第28話『3人での夜-後編-』

「とても面白かったですっ!」

「面白かったね! このエピソードは何度観ても好きだな」

「俺も好きなエピソードだ。原作を読んだときから面白いって思ったよ」


 午後10時過ぎ。

 あおいと愛実が観たいと言っていたクリスのアニメを観終わった。3話続きのエピソードであり、推理ありラブコメありの内容だったから、結構見応えがあったな。

 1時間以上連続で観ていたので、一旦休憩タイムに。アイスティーを飲んだことでもよおしていたので、俺は2階のお手洗いに行った。

 お手洗いを済ませて部屋に戻ると、あおいと愛実はお菓子を食べながら談笑していた。


「涼我君が買ってきてくれたお菓子、どれも美味しいですね!」

「美味しいよね。特に、この期間限定の抹茶マシュマロが好きだな」

「そう言ってくれて良かった。2人が好きなお菓子を思い出して選んだんだ。あと、抹茶味のマシュマロは期間限定ってパッケージに書いてあるから買いたくなって」

「期間限定のお菓子や味って興味をそそられますよね」

「2人の言うこと分かるな。私も買うことあるよ。今の季節だと抹茶味のお菓子が多いよね。あとは温かくなってきたからか、アイス限定の飲み物が出たり」

「バイト先のサリーズでも、アイス限定の飲み物を取り扱うようになったな。水出しコーヒーとか紅茶。あとはタピオカドリンクとかも」


 今日は晴れて暖かかったし、そういった期間限定の冷たい飲み物を注文されるお客様が多かったな。ホットとアイスを選べるレギュラーメニューの飲み物でも、アイスを選ぶお客様が多かった。

 タピオカドリンクと言ったからか、俺を見るあおいの目が輝いている。


「サリーズではタピオカドリンクも取り扱っているんですね」

「ああ。ミルクティーとカフェオレ、あとは抹茶ラテとストロベリーラテもあったかな」

「去年全部飲んだけど、どれも美味しかったよ。あおいちゃん、今度一緒に飲みに行こうか」

「はいっ!」

「ご来店お待ちしております」


 サリーズでバイトしている店員として、常連客が一人増えたことを嬉しく思う。店内で、あおいと愛実が一緒にタピオカドリンクを楽しむ光景を何度か見られそうだ。

 ――プルルッ。プルルッ。

 スマホのバイブ音が響く。ただ、俺達のスマホは全てローテーブルに置かれているので、誰のスマホが鳴ったのかすぐには判別できない。なので、俺は自分のスマホを手に取るけど……鳴ったのは俺のスマホではないか。

 あおいと愛実の方を見ると、


「私だ。理沙ちゃんからLIMEで通話が来てる。しかもビデオ」


 と愛実が言う。海老名さんから電話が来たのか。俺達のお泊まりの様子が気になったのかな。ちなみに、海老名さんは今も陸上部の合宿に参加中だ。


「理沙ちゃんですか!」


 友達から電話がかかってきたからか、あおいはちょっと興奮気味。かわいい。


「はい。愛実です。こんばんは、理沙ちゃん」

『こんばんは。お風呂に入って自由時間になったから電話を掛けたの。3人でのお泊まりがどんな感じか気になって。顔も見たいからビデオ通話でね』

「そうだったんだ」


 やっぱり、お泊まりをしている俺達の様子が気になって電話してきたのか。昨日の夜、あおいと愛実に変なことをしないでねって俺に忠告するほどだし。あと、3人一緒にいると考えて、一番付き合いの深い親友の愛実にビデオ通話してきたのかな。


「理沙ちゃん。2日目の合宿お疲れ様」

『ありがとう。そっちは今何しているのかしら?』

「リョウ君の部屋で、お菓子を食べながらクリスのアニメを観てる。一つのエピソードを観終わったから、今は休憩していたところなの」

『そうなの。とても楽しそうね』

「うん、凄く楽しいよ! ね、リョウ君、あおいちゃん」

「ああ、とても楽しいよ」

「楽しいですよ! それに、クリスを観る前には初めて愛実ちゃんと一緒にお風呂にも入りましたし! 髪と背中を洗いっこしました!」

『ふふっ、そうなの。あと、あたしもお泊まりのとき、愛実と髪や背中を洗ったわ』


 女の子同士だと、髪や背中を洗いっこするものなのかな。俺も道本とか男子とお泊まりしたことがあるけど、一緒に風呂には入ることさえしなかったな。修学旅行では旅館の大浴場に一緒に入ったけど、誰かと髪や背中を洗い合うことはしなかった。

