難関私立大学に分類され、全国で屈指の認知度を誇る人気のある大学だ。調津高校では、進路指導において合格目標となる私立大学の一つになっている。
栄治大学には複数のキャンパスがある。その中で、俺達がこれから行こうとしているキャンパスは主に文系学部中心に集まっているキャンパスだ。
オープンキャンパスでは大学の教授や准教授による模擬授業、在学生によるキャンパス案内など様々なイベントが用意されている。愛実と事前に話し、模擬授業をいくつか受けたり、キャンパスの中を廻ったりする予定だ。
また、大学の食堂は一般開放されており、俺達のような学外の人間でも食事ができるとのこと。なので、お昼ご飯は食堂で食べるつもりだ。
「大学のキャンパスの雰囲気がどんな感じか楽しみだね」
「そうだな。ホームページで大学までの行き方を調べたときに、キャンパスの写真も見てみたけど、高校までとは違った雰囲気って感じだった」
「そうなんだ! 楽しみだなぁ」
愛実は弾んだ声でそう言った。愛実の顔には言葉通りの楽しげな笑みが浮かぶ。
教育機関とはいえ、大学のキャンパスに魅力を感じるのだろう。バラエティやドラマで出てくる大学のキャンパスは高校までの校舎とは違って、結構広くて綺麗なところが多いし。漫画やアニメでもそういった雰囲気で描かれるし。
あとは……デートとして俺と一緒に行く場所だからっていうのもありそうだ。俺と出かけると愛実は楽しそうにしていることが多いから。
それにしても、手を繋いで俺の隣を歩く愛実……大人っぽく見えるな。膝よりも少し丈の長いスカートにフレンチスリーブのブラウスという夏の時期には結構見る感じの服装だけど。これから大学のオープンキャンパスに行くからだろうか。
「どうしたの、リョウ君。私のことをじっと見て」
「いつもよりも愛実が少し大人っぽく見えてさ。大学に行くからかな」
「そうなんだ。オープンキャンパスだからシンプルな服装にしたの。リョウ君もいつもより大人っぽく見えるよ。行き先が大学だし、私服だから、大学生のよう見えるのかも」
「なるほどな。俺も、愛実が大人っぽく見えるのは同じ理由かもしれない」
「そっか」
ふふっ、と愛実は上品に笑う。そんな愛実の姿も普段よりも大人っぽく見え、艶っぽくも見えて。ちょっとドキッとした。
それから程なくして、俺達は調津駅に到着する。
改札を通り、栄治大学の最寄り駅・
「次に来るのは特急列車か。栄大前駅って特急も止まるよね?」
「うん。確か、全ての種別の列車が止まったはず」
「だよね。じゃあ、次来る電車に乗ろうか」
「ああ、そうしよう」
急行なら、いくつか駅を飛ばして行けるからな。
より座れる確率を上げるためにと、俺達は先頭車両が停車するところまで向かう。こうしていると、愛実のバイト先へあおいと一緒に行くときのことを思い出すな。あのときはこの作戦のおかげで行きも帰りも席に座れた。今日も作戦が上手くいってほしい。
3分ほどして、定刻通りに特急列車がホームにやってくる。
扉が開き、数人ほど乗客が降りた後に、俺達は電車に乗る。車内はエアコンがかかっていてとても涼しい。
車内を見渡すと、空席となっている箇所が結構あった。先日、あおいと乗ったときよりも多い。愛実と隣同士で座れる席はいくつもある。俺達は乗った扉から一番近い3人分の席が空いているところに隣同士に座った。
「座れて良かったね」
「そうだな。暑い中歩いてきたし。あと、先頭車両だからか、空いている席が結構あるんだな」
「そうだね。平日のこの時間だと空いているのかな? 通勤の時間帯より遅いし、今は夏休みだから」
「それはありそうだな」
車内を見渡してみると……スーツやフォーマルな服装をした人は少なく、制服姿の人にいたっては一人もいない。俺達のように私服姿の人が多い。
周りを見ていると、俺の右腕に優しい温もりと重みが感じられるように。ゆっくりとそちらを見ると、愛実が俺に寄り掛かっていた。その状況が分かると、愛実から伝わる熱が強くなった気がした。俺と目が合うと、愛実ははにかむ。
「駅に着くまで、こうしていてもいい?」
「もちろんいいぞ」
「ありがとう」
そう言うと、愛実はニコッと笑った。その笑顔を見ると、エアコンによって冷やされ始めた体が少し熱くなった。
それから程なくして、俺達の乗る電車は調津駅を発車する。
扉の上にある液晶ディスプレイを見ると……栄大前駅までは調津から10分か。特急列車だけあって、途中の駅をたくさん飛ばし、栄大前駅までに停車する駅は一つしかない。
「栄大前駅までは10分だってさ」
「そうなんだ。さすがは特急列車。早いね」
「そうだな。いくつも駅を飛ばすみたいだし」
「特急の名にふさわしいね。特急も停車して10分くらいで着くなら、電車に乗って大学に通うのも良さそう」
「そうだな」
高校も徒歩通学で、商業施設や映画館も調津駅周辺にたくさんあるから、電車に乗る機会は滅多にない。俺のバイト先も徒歩で行けるし。そんな俺達が電車に乗って通学するなら、10分ほどで着ける最寄り駅の大学がいいのかもしれない。そのくらいの時間であれば、満員電車に乗っても耐えられそうだし。
調津高校は合格目標の一つとして栄治大学を挙げているけど、その理由の一つが清王線沿線からの行きやすさなのかもしれないな。
「そういえばさ。リョウ君と2人きりで電車に乗るのっていつ以来だろう?」
「少なくとも今年初なのは確かだな。春に遊園地に行ったときはみんな一緒だったし、ゴールデンウィークに行った同人誌即売会はあおいと佐藤先生が一緒だったからな」
「だよね。去年は……秋頃に都心の方へ映画を観に行ったときが最後じゃない?」
「……あのときか。あのアニメ、上映館数が凄く少なくて、いつも観に行く駅前の映画館でも上映されなかったんだよな」
都心にあるとても大きな映画館で観るために、愛実と2人で電車に乗ったっけ。
「あれ以来か」
「うん。みんなで電車に乗るのも楽しいけど、リョウ君と2人で乗るのも楽しいよ」
ニッコリと笑ってそう言うと、愛実は俺の右肩に頭をそっと乗せてきた。そのことで、愛実の髪からシャンプーの甘い匂いがふんわりと香ってきて。そのことにドキッとする。
愛実と2人で寄り添い合う。物凄くデートって感じがするな。段々と体が熱くなってきた。だけど、電車の中が涼しいからか、それともこの熱が愛実由来のものだからか、体が熱くなることに不快感は全く抱かない。
体が熱くなっても、愛実から伝わる温もりははっきりと判別できて。その温もりは心地良く感じられたのであった。
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