エピローグ『もう一つのプレゼント』
香川家と桐山家が一堂に会して誕生日パーティーを行なったのが初めてだったからだろうか。俺の17歳の誕生日パーティーは大いに盛り上がった。なので、終わったときには午後8時半を過ぎていた。
「本当に楽しい誕生日パーティーだった。料理やケーキが美味しかったし、誕生日プレゼントもたくさんもらえたし」
「涼我君にそう言ってもらえて良かったです! 私も楽しかったです! ね、愛実ちゃん」
「うんっ! あおいちゃん達がいたから、今までで一番楽しいリョウ君の誕生日パーディーだったよ」
「2人も楽しめて良かった」
「ふふっ。じゃあ、私達は後片付けをしようか」
「そうですね」
「俺も片付けしようか? 2人は料理を作ってくれたんだし」
「リョウ君はゆっくりしてて。今日は誕生日なんだから」
「愛実ちゃんの言う通りです」
愛実とあおいは朗らかな笑顔でそう言ってくれる。まあ……今日くらいは何から何までしてもらってもいいか。2人からの誕生日プレゼントの一つってことで割り切ろう。その代わり、2人の誕生日のときは彼女達のためにたくさん動こう。
「あらあら。ヒロ君ったら寝ちゃって。可愛い」
「聡君もウトウトしているわ。今夜はいっぱいお酒を呑んだもんね」
「うちの主人もいっぱい呑んでました。涼我君の誕生日パーティーでしたし、明日は日曜日ですから」
「うちもそんな感じでしょうねぇ」
ふふっ、と真衣さんと麻美さんは楽しそうに笑っている。
愛実の父親の
ちなみに、父さんは……いないな。母さんも。母さんが寝室に連れて行ったのだろうか。父さんもお酒を呑むと眠くなるタイプだし。
寝ていたり、ウトウトしていたりしているから、隣の家でも妻一人だけで夫を連れて帰るのは大変だろう。
「真衣さん、麻美さん。ご主人を家に連れて帰るのを手伝いましょうか?」
「ありがとう。ヒロ君寝ているし、お願いするわ」
「うちの主人も頼むわ」
「分かりました」
「リョウ君、ありがとね」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
今日は誕生日だからゆっくりしようと割り切った直後だけど、自分にすることがあると嬉しくなる。
その後、宏明さん、聡さんの順番でそれぞれの家の寝室まで連れて行った。宏明さんについては起こした後に。それぞれの妻の支えがありつつも、酔っ払ってウトウトしている成人男性を連れて行くのはなかなか体力が要る。手伝うと名乗り出て正解だったな。あと、雨が止んでいたのは幸いだった。
それぞれの父親を家に連れて行き終わったときには、あおいと愛実は食器を洗うのを終えており、ふきんで拭いていた。2人は楽しそうに喋っている。
リビングに置いてある俺の部屋のローテーブルには何も乗っていなかった。なので、ローテーブルを台ぶきんで拭いて自室に運んだ。その後にクッションと誕生日プレゼントも自室へ。
「ふぅ……」
キッチンに行き、俺はコップに注いだ麦茶を飲む。色々と動いて体が熱くなっていたから、麦茶の冷たさが心地いい。また、俺が麦茶を飲んでいるときには、愛実とあおいのやっていた後片付けが終わっていた。
「お疲れ様、リョウ君」
「お疲れ様です。涼我君も色々と働いていましたね」
「ああ。いっぱい食べたし、食後のいい運動になったよ。2人も後片付けお疲れ様。あと、今日は準備から色々してくれてありがとう」
「いえいえ。あおいちゃんが一緒だったからずっと楽しかったよ」
「私もです! 愛実ちゃんとずっと一緒でしたし、涼我君に喜んでもらえましたから。本当に楽しかったです」
「そうか。2人とも、本当にありがとう」
あおいと愛実にお礼を言って、2人の頭をポンポンと優しく叩いた。
愛実は持ち前の優しい笑顔になり、あおいは頬をほのかに赤らめつつもニッコリと可愛らしい笑顔を見せてくれた。こうして、誕生日の夜に幼馴染2人の笑顔を見られることも、俺にとっては嬉しい誕生日プレゼントだ。来年も、再来年も、その先も……誕生日には2人の笑顔を見たいと強く思う。
「じゃあ、私も家に帰ろうかな」
「私も……帰りましょう」
「分かった。すぐ隣だけど、夜だし家を出たところまで送るよ」
