第1話『緊張の朝』

 7月11日、月曜日。

 寝不足だったり、昨日は正午から6時間のバイトがあったりしたことで、今日はよく寝ることができた。そのおかげで、普段よりもスッキリとした目覚めだ。

 ゆっくりと体を起こすと……うん、体調は大丈夫だな。昨日は寝不足の中でバイトしたけど、体に悪影響を及ぼさなかったようだ。そのことに一安心。

 スマホで時刻を確認すると、普段起きる時間の5分ほど前だ。なので、そのまま起きて平日朝のいつも通りの時間を過ごしていく。

 朝食を食べ終わり、俺は自分の部屋に戻る。

 南側の窓を少し開けて、外の様子を見てみると……梅雨のこの時期らしく、雨がシトシトと降っている。この降り方なら、いつも通りに愛実と窓開けた状態で話せるな。

 愛実の家の方にある窓を少し開ける。

 愛実の部屋の電気は点いている。愛実が部屋にいる可能性が高いだろう。今日も愛実と話せるといいな。そう思った瞬間、愛実の部屋の扉が静かに開き、


「リョウ君、おはよう」


 制服姿の愛実が俺にそう言ってくれる。俺と目が合うと、愛実は持ち前の可愛らしい笑顔になり、小さく手を振ってくれて。そのことに嬉しくなり、胸に確かな温かさを抱いた。


「おはよう、愛実」

「おはよう。今日は月曜日だけど、期末試験も終わったし、今日から終業式までずっとお昼に終わるから気持ちが楽だね」

「そうだな」


 調津高校では期末試験が終わった後は、終業式の日まで午前中のみの日程となる。試験明けでもあるし、愛実の言うようにいつもの月曜日と比べて気が楽だ。


「今日からさっそく試験が返されるんだろうね」

「そうだな。試験が明けてから最初の学校だし」

「だよね。数Ⅱや数Bもあるからちょっと不安だな」

「きっと大丈夫だろう。頑張って勉強していたんだし。少なくとも赤点はないと思ってる」

「リョウ君にそう言ってもらえると、そんな気がしてくるよ」


 ふふっ、と愛実は声に出して笑う。そんな愛実が可愛くて、ちょっとドキッとする。

 愛実に言ったように、愛実が試験に向けて勉強を頑張っていたのを知っている。だから、その努力は点数に繋がっていると思う。

 俺は……どの科目も手応えがあったし、見直す時間もあった。実は解答欄をずらして書いていました……となっていない限り、赤点はないだろう。中間試験と同じくらいの点数を取れているといいな。


「じゃあ、また後でね。リョウ君」

「ああ、またな」


 愛実と手を振り合って、俺は部屋の窓を閉めた。

 身だしなみや持ち物チェックをして、スクールバッグをもって自室を後にする。

 キッチンに行き、先日、道本から誕生日プレゼントでもらった黒い水筒に、冷たい麦茶を入れる。昼食もないから、350ml入るこの水筒がちょうどいいだろう。

 水筒をスクールバッグに入れ、俺は玄関まで行く。


「母さん、いってきます」

「いってらっしゃーい」


 母さんの明るい声を聞き、俺は傘を持って家を出発することに。

 玄関のノブを掴んだ瞬間、全身が少し強張る。玄関を開けた先にはあおいが立っているかもしれないから。あおいに告白されてから、メッセージのやり取りはしたけど、まだ直接会っていない。だから緊張していて。


「……よし」


 一度深呼吸した後に玄関を開けると……うちの前で、傘を差して立っている愛実の姿があった。あおいの姿はまだない。そのことで体の強張りが緩んだ。

 愛実は笑顔で俺に向かって小さく手を振ってくる。


「おはよう、リョウ君」

「おはよう、愛実。あおいは……まだか」


 3人で待ち合わせをするとき、あおいは最後に来ることが多い。それに、今は雨だから、あおいは髪を整えるのに苦労している可能性が高そうだ。まだ時間的に余裕はあるから、ここで愛実と待っていよう。


