第4話『席替え』

 5月23日、月曜日。

 週が明けて試験期間も明けたため、調津高校は今日から通常の日程に戻る。

 ただ、土日も挟んだのもあり採点が済んだのか、今日の授業はどの科目も中間試験の答案返却と解説の時間に。なので、1日フルにあるけど、いつもより時間の進みが早く感じられる。

 今のところ、返却されたテストは90点以上取ることができている。どの科目も手応えがあったし、見直す時間もあったから、結構いい点数を取れそうかなとは思っていた。それでも、実際に高得点の数字を目にすると結構嬉しい。これもきっと、あおいや愛実達との勉強会のおかげだろう。

 あおいや愛実達もなかなかの点数とのこと。数学Ⅱといった苦手科目も返却されたけど、みんな赤点ではなかったという。バイトを始められるかどうかがかかっているあおいは、苦手科目のテストが返却されたときには安堵の笑みを見せていた。




「解説は以上だよ。×になっているけど、これは合っているんじゃないかっていう解答がある人は来てね」


 月曜日最後は担任の佐藤先生が担当する化学だ。この授業でも中間試験の返却と解説の時間となった。

 化学もみんな赤点はなく、あおいも平均点の60点ほどを取れていた。ちなみに、俺は92点だった。

 佐藤先生のいる教卓には、答案用紙を持った2、3人ほどの生徒が。正解だと判断されて喜ぶ生徒もいれば、判断されずにがっかりする生徒もいる。採点ミスで点数が上がった経験も、ミスかと思ったらそうじゃなかった経験もあるので気持ちはよく分かる。ちなみに、俺の答案には採点ミスと思われる問題はなかった。残念。


「採点ミスの生徒は以上かな。まあ、採点ミスが後で見つかったり、試験のことで質問したりしたい生徒はいつでも私のところに来てね」


 佐藤先生は落ち着いた笑顔でそう言った。

 教室の時計を見ると、授業が終わるまで残り15分ある。他の授業のように自習時間になるのだろうか。それとも、担任のクラスなので授業に関係ないことをするのか。本日最後の授業だから早めに終礼……ってことはないか、さすがに。

 佐藤先生は自分の腕時計を見る。


「……あと15分あるか。よーし、今日の化学の授業はここまで。残りの時間と終礼を使って席替えをしよう」


 明るい笑顔で佐藤先生はそう言った。座席表なのか、先生は黒板に6×6の格子状の図を描き始める。

 佐藤先生の口から席替えというワードが出たからか、何人ものクラスメイトが『おおっ!』と歓喜の声を上げる。そのうちの一人はあおいだ。席替えをするのが好きなのか、あおいは笑顔になっている。


「そういえば、1年の頃は試験明けとか学期始まりに席替えすることが多かったな」

「そうだったね、リョウ君」

「そういったタイミングがちょうどいいのかもしれませんね。小学生の頃から席替えと聞くとワクワクします。次の席はどんな場所で、周りには誰が座るのかが楽しみで」

「それ分かるな」

「新鮮な気持ちになれるよね」


 小学生の頃から、席替えは胸が高鳴るものがある。


「私も席替えは好きな方だけど……今回は微妙かな。横にはリョウ君、後ろにはあおいちゃんがいて楽しかったから」

「俺も楽しかったなぁ」


 愛実とあおいが近くの席に座っているから、とてもいい2年生のスタートを切れたと思うし。


「私も楽しかったですよ。席替え後もお二人とは近くの席になりたいですね」

「そうだな」

「私も」


 愛実はそう言うと、俺やあおいに向けて可愛らしい笑顔を見せてくれる。それを受けてか、あおいはニッコリと笑って愛実の頭を優しく撫でた。

 席替えしても、あおいと愛実の近くの席になるといいな。そうでなくても、道本や鈴木、海老名さんと誰か一人でも近くにいたら嬉しい。

 佐藤先生は持参した手提げから立方体の白い箱を取り出し、教卓に置く。


「去年、私のクラスだった生徒は分かっていると思うけど、私が担任のクラスでの席替えはくじ引きで決めるよ。その前に、視力や背の高さが理由で一番前の席に座りたい人は遠慮なく申し出てね」


 そういえば、席が後ろの方では黒板が見えにくい生徒の配慮もしていたな。

 佐藤先生の言葉もあって、一番前の席に座りたいと男女1人ずつ手を挙げた。男子の方は視力が不安であること、女子の方は背が低いのを理由に黒板が見えづらい席になるかもしれないからという。2人の要望は受け入れられ、それぞれ教卓近くの席に座ることが決まった。先生が黒板に名前を書いた。