 愛実がスマホを持っていると、あおいや俺が話しづらいし、画面も見づらい。三脚でスマホを設置した方がいいな。

 勉強机に置いてある三脚を持ってきて、愛実のスマホを横方向に設置する。あおいと愛実が隣同士に座って、2人の後ろに俺が膝立ちする形に。


「これで3人とも見えるかな、理沙ちゃん」

『ええ、見えるわ』


 海老名さんはそう言うと、彼女らしい落ち着いた笑みを見せる。入浴後なのもあってか、彼女は水色の寝間着を着ていた。


『お泊まりとかお見舞いで愛実や麻丘君の寝間着姿を見たことはあるけど、あおいの寝間着姿を見るのはこれが初めてね。その青色の寝間着、似合っているわね』

「ありがとうございますっ! 理沙ちゃんも水色の寝間着がよく似合っていますよ!」

「可愛いよね。リョウ君もそう思わない?」

「うん。海老名さんに似合っていると思うよ」

『……ありがとう。あおいや愛実だけじゃなくて、麻丘君にも言われるとは思わなかった』


 だからなのだろうか。海老名さんははにかんでいて。普段はあまり見せない表情なのもあり、結構可愛らしく思える。


『楽しいお泊まり会になっているようで良かったわ』

「ええ。2人にお泊まりしたいって誘って良かったです!」

「ありがとう、あおいちゃん」

「ありがとな」


 俺と愛実がお礼を言うと、あおいは「えへへっ」と照れくさそうに笑う。

 お泊まりしたい、っていうあおいの言葉がなければ、3人でお泊まりするのはもっと先のことだったかもしれない。もしかしたら、一度も実現しなかったかもしれない。


「今度は理沙ちゃんと愛実ちゃんと私でお泊まり女子会したいですね!」

「それ楽しそうだねっ」

『いいわね、楽しそう。そのときは3人でお風呂に入りましょう』


 朗らかな笑顔でそう言う海老名さん。

 あおいと愛実と海老名さんのお泊まり女子会か。海老名さんはあおいとも楽しそうに話していることが多いし、きっといいイベントになるんじゃないだろうか。そのときは、今の海老名さんのようにテレビ電話をしようかな。いや、女子会だからそれはまずいかな。


『3人の様子も見られて安心したし、そろそろ切るわ。おやすみなさい』

「おやすみ、理沙ちゃん」

「理沙ちゃん、おやすみなさい」

「おやすみ、海老名さん」

『うん。おやすみ。……あと、麻丘君。2人に変なことはしないようにね』

「ああ、分かっているさ」


 電話を掛けてきた一番の目的は、俺に再び忠告することだったんじゃないか? 3人一緒に俺の部屋に寝るからなぁ。

 また、海老名さんの忠告に、あおいと愛実は「ふふっ」と小声で笑っていた。この様子からして、2人は俺のことを信用してくれているようだ。そうじゃなかったら、俺とお泊まりしたいって言わないか。


『じゃあ、また金曜日に』


 海老名さんの方からビデオ通話を切った。

 それから再び、あおいと愛実の好きなクリスのエピソードを見る。今度のエピソードは推理要素がかなりあり、さっき観たエピソード以上に見応えがあった。

 また、午後11時半からは3人とも観ている日常系アニメをリアルタイムで観た。クリスのとき以上にあおいと愛実は盛り上がっていた。


「今日の話もとても面白かったですね!」

「そうだね! クリスを観た後だから、結構癒やされたよ」

「そうだな、愛実」

「こうして、3人一緒にリアルタイムでアニメを観られて嬉しかったです!」

「そうだね、あおいちゃん! これからもお泊まりのときにはリアルタイムで観ようね」

「ええ!」

「そうだな」


 これからも……か。つい最近までは、あおいはおろか、愛実でさえもお泊まりは結構昔のことだったのに。お泊まり中なのもあって、近いうちにまた3人でお泊まりするのかなって思える。