「あおいちゃん……来るかな。誕生日パーティーの帰りにリョウ君に告白したし」


 そう言う愛実の頬がほのかに赤くなっている。あおいが俺に告白して、頬にキスしたところを間近で見ていたからかな。

 俺に告白したから、俺に会うのが照れくさくて、あおいは俺達と一緒に登校しない可能性は否定できないな。


「あれ以降、あおいちゃんとは会った?」

「会ってない。ただ、昨日の午前中に、お互いバイトを頑張ろうってメッセージが来て。メッセージのやり取りをちょっとした」

「そっか。それなら……来る可能性はありそうだね」

「ああ。俺達と一緒に登校しないってメッセージや電話もないし、もうちょっとここで待とう」

「そうだね」


 果たして、あおいが来るかどうか。

 その後も、愛実と一緒にあおいの家の前であおいを待つことに。

 あと少しであおいが来るかもしれないと思うと、また緊張してくるな。緊張のせいか、それともジメッとした気候のせいか、首筋に汗が伝っていくのが分かった。


「いってきまーす」


 数分ほど経って、あおいの家から、あおいの元気な声が聞こえてきた。

 その直後、あおいの家の玄関が開き、制服姿のあおいが姿を現す。俺達に気付いたのか、あおいは持ち前の明るい笑顔で手を振ってきて。そんなあおいが今までよりも可愛らしく見えて。これも告白の影響なのか。

 あおいは水色の傘を開き、俺達のところにやってきた。


「おはようございます! 愛実ちゃん! と……涼我君」

「おはよう、あおいちゃん」

「おはよう、あおい」


 俺が挨拶すると、あおいははにかみながら、俺をチラチラと見てくる。告白してからは直接会うのはこれが初めてだし、やっぱり照れくさいのだろう。


「今まで以上に涼我君がかっこよく見えます。好きだって告白したからでしょうか」


 そう言うと、あおいの顔の赤みが強くなって。俺も今までよりもあおいが可愛く見えるから、あおいの今の言葉は理解できる。


「さ、さあ! 学校へ行きましょう!」

「そうだね、あおいちゃん」

「ああ」


 俺達は学校に向かって歩き始める。

 あおいが俺に告白したから、3人で登校しないかもしれないと思ったけど、今まで通りに登校できることが嬉しい。俺の隣を歩く愛実と、愛実の隣を歩くあおいを見るとその思いがより膨らんで。

 2人のことを見ていると、あおいと目が合う。その瞬間、あおいは照れくさそうな様子になり、俺から視線を逸らして、愛実の影に隠れるようにして歩くように。


「ご、ごめんなさい。涼我君と目が合ったのが嫌なわけではないんです。ただ、ドキッとして、照れくさい気持ちになってしまって……」

「そうか。嫌じゃないなら良かった」

「好き避けみたいな感じかな。あおいちゃん、可愛い」


 ふふっ、と愛実は朗らかに笑う。

 あおいは普段から明るい笑みを浮かべていて、好きなことについては積極的に動くタイプだ。だから、今のようなしおらしい姿は新鮮だし、ギャップもあって。愛実の言うように、今のあおいも可愛らしく思える。

 それからも、3人で学校に向かって歩いていく。

 雨が降っている中で登校するとき、あおいは俺か愛実と相合い傘をすることが多い。今日は愛実と一緒に相合い傘をする。

 愛実と相合い傘をしたり、最近始まったアニメの話をしたりするのもあって、あおいはいつものような明るい笑顔を見せるようになっていく。やっぱり、あおいはこういった笑顔が一番似合っているし、魅力的に思う。

 明るい笑顔のあおいと目が合うとちょっとドキッとして。今まではこういったことは全然なかったのに。これもきっと、好きだと告白された影響なのだろう。ただ、こういう感覚が嫌だとは全く思わなかった。

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