「うんっ、ありがとう」
「ありがとうございます」
俺達はキッチンを後にして玄関に向かう。
俺はサンダル、あおいと愛実はそれぞれ自分の外履きを履いて家の外に出る。今も雨は止んでいる。あと、さっきは肩を組んで運んだから気付かなかったけど、結構涼しくて快適だ。梅雨が明けても、夜は今のように涼しいといいな。
「リョウ君、あおいちゃん、おやすみ」
「涼我君、愛実ちゃん、おやすみなさい」
「2人ともおやすみ」
俺達3人で手を振り合い、あおいと愛実はそれぞれの家に向かって歩き始める。
2人の家は俺の家のお隣さんだけど、2人が家に帰るのはちょっと寂しいな。それだけ、誕生日パーティーがとても楽しかったってことかな。
「あ、あのっ、涼我君!」
「うん?」
あおいは自分の家の玄関前から俺を見ていた。俺と目が合うと、あおいは小走りで俺のすぐ近くまで戻ってきて。そんなあおいの表情は真剣そのもので。自宅の玄関灯や街灯の灯りだけだけど、あおいの顔が頬中心に赤くなっているのが分かった。
「どうした、あおい」
俺がそう問いかけると、それまで俺に向いていた俺の視線がちらつき始める。あおいの顔の赤みが強くなったように思えた。
また、あおいの様子が気になったのか、愛実が道路まで出てきて俺達のことを見ている。
それからしばらくの間、俺とあおい、愛実の間に静寂の時間が流れる。
「……実はもう一つ、涼我君に誕生日プレゼントがあるんです」
普段よりも小さな声であおいはそう言い、それまで散漫だった視線を再び俺の方へと向けてくる。
「へえ、もう一つあるのか。何なんだ?」
今も俺の誕生日だし、誕生日プレゼントという言葉に心が躍る。パーティーではリストバンドとオススメの漫画をプレゼントしてくれたから、3つ目のプレゼントがどんなものなのか期待が膨らんでいく。
ふぅ……と、あおいは長めに息を吐き、
「私です」
「……私?」
予想もしない言葉があおいの口から放たれたので、ついオウム返しのようにあおいに問いかけてしまう。
あおいは俺の目を見つめたまま、しっかりと頷く。
「はい。私です。私を……涼我君にプレゼントしたいです。涼我君のことが一人の男性として好きですから」
あおいは真っ赤な顔に可愛らしい笑みを浮かべながら、俺に……告白してきた。
あおいの告白の言葉が、両耳からすっと入ってくる。心臓の鼓動が急激に早くなり、その鼓動と共に全身へと強い熱が広がっていくのが分かった。これまで何度か女子に告白されたことがあるけど、こんな感覚になるのは初めてだ。
「あおい……」
「あおいちゃん……」
愛実の声が聞こえたので、彼女のことをチラッと見る。あおいの告白に驚いたのか、愛実は両目を見開いて俺達のことを見ている。
「体育祭のとき、借り物競走で『大切な人』ってお題で、愛実ちゃんと一緒に判定員の人のところまで連れて行ってくれたじゃないですか。それで、愛実ちゃんと私を幼馴染として大切なんだって」
「……ああ、言ったな」
「大切にしてくれるのは嬉しかったです。でも、『幼馴染』の部分にもやっとして。どうしてなんだろうって思って。ただ、その後の混合リレーで、アンカーとして走る涼我君のかっこいい姿を見て気付いたんです。私は涼我君に恋をしているからだと」
そのときのことを思い出しているのだろうか。あおいは恍惚とした様子で俺のことを見つめている。
そういえば……体育祭の混合リレーでゴールした後、あおいは俺のことを抱きしめて、凄く可愛い笑顔で、
『アンカーで走る涼我君はとてもかっこよくて素敵でした!』
って言ってくれたな。あのとき、顔が結構赤かった理由は、俺に対しての恋心を自覚したからだったんだな。
思い返してみると、あの体育祭の後から、あおいは頬や顔を赤らめることが多くなった気がする。それもきっと同じ理由なのだろう。
「卒園のタイミングで引っ越すのが凄くショックで寂しかったことも。調津に戻り、涼我君の隣の家に引っ越すことが決まってとても嬉しかったことも。再会してからの日々が凄く楽しかったことも。今まで気付いていませんでしたが、きっと幼馴染としてだけでなく、男性としての好意を抱いていたからだと思います」
「……そうか」