 あと、お泊まりのときはもちろん、放送時間があまり遅くない作品なら、お泊まり以外でも3人でアニメをリアルタイム視聴していきたい。


「0時を過ぎたし……そろそろ寝るか?」

「そうですね。明日は朝に3人でジョギングしますし。愛実ちゃんはどうですか?」

「私も賛成。ジョギングをするからたっぷり寝た方がいいと思う」

「分かった。じゃあ、寝る準備をするか」


 俺がそう言うと、あおいと愛実は笑顔で「うんっ」と頷いた。

 それから、俺達はお客さん用のふとんをベッドの横に敷いたり、歯磨きをしたり、お手洗いを済ませたりと寝る準備を行う。こういうことをしていると、昔のお泊まりとか修学旅行、部活の合宿を思い出す。

 俺の部屋なのもあり、寝る場所は俺がベッド、あおいと愛実がふとん。愛実、あおい、俺と川の字になって寝ることに。


「じゃあ、電気消すぞ」

『はーい』


 綺麗に重なった2人の返事を受け、俺は部屋の照明を消す。

 あおいと愛実がいるので、普段とは違って正面の方からベッドの中に入る。3、4時間前にマッサージをした愛実がベッドで横になったのもあり、彼女の残り香が感じられる。部屋の中に本人もいるので、ちょっとドキッとする。

 2人の方を向きながら横になり、ベッドライトを点ける。すると、仰向けになっているあおい、こちらを向いている愛実の姿が見えた。ベッドの横に敷かれたふとんに女の子が寝ているのは、小6のときに愛実が泊まりに来たとき以来だ。懐かしい気持ちを抱く。


「懐かしいな。リョウ君の部屋で寝るの」

「俺も思ったよ」

「私も懐かしいです。まあ、涼我君とは別にふとんで寝るのは初めてですが。それでも懐かしい気分になります」

「あの頃は幼稚園だったもんな。今日はベッドじゃないけど、寝る直前まで寝間着姿のあおいといるのは久しぶりだから懐かしいよ」


 そう言うと、あおいは柔和な笑みを浮かべる。その笑みが伝染したのか、愛実もあおいのような柔らかな笑顔になる。


「明日の朝はジョギングをするから……8時に目覚ましを掛けておくよ。明日は休日だし、今の季節ならそのくらいの時間に走っても気持ち良く走れるだろうから」

「私はそれでかまいませんよ」

「私も」


 あおいと愛実の同意を得られたので、スマホの目覚ましアプリで午前8時に目覚ましが鳴るようにセットする。


「アプリでセットしておいた。これで大丈夫だろう」

「ありがとうございます。涼我君、愛実ちゃん、おやすみなさい」

「おやすみなさい、リョウ君、あおいちゃん」

「あおい、愛実、おやすみ」


 あおいと愛実はそっと目を瞑り、それから程なくして寝息を立て始める。この部屋で2人の寝顔を見ることも懐かしい。可愛い寝顔は昔から変わらない。

 少しの間2人の寝顔を楽しんだ後、俺はベッドライトを消した。

 仰向けになって目を瞑ると……バイトがあったからか、すぐに眠気が襲ってきて、全身が心地良い感覚に包まれる。それから程なくして、俺は眠りに落ちるのであった。











 ――ガサガサッ。


 ……ガサガサ?

 何なんだ? すぐ近くから聞こえたこの音は。

 それに、1人でベッドにいるにしてはベッドの中がとても温かくて。それに、女の子の甘い匂いも感じられて。この匂いは……あおい?

