第29話『七夕祭り-中編-』
お腹が空いているのもあり、焼きそばの後もチョコバナナ、ラムネといった食べ物系の屋台を楽しんでいく。
チョコバナナやラムネって屋台の定番だけど、お祭りのとき以外はあまり食べたり飲んだりしないな。だから、この2つを楽しむと、焼きそばのとき以上にお祭りに来たって感じがする。
また、ラムネは専用の玉押しを使って、ビー玉を落として開栓するタイプだ。
以前、あおいと来たときは幼稚園だったので、あおいはビー玉を落とすことができなかった。ただ、今は高校生になったのもあって、あおいは難なくビー玉を落とすことができていた。ラムネが吹き出ることもなかった。こういうことでも、11年という月日の長さを実感する。
また、俺もラムネを吹き出すことなくビー玉を落とした。そうしたら、
「涼我君も上手になりましたね! 昔は盛大に吹き出していましたよね」
と、あおいが笑顔で褒めてくれた。それが結構嬉しくて。
幼稚園の頃は全力でラムネ瓶のビー玉落としに挑戦した。ようやく開けられたと思ったら、ラムネが盛大に吹き出て両手がベトベトになってしまったのだ。おそらく、あおいはその記憶が鮮明に残っていたのだろう。
また、小学校低学年のときにも俺は愛実の前で同様のやらかしをしていたため、愛実とあおいは話が盛り上がっていて。それがちょっと恥ずかしかったな。
嬉しくて恥ずかしい気持ちを抱く中で、みんなと一緒にお祭り会場を廻っていく。その中で、
――パンッ。
軽い破裂音のようなものが聞こえてきた。その直後に「ああっ……」と、子どものがっかりとした声も耳に入ってきて。
音や声がした方に視線を向けると、近くの屋台で銃を持っている小学3、4年生くらいの男の子の姿が。もちろん、その銃とは銃刀法に違反する物騒なものではなく、銃口にコルクをセットするタイプの殺傷力のないものだ。
銃口の向いた先には……景品がいっぱい並んでいる台がある。
「射的か」
「射的は遊ぶ系の屋台では定番ですよね。以前、涼我君と来たときにはやりませんでしたが」
「幼稚園のときだったからな」
当時、屋台で遊んだのは金魚すくいやヨーヨーすくい、型抜きだったかな。
「そういえば、涼我君って『景品落としの麻丘』と呼ばれているじゃないですか。クレーンゲームだけじゃなくて、射的も得意だったりしますか? 射的も景品を台から落としたり、倒したりしてゲットしますから」
「リョウ君は射的も凄く上手だよ! お祭りでいっぱい景品を取ってもらったし」
「あたしも麻丘君にはお菓子とかぬいぐるみを何度も取ってもらったわ」
「俺も好きなキャラのフィギュアを麻丘に取ってもらったなぁ」
「そうなのですか。みなさんから色々な証言が出てくるとは。相当上手なのが窺えます」
ワクワクとした様子で俺を見てくるあおい。
「まあ、小学校高学年くらいからは得意かな。コルク3発で100円なんだけど、3発あれば景品一つは確実に取れる」
「そうなんですね!」
俺を見てくるあおいの目がキラキラし始めた。
小学校高学年のあたりから、射的で愛実や友達などのほしい景品を取ってあげるのも、俺にとってはこのお祭りでの定番になっている。
「そういえば、去年、涼我君は愛実ちゃんと理沙ちゃんにお菓子を取ってあげていたね。銃を構える涼我君はなかなかかっこよかったよ」
「そうだったんですか! 射的をする涼我君……見てみたいです」
ちょっと甘めの声でそう言ってくるあおい。上目遣いで俺を見つめてくるのも相まってとても可愛らしい。そんな風に頼まれたらやるしかないだろう。
「分かった。じゃあ、射的に行くか」
「はいっ!」
「今年もリョウ君の射的を見られるのは嬉しいよっ」
あおいだけじゃなくて、愛実も嬉しそうな反応を見せてくれるとは。射的は毎年恒例だからな。愛実にとって、俺の射的を見るのはお祭りでの楽しみの一つなのかもしれない。
射的の屋台に行くと、そこにはスキンヘッドのおじさんが立っていた。小学生の頃から射的の屋台担当はずっとこのおじさんだ。