 教卓近くの席が埋まったからなのか、何人かの生徒がほっとしている。教師のすぐ目の前だもんなぁ。小学生の頃は『地獄の席』と称するクラスメイトもいたっけ。

 2人以外は一番前の席を希望する生徒がいなかったため、佐藤先生はくじ引きの番号を座席表に書き込んでいく。36人クラスだけど、一番前の席を希望する生徒が2人いたため、1から34まで。

 個人的には窓側か通路側、あとはどの列でもいいから一番後ろの席がいいな。窓側は1番から6番。通路側は29番から34番。一番後ろの席は6、12、17、22、28、34番か。これらが俺にとっての当たりくじだな。

 佐藤先生はくじが入っていると思われる白い箱をガサガサと振る。


「よし、これで混ざったかな。じゃあ、出席番号順に一人一枚ずつ引いて、書いてある番号のところに自分の名前を書いてね。35番と36番を引いたらもう一枚引いてね」

『はーい』

「じゃあ、涼我君から」

「はい」


 残り物には福があるという言葉もあるけど、最初だとどの席になるのかとワクワク感を味わえる。そう思ってくじを引こう。

 席から立ち上がり、俺はくじ引きの箱を持つ佐藤先生のところへ向かう。


「一枚引いてね」

「はい」


 右手を箱の中に入れる。

 最初なだけあって、結構いっぱい入っているなぁ。どれが当たりくじなんだろうな。さすがに、右手から伝わってくる感触だけで判別することはできなかった。

 箱からくじを1枚引く。二つ折りになっている白い紙を開くと、


「……『12』ですね」


 12って確か……座席表を見ると、『12』番は窓側から2列目の一番後ろの席か。当たりくじを引けたぞ!