 何が何なのか分からずに目を開けると、


「すぅ……」


 すぐ目の前に、こちらを向いて眠っているあおいの姿が見えた。それが分かった瞬間、定期的にあおいの温かな吐息が首にかかっているのが分かって。

 俺がベッドから落ちてしまったのかと思って周りを見てみると、暗い中で、俺の背後にベッドフレームがぼんやりと見えた。全身に感じる感触からしても、俺はベッドに寝続けていたと分かる。


「ということは、あおいがベッドに入ってきたのか……」


 一番考えられる理由としては、お手洗いへ行くために起き、寝ぼけてしまってベッドに入ってしまったってパターンかな。普段、あおいはベッドで寝ているし。

 昔のように俺とベッドで寝てみたい……という可能性も捨てきれないけど、あおいをふとんに戻そう。


「あおい、起きろ。ここはふとんじゃなくてベッドだぞ」

「……まだお皿にカレーが残っていますから、後で自分でよそいます……」


 ダメだ。完全に夢の世界に入ってる。こりゃ、あおいを起こすよりも、俺が動かした方が早いな。

 あおいと愛実が起きないように、静かにベッドから降りる。その際に部屋の時計を見ると……今は午前4時前か。

 ベッドの横に立って、あおいをお嬢様抱っこの形でそっと持ち上げる。幼稚園のときに比べたらかなり成長したけど、こうして持ち上げてみるとあおいって軽いんだな。

 あおいをふとんに下ろし、胸元のあたりまで掛け布団を掛ける。そのことであおいが起きてしまうことはなかった。


「よし、これで大丈夫だな。じゃあ、ベッドに……」

「リョウ君の匂いがする……」


 そんな愛実の声が聞こえた次の瞬間、俺の右脚に何かが触れ、優しい温もりに包まれる。

 右脚を見てみると……何と、愛実が俺の右脚を抱きしめていた! ぐっすり寝ていることからして、夢の影響で俺の右脚を抱きしめたのだと思われる。

 右脚を抱きしめている愛実の両腕を離そうとする。しかし、


「いやあっ」


 愛実はそんな甘い声を漏らし、不機嫌そうな表情を浮かべて、さっきよりも強い力で俺の右脚を抱きしめてくる。ちょっと痛みを感じるほどに。


「リョウ君は私の側にいてほしいのっ……」


 さっき以上に甘い声でそんな寝言を言う愛実。どんな夢を見ているのかは分からないけど、側にいてほしいって言われるとドキッとする。


「涼我君。お洋服を見に行きましょう……」


 愛実に気を取られていたら、今度はあおいが俺の左脚をぎゅっと抱きしめてきた。愛実に負けず劣らずの力強さ。

 まさか、両脚を拘束されてしまうとは。両脚を動かしてみるけど、愛実もあおいも俺の脚をしっかりとホールド。


「……このままふとん寝るのが一番いいか」


 それが一番の平和的解決手段かもしれない。明日、2人には今の状況をちゃんと説明しよう。

 俺はベッドの方向へ軽く前屈みの姿勢になり、左手を目一杯に伸ばす。そのことで、何とか俺の枕を掴み取ることができた。その枕をあおいと愛実の間に置いた。


「あおい、愛実。側にいるから、抱きしめる力を少し緩めてくれないか?」


 寝ている2人に俺の声が届くだろうか。

 ただ、夢に俺が登場しているのが幸いしたようで、2人とも脚を抱きしめる力を緩めてくれた。

 寝ている2人を刺激しない程度にゆっくりと体を動かし、俺は2人の間で仰向けになる体勢となった。


「夜に変なことをされたのは俺だったよ、海老名さん」


 信じてくれるかなぁ。


「リョウ君……」

「涼我君……」


 愛実は俺の右腕を、あおいは俺の左腕を抱きしめてきた。そのことで、左右から優しい温もりと甘い匂いと独特の柔らかさを感じるように。だから、結構ドキドキしてきて。

 ただ、小さい頃のお泊まりでは、こうして寄り添って寝ていたんだ。それを高校生になった今になって再びできることが幸せにも感じて。愛実とあおいの可愛い寝顔を見ると癒やされてもきて。

 時間が経つにつれて、ドキドキよりも多幸感や癒やしの方が勝るように。2人の温もりのおかげもあって、俺は何とか眠りに落ちてゆけるのであった。

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