「……涼我君の優しいところが好きです。笑顔が好きです。涼我君の走る姿が好きです。勉強もバイトも頑張るところが好きです。ブラックコーヒーを飲んだり、勉強を教えたりするときの大人っぽい姿が好きです。他にも涼我君の好きなところはいっぱいあります」
あおいは俺の目を見つめながらそう言ってくれる。
好きだって告白され、俺の好きなところをいくつも言ってくれたからだろうか。今、目の前にいるあおいはもちろんのこと、頭の中に浮かんでくるこれまでのあおいの姿が、どれも今まで以上に可愛く、魅力的に感じて。
こんなにも素敵な女性が俺の幼馴染なんだ。ただ、それはあおいだけじゃなくて、すぐ近くにいる愛実にも当てはまることだった。それが分かると、心臓の鼓動がさらに強くなって、全身の熱はさらに強くなる。きっと、あおいのように顔……真っ赤なんだろうな。
「体育祭のときに好意を自覚しましたけど、告白する勇気がなかなか出なくて。ただ、涼我君の誕生日が今日だと思い出したときに、このタイミングで告白しようって決めました」
「そうだったんだ」
「はい。急に言われて混乱しているかもしれません。もらってくれるか、断るかはすぐに決めなくてもかまいません。これからの日々を通じて考えてもらえればと。どんなに時間がかかってもかまいません。いつまでも待っています。もらってくれたら……恋人として付き合ってくれたら嬉しいです」
――ちゅっ。
笑顔でそう言うと、あおいは俺の左頬にキスしてきた。
頬に触れたあおいの唇は柔らかくて。その際に感じたあおいの匂いはとても甘くて。そのことにドキッと心臓が跳ねた。キスされたのは初めてだけど……こういう感覚なんだ。
「今は頬ですが、恋人になったら口に。もしかしたら、その前に我慢できずにしちゃうかもしれませんが」
えへへっ、とあおいは声に出して笑う。その姿も滅茶苦茶可愛くて。あおいってこんなにも可愛いものを持っていたのか。
「……あおい。時間がかかるかもしれないけど、必ず返事をするよ」
「……分かりました。私の想いを受け止めてくれてありがとうございます」
あおいは俺の目を見ながら、いつもの明るい笑顔を向けてくれる。
「それじゃ、涼我君、おやすみなさい。愛実ちゃんも」
笑顔でそう挨拶すると、あおいは小走りで自分の家に向かい、家の中へ入っていった。
あおいからの告白されたことに凄く驚いて、なかなか体が動かない。ただ、視界の端に愛実がいたので、そちらに視線を向けると……愛実と目が合う。愛実の目は依然として見開いていて。すぐ目の前であおいが告白したからか、愛実の頬が少し赤くなっている。
「……お、驚いたよ、私……」
「……俺もだ」
まさか、もう一つのプレゼントがあおい自身だったなんて。好きだと告白されるなんて。本当に予想もしなかった。きっと、愛実も同じような思いだろう。
「……あおいちゃん、小さい頃からリョウ君が好きなんだ……」
愛実はとても小さな声でそう独り言ちる。そんな愛実の表情は真剣で。
愛実は俺のことをチラチラと見てくる。だけど、俺に何か言ってくることはない。10年間一緒にいても、こういう場面は一度もなかったから、愛実にどんな言葉をかければいいのか分からない。
「わ、私も…………か、帰るね。おやすみ、リョウ君」
赤みを帯びた顔に微笑みを浮かべながら、愛実はそう言ってきた。
「おやすみ、愛実」
俺がそう言うと、愛実は小さく手を振り、さっきのあおいと同じように小走りで自分の家の玄関まで行き、家の中に入っていった。
あおいに告白されて、頬にキスされた。だから、笑顔のときを中心にあおいのことがどんどん頭に浮かんできて。
ただ、10年間いつも一緒にいる幼馴染だからだろうか。愛実のことも頭に浮かぶことが時折あって。それもあり、胸がとても温かくなる。
それからしばらくの間、俺は一人その場で立ち尽くす。
たまに、肌寒くも感じる夜風が吹いて。そのことで、全身を纏う熱は少しずつ和らいでいく。だけど、あおいにキスされた左頬だけは熱が強く残り続けたのであった。
第4章 おわり
最終章に続く。
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