 嬉しい気持ちを胸に抱きつつ、俺は12番の座席に『麻丘』と書き込んだ。


「涼我君。引いたくじはこのレジ袋に入れてね」

「はい」


 佐藤先生が広げたコンビニのレジ袋に、引いたくじを入れた。

 満足な気持ちで俺は自分の席に戻った。


「リョウ君、満足そうな顔をしているね」

「後ろの席が良かったのですか?」

「ああ。一番後ろか窓側か通路側の席を引きたいと思って。だから、当たりくじを引けたなって思うよ」

「良かったですね、涼我君」

「良かったね」

「ありがとう」


 一番後ろの席なので、次の席替えまではとりあえず平和な学校生活を送れそうだ。

 それからも出席番号順に生徒がくじを引いていく。


「次、理沙ちゃん」

「はい」


 おっ、次は海老名さんか。4人しか引いていないため、新しい俺の席の近所にはまだ誰も決まっていない。海老名さんが座ってくれるといいなぁ。

 海老名さんは教卓にあるくじ引きの箱からくじを引く。


「2番ですね」


 そう言い、海老名さんは黒板の座席表に自分の名前を書いていく。彼女が引いた2番は……窓側の前から2番目の席か。海老名さんとはご近所さんにはなれなかったか。

 海老名さんは引いたくじをレジ袋に入れて、自分の席へ戻る。また、俺達の横を通る際、


「まあまあかな」


 いつもの落ち着いた笑みを浮かべながらそう言った。今の席も窓側だし、窓側の席を気に入っているのかもしれない。


「理沙ちゃんは今と同じ窓側の席ですか」

「窓側だと、授業中もたまに外の景色を眺められるからな」

「窓側が気に入っているのかもね。……もうそろそろ私の番か。リョウ君か理沙ちゃんの近くの席になりたいなぁ」

「私は次の番ですから、涼我君か理沙ちゃんか愛実ちゃんの近所の席になりたいです」

「そうなるように祈ろう」


 愛実がそう言うと、愛実とあおいは見つめ合いながら頷き合っていた。2人が希望する席のくじが引けるように俺も祈っておこう。


「次は愛実ちゃんだね」

「はい」


 雑談していたから、すぐに愛実の順番がやってきた。

 愛実は教卓に行って、くじ引きの箱から1枚紙を引いた。さあ、どの番号を引いたかな。俺のご近所さんの席だと嬉しいけど。


「11番ですっ」


 弾んだ声でそう言うと、愛実は「よしっ」と嬉しそうに呟き、座席表に自分の名前を書いていく。

 11番は……俺の一つ前の席か。きっと、当たりくじの番号を覚えていたから、開いてすぐに「よしっ」と言えたのだろう。愛実とはご近所さんになれたか。

 愛実はくじを袋に入れて、自分の席に戻ってくる。そんな愛実の顔にはとても嬉しそうな笑みが浮かんでいる。


「次は前と後ろでよろしくね、リョウ君」

「ああ、よろしくな」

「良かったですね、愛実ちゃん。私もお二人か理沙ちゃんのご近所さんになれるくじを引きたいです!」


 愛実が俺の近所の席を引き当てたからか、あおいは物凄くやる気になっている。


「次、あおいちゃん」

「はいっ!」


 とても元気よく返事をすると、あおいは勢いよく席を立ち上がる。そんな彼女のはつらつさに、数人の生徒から笑い声が漏れた。

 あおいは教卓に行き、箱から1枚くじを引く。さあ、あおいは何の番号を引き当てたかな。


「あっ、36番です」


 36番……は、事前に一番前の席を希望する生徒がいたから、余りになった番号か。2枚しかない余りの番号を引くとは凄い。一部の生徒は「おおっ」と言っていた。

 佐藤先生はくじの番号を確認し「もう一度引いてね」とあおいに言う。

 再び、あおいは右手を箱に入れて、くじを1枚引いた。さあ、今度は何番を引くだろう。もう1枚の余りくじの35番を引いたら凄いけど。


「6番ですね。……あっ、やった!」


 座席表を見た瞬間、あおいは歓喜の声を上げていた。

 6番は……おっ、俺の左隣の席だ。愛実から見ても左斜め後ろの席。俺達2人とご近所さんになれたから、あおいは喜びの声を上げたのだろう。あとは、窓側の一番後ろの席なのも嬉しい要素かもしれない。

 あおいは6番の席に自分の名前を書き、くじをレジ袋に入れた。自分の席へ戻ってくるときのあおいの表情は……もうニッコニコだ。相当嬉しかったのだと窺える。


「やりました!」


 右手でピースサインをしながら俺と愛実にそう言い、自分の席に座った。


「涼我君の隣で、愛実ちゃんの斜め後ろ。しかも、窓側の一番後ろの席ですから、最高の番号を引けました!」

「良かったね、あおいちゃん!」

「良かったな。今度はお隣さんとしてよろしく、あおい」

「私もご近所さんとしてよろしくね」

「はい、よろしくお願いします! またお二人とご近所さんになれて嬉しいです!」


 満面の笑みであおいはそう言った。そんなあおいを見てか、愛実の笑みも満面に。

 またお二人とご近所さん……か。俺達の自宅も3軒並んでいるし、この先もずっと座席はご近所さんであり続けるような気がした。去年までも、愛実と座席がご近所さんだったことって結構あったし。

 それ以降も新しい席のくじ引きが行われる。

 その中で、鈴木は廊下側の一番前の席、道本は廊下側の後ろから2番目の席を引き当てた。くじの結果に満足しているのか、2人とも笑顔を浮かべていた。廊下側も結構いいよなぁ。端だし、壁に寄り掛かることもできるから。


「……よし、これで全員の新しい席が決まったね」


 佐藤先生はそう言うと、白衣のポケットからスマホを取り出し、黒板に書かれている新しい座席表を撮影した。


「じゃあ、みんな。自分の荷物を持って新しい座席に移動しよう」

『はーい』


 俺はスクールバッグと物入れに入っている荷物を持って、新しい座席……窓から2列目の一番後ろの席へ向かう。

 一番前から一番後ろへ移るから、黒板が結構遠く感じられる。ただ、以前の席よりも見やすい。愛実を含め、俺の前方近くにいる生徒は俺よりも背が低い生徒ばかりなので、板書を書くにも問題なさそうだ。


「窓側の席、いいですね! それに黒板の方を見ると、自然と涼我君と愛実ちゃんが視界に入りますし。最高の席です!」


 あおいはとても嬉しそうな笑顔でそう言ってくる。どうやら、新しい座席にご満悦のようだ。あおいが嬉しそうに話すから、あおいの一つ前に座っている女子生徒も可愛らしい笑みを浮かべていた。


「俺も常に愛実の後ろ姿が見えるし、チラッと窓側を見ればあおいがいるからな。一番後ろだしいい席を引いたって改めて思うよ」

「私は振り返られないと2人の姿は見えないけど、後ろに2人がいるから何だか安心感があるよ。いい席を引けたよ」


 愛実は俺やあおいの方を見ながらそう言う。あおいと愛実にとって、新しい座席がいいと思えて良かった。

 あおいと愛実の笑顔を見ていると、2人の近くの席になれて本当に良かったと思う。


「みんな新しい席に移動したね。短くても期末試験まではこの席だよ」


 期末試験までか。ということは、少なくとも1ヶ月半くらいはこの座席で学校生活を送ることになるのか。常に愛実の姿が見られるし、隣にはあおいがいるからこの席である間は楽しく過ごせそうだ。

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