おじさんと目が合うと、おじさんは「おっ」と声を掛けた。
「今年も来たな、涼我君。愛実ちゃんもな」
「こんばんは」
「こんばんは、おじさん」
「おう、こんばんは。友達や学校の先生も一緒か。ただ、そっちの朝顔柄の浴衣のお嬢ちゃんは初めて見るな。もしかして、涼我君の彼女かい?」
「い、いいえっ! か、彼女ではなくて幼馴染ですっ」
あおいは頬を中心に顔を結構赤くしながらそう答えた。おじさんに彼女なのかって言われてドキッとしたのかな。可愛い反応をするな、あおいは。
あおいとこのお祭りに来たのは幼稚園以来。射的のおじさんと会うのは小学生になってからだから、2人が会うのはこれが初めてか。
「この子は桐山あおい。幼稚園の頃によく一緒にいた幼馴染です。小学校入学の直前に引っ越して、今年の春休みに調津に帰ってきたんです。今は同じ高校に通っています」
「おぉ、そうなのか。可愛い愛実ちゃんだけじゃなくて、あおいちゃんっていう綺麗な幼馴染もいたとはな! おじさんビックリだ!」
わははっ、とおじさんは朗らかに笑う。鈴木みたいだな。そんな鈴木は……いつの間に買ったのか、須藤さんと一緒に綿あめを食べていた。
可愛い愛実に綺麗なあおい……か。それはこれまでに幾度となく思ってきた。ただ、今は浴衣姿なので、いつも以上にその印象が強くなる。
「涼我君。今年も景品を取りに来たのかい?」
「まあ、そうですね。あおいは俺の射的姿を見たことがないので、その姿を見せるのが主な目的ですが」
「ははっ、そうかい。……お手柔らかに頼むよ。営業としてやっているから、涼我君に景品を取られまくると利益があまり出なくなっちまうから」
苦笑いをしてそう言ってくるおじさん。まあ、お金を出して何度も挑戦してもらった方が当然儲けが多くなるからな。そういう意味では、景品を取りまくる俺はやっかいな客なのだろう。
「屋台のおじさんにそんなことを言われるなんて。涼我君は相当上手なんですね!」
「上手いぞ涼我君は。うちは3発で100円なんだけどよ。100円で少なくとも1つは景品を取っていくんだ。調子がいいと3つ取るときもある」
「そうなんですね!」
ここまで言われると、何だかプレッシャーだな。何としてでも100円で景品を一つは取らなきゃいけない気がしてきた。それに、あおいや愛実や友人達にかっこいい姿を見せたいし。
俺はおじさんに100円を払い、コルクを銃口にセットする。
「あおい。この台にある景品の中で、何かほしいものはあるか? あおいの前で射的をするのは初めてだから、あおいの好きなものを取るよ」
「そうですね……」
う~ん、とあおいは景品が置かれている台を見ていく。
台にはお菓子やぬいぐるみ、アニメキャラのフィギュアが入った箱など様々な景品が置かれている。あおいはどんなものを取ってほしいと言うだろうか。
「では、そこにあるウサギのぬいぐるみを……」
そう言って、あおいは台の方を指さす。彼女が指さした先には、白いうさぎのぬいぐるみが座った状態で置かれている。パッと見た感じ、あおいが抱きしめるとちょうど良さそうなくらいの大きさだ。
「分かった。あの白いうさぎのぬいぐるみだな」
「はいっ」
「後ろに倒れたら景品ゲットでいいぞ」
「分かりました」
「頑張ってください! 涼我君!」
「ああ」
3発の間にうさぎのぬいぐるみをゲットしたい。
うさぎのぬいぐるみは座っている状態で置かれている。景品ゲットの条件は後ろに倒れることだから……額の真ん中あたりにコルクを当たれば倒れそうか。
両手で銃を持ち、額の真ん中に狙いを定める。
――パンッ。
引き金を引くと、コルクは勢いよく放たれる。
コルクはうさぎのぬいぐるみの方へ飛んでいき……うさぎの左頬に当たった。ただ、その場所ではぬいぐるみが少し動くくらいで倒れない。
「す、凄いですっ! 涼我君! コルクが狙ったものに当たるなんて! 私、射的をしたことはありますけど、景品に全然当たりませんから!」
ゲットできないのにも関わらず、あおいは結構嬉しそうな様子に。さすがだよね、と愛実と海老名さんがあおいの横で盛り上がっている。
俺も射的を初めてやったときは、狙った景品にコルクを当てることすらできなかったからな。コルクが当たるだけでも凄いと言うあおいの気持ちは分かる。
俺は2発目のコルクを銃口にセットする。
さっきの照準だと、コルクは俺達からうさぎの左頬に当たっていた。だから、今度は少しだけ銃口を上に向けて、左にほんの少し調整する。……このあたりかな。
――パンッ。
引き金を引くと、先ほどと同じようにコルクがうさぎのぬいぐるみに向かって勢いよく飛んでいく。
俺の読みや調整が上手くいったようで、コルクはぬいぐるみの額の真ん中に命中した。当たった衝撃で、ぬいぐるみはその場で仰向けの状態に。その瞬間、
『おおっ!』
俺のすぐ横から、あおいと愛実、海老名さんの可愛らしいユニゾンが聞こえてきた。彼女達の方を向くと、3人はもちろん、道本や佐藤先生、鈴木と須藤さんも拍手をしてくれた。
「涼我君凄いですっ! 2発でゲットできるなんて!」
「さすがリョウ君!」
「毎年ゲットするところは見ているのにね。それでも、実際に見ると凄いって思うわ」
「そうか。みんながそう言ってくれて嬉しいよ」
それと同時に、3発のうちに景品をゲットできたことにほっとする。景品落としの麻丘の異名を汚さずに済んだかな。
「今年は2発でゲットかぁ。相変わらず凄いな、涼我君は」
笑いながらおじさんは言うと、台からうさぎのぬいぐるみを持ち上げて、俺に渡してくれた。こうして実際に手に取るとそれなりに大きいな。
「どうぞ、あおい」
「ありがとうございますっ!」
あおいにうさぎのぬいぐるみを渡すと、あおいはとっても嬉しそうな様子でぬいぐるみを抱きしめる。そんなあおいを見ると、ゲットできて良かったなぁって思える。
「涼我君は本当に射的が上手なんですね! 2発で決めるのもかっこよかったですが、銃を構えて狙いを定めているときの真剣な涼我君もかっこよくて素敵でした」
「私の言った通りだろう?」
「はいっ。本当にかっこよかったです……」
あおいは恍惚とした様子で俺のことを見てきて。ぬいぐるみを抱きしめているのもあって滅茶苦茶可愛い。
「君の心も落とされちゃったかな? あおいちゃん」
「ほえっ。な、何を言っているんですか、樹理先生。もう……」
顔を真っ赤にしてそう言うと、あおいはうさぎのぬいぐるみで顔を隠してしまう。そんなあおいがとても可愛らしい。佐藤先生や愛実、海老名さんは小声で笑いながらあおいを見ていた。
コルクがまだ一つ残っていたので、他の人のほしいものを取ることに。
すると、愛実が『秋目知人帳』という漫画に出てくる猫キャラクターのミニフィギュアがほしいと言ったので、それを狙う。ぬいぐるみが取れた勢いがあったり、運が良かったりもしたので、一発でゲットすることができた。
「一発で取られたかぁ。これもなかなかいい値段だからな。これ以上は勘弁してくれるかい?」
おじさんに苦言を言われながら、ミニフィギュアが入った箱を受け取った。俺が「これで終わりにします」と言うと、おじさんはほっと胸を撫で下ろしていた。
愛実にフィギュアの入った箱を渡すと、
「ありがとう、リョウ君!」
と、さっきのあおいと同じように嬉しそうに抱きしめていた。その姿はあおいに負けないくらいに可愛くて。
100円で幼馴染2人のほしいものをゲットできて、かっこいい姿を見せられて、凄く嬉しそうな笑顔を見ることができた。100円を遥かに超えた価値の体験をできたと思う。
このことを何らかの形で残しておきたい。そう思って、ゲットした景品を抱きしめるあおいと愛実の写真を撮っていいかと尋ねると、2人は快諾してくれた。
スマホであおいと愛実を撮影する。景品を抱きしめるあおいと愛実の笑顔はとても可愛らしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます