第23話『お泊まりしたい』

 5月3日、火曜日。

 祝日のため、今日から木曜日まで学校はお休み。ゴールデンウィークの後半が始まった。後半3日間も天気が崩れる心配はないので、いい連休になりそうな気がする。

 早朝に趣味のジョギングをして、午前中にあおいと愛実とアニメイクやレモンブックスに行く。お昼過ぎからはあおいの家に集まって、オリティアで買った同人誌を読む……という、最近の休日とあまり変わらない時間を過ごしている。ゴールデンウィークだから、いつもの休日とは違った時間を過ごすのもいいけど、いつもと同じような時間を過ごすのも楽しくていいよね。

 今はオリティアで買った同人誌を読んだり、あおいと愛実と感想を言ったり、


「俺の男になれよ。そのうるさいお前の口を俺の口で塞いでやろうか?」


「あぁ、いいですっ! とてもいいですよ、涼我君!」

「私もドキッとしたよ!」


 たまに、あおいと愛実からのお願いで同人誌のセリフの朗読をしたりしている。大抵は告白シーンのセリフをリクエストされる。2人とも上手い上手いと褒めてくれるので、2人から朗読を頼まれるとちょっと嬉しい自分がいる。

 ただ、何度か朗読していると、ちょっとだけ疲労感が出てきた。なので、それを取り除くために両肩を上げて体を伸ばすと、


「痛ててっ」


 両肩に痛みが感じられた。肩が凝っているのかな。

 ただ、俺が痛いと声を漏らしたからか、あおいと愛実はこちらを向いてくる。愛実は平然としているけど、あおいはちょっと心配そうにしている。


「だ、大丈夫ですか? 涼我君」

「体を伸ばしたら両肩がちょっと痛くてさ。たぶん、肩凝りだと思う」

「肩凝りですか。それなら良かったです……いえ、肩凝りでも体が痛むのですから、良いことではないですね。すみません」

「ははっ。いいよ、気にするな」


 俺が軽く笑い飛ばすと、あおいは微笑んでくれた。


「リョウ君、たまに肩凝るよね」

「ああ。陸上部を辞めてからな」

「そうなんですね」

「私が肩のマッサージをするよ!」

「ありがとう、愛実。お願いするよ」


 肩が凝ると、愛実にマッサージしてもらうことが多い。たまにしかないことだからか、マッサージをお願いすると愛実は毎度やる気になる。

 はーい、と可愛い声で返事をすると、愛実はクッションから立ち上がって、俺の背後までやってくる。愛実の姿が見えなくなってからすぐに、俺の両肩に温かいものがそっと触れた。それとほぼ同時に、背後から愛実の甘い匂いが香ってきて。


「リョウ君、揉むよ」

「うん。お願いします」


 俺は愛実に両肩のマッサージをしてもらい始める。

 両肩から、痛みと程良い気持ち良さが同時に感じられる。それもあって、気付けば「あぁ……」と声が出ていた。


「どうかな、リョウ君」

「凄く気持ちいいよ。さすがは愛実だ」

「涼我君の顔を見ると気持ちいいのが伝わってきますね」

「ふふっ。じゃあ、このくらいの力で揉んでいくね」

「ああ」


 愛実は変わらぬ強さで俺の両肩を揉んでくれる。両肩の凝りがほぐれていくのが分かるし、とても気持ちがいい。疲れも取れていく。

 あと、たまに背中に独特の柔らかさを感じることが。それが何なのかはおおよその見当がつくけど、愛実に言ったら赤面まっしぐらな気がする。言うのは止めておくか。


「リョウ君、結構凝ってるね」

「そうか。今朝のジョギングの後にも軽くストレッチはしたんだけどな。昨日の放課後はバイトがあったし、一昨日はオリティアに行ったからかな。最近はジョギングを始めたし」

「少しずつ、肩に疲れが溜まっていったのかもね」

「そうかもしれないなぁ」


 普段から、ジョギングの直後や体育の授業があった日の夜はストレッチをするようにしている。これからはしっかりとやった方がいいかもしれない。


「あおいは肩が凝ることってあるか?」

「ほとんどありませんね。長時間勉強した後やバイトが何日も続いた後くらいでしょうか。中学のときは部活の練習をやり過ぎたときにも肩が凝りましたね」

「そうなんだ」

「あおいちゃんが羨ましいよ。私は定期的に肩が凝るから……」

「そうですか。体質とかありますもんね……」


 そう言うと、心なしかあおいの表情がちょっと曇ったような。

 愛実は定期的に肩が凝るから、肩凝りしやすい体質と言えるかも。もしそうなら、それは母親の真衣さん譲りだろうな。俺がマッサージする回数は少ないけど、以前、愛実が「お母さんは私以上に肩が凝りやすいから」と言っていたし。


「リョウ君。だいぶほぐれたと思うけど、どうかな?」

「どれどれ……」


 愛実の手が離れた直後に、両肩をゆっくり回してみる。


「……うん。痛みもないし、肩が軽くなったよ。ありがとう、愛実」

「いえいえ。それに、リョウ君には普段からマッサージしてもらっているし」

「今後は私にもマッサージをお願いしてくださいね! 愛実ちゃんも涼我君も!」

「うん、分かったよ、あおいちゃん」

「分かったよ、あおい」


 あおい、やる気になっているな。あおいがマッサージをするとどんな感じなのか気になるし、今度肩が凝ったときにはあおいにお願いしようかな。


「さっき、涼我君が陸上部という言葉を言ったことで思い出しましたが、今日から陸上部は合宿なんですよね」

「そうだね、あおいちゃん」

「合宿ということは、お泊まりをするってことですよね」

「まあ、2泊3日だって言っていたからな」

「……ですよね」


 あおいは真面目な様子でそう言う。急にどうしたんだろう? もしかして、マネージャーの手伝いをしたから、一緒に合宿に行ってみたかったとか? 手伝い中はマネージャーの部員や颯田部長を中心に楽しそうに喋っているときがあったし。


「私達もこの連休中にお泊まりしませんか?」

「いいね! あおいちゃんとお泊まりしてみたいな」

「お泊まりか。2人でお泊まりしたことはないから、連休中にお泊まりするのはいいんじゃないか」


 あおいと愛実にとって、ゴールデンウィークのいい思い出作りにもなりそうだ。

 部活の合宿とはいえ、道本と鈴木と海老名さんは陸上部の部員と一緒にお泊まりする。そのことを知って、自分も友達の愛実と一緒にお泊まりしたいと考えたのか。あおいも可愛いことを考えるなぁ。


「何を言っているんですか。愛実ちゃんと2人きりじゃなくて涼我君と3人一緒ですよ」

「えっ、俺も一緒なの?」

「もちろんですよ!」

「凄くいいと思う!」


 さっきよりも、愛実は嬉しそうなリアクションをしている気がする。まあ、愛実とは小学生の間に何度もお泊まりしたけど、中学以降は一度もしていないからな。


「幼馴染だし、2人とお泊まりの経験はあるけど、男の俺が一緒なのはまずいのでは。それぞれの御両親が許すかどうか」

「確かにそれは重要ですね。私、お母さんとお父さんに訊いてきます!」

「私もお父さんとお母さんにメッセージで訊いてみるよ」


 あおいは部屋を出て行って、愛実はローテーブルに置いてあるスマホを手に取る。

 同い年の幼馴染で、過去にお泊まりの経験があって、隣同士に住んでいるけど……それぞれの御両親から許可が出るかどうか。昔のお泊まりとは違って、女子2人に男子1人だから、その点で許可が出る可能性が出てくる……かも?

 ちなみに、俺の両親は……桐山家と香川家の許可があればOKって言いそう。もし、泊まる場所がうちだったら歓迎しそう。


「あっ。返信来た。……お母さんもお父さんもリョウ君ならかまわないって」

「……そうなんだ」


 真衣さんと宏明さん……俺のことを信用してくれているってことかな。

 まあ、愛実の場合は課題の質問をしたり、リアルタイムでアニメを観たりするために、夜に寝間着の状態で来ることがあるからな。俺が行くこともあるし。そういったことの積み重ねもあって、お泊まりに許可を出してくれたのかも。


「ただいまですっ!」


 あおいが戻ってきた。この元気な様子からして――。


「お母さんもお父さんも、涼我君とならお泊まりしてもいいと二つ返事でOKしてくれました!」

「……そうですか」


 やっぱり、俺とのお泊まりに許可を出してくれたのか。

 俺とは10年ぶりに再会したのに。それでも、幼稚園の頃は一緒にいることが多くて、互いの家でお泊まりの経験もある。再会してからも、学校やプライベート問わず一緒に過ごすことが多い。あとは、家が隣同士だからなのもあって許可を出してくれたのかな。


「……分かった。じゃあ、3人でお泊まりするか」

「決定ですね!」

「あおいちゃんとは初めてで、リョウ君とも久しぶりのお泊まりだね!」


 あおいも愛実もとても嬉しそうだ。2人は楽しそうに笑い合っている。

 俺も一緒にお泊まりすることに、ここまで喜んでくれるなんて。幼馴染としてとても嬉しく思うよ。当日はそれぞれの御両親からの信頼を裏切らないように気をつけないと。


「さすがに今夜お泊まりは急すぎますから、明日の夜にお泊まりするのはどうでしょう?」

「私は賛成。リョウ君はどう?」

「俺もいいけど……明日は午前中から夕方までバイトがある。明後日はない」

「そうですか。それなら、明日お泊まりする方がいいですね」

「そうだね、あおいちゃん」

「分かった。明日の夜にお泊まりすることに決定だな。じゃあ、次は……誰の家に泊まるのかを決めるか」


 きっと、あおいか愛実の家のどちらかになるんじゃないだろうか。俺と一緒にお泊まりすることを許可してもらえたけど、女子の家に泊まる方が親御さんも安心するだろうし。お泊まり会場になった方の親御さんは自分の娘が家にいるし。


「愛実ちゃんの家も魅力的ですが……今回は涼我君の家がいいですね。10年ぶりにお泊まりしてみたくて……」

「リョウ君の家、昔から変わらないもんね。私も……あおいちゃんと同じ理由でリョウ君の家でお泊まりしたいな」

「……俺の家か」


 てっきり、あおいか愛実の家にどっちかになるかと思ったんだけどな。

 ただ、あおいも愛実も俺の家に泊まった経験は何度もある。愛実の言う通り、俺の家は昔から変わらない。2人にとっては、そんな場所の方が、より楽しいお泊まりの時間を過ごせるのかもしれない。


「分かった。両親に2人が泊まってもいいかどうか確かめてみる」

「お願いします、涼我君!」

「お願いします」


 俺はローテーブルに置いてあるスマホを手に取り、LIMEの家族でのグループトークの画面を開く。そこに、


『明日、あおいと愛実がうちで泊まりたいって言ってる。大丈夫かな? ちなみに、それぞれの御両親は俺と泊まることを許可してくれてる』


 というメッセージを送った。御両親から許可されていると分かれば、泊まりに来ることを許可してくれる可能性は格段に上がると思う。

 俺のメッセージに気付いたようで、送信したメッセージに『既読2』とマークが表示される。さあ、両親はどう判断するか。


『それぞれの御両親が許可しているなら、父さんはかまわないよ』

『お母さんもOKよ。お客さん用のふとんも2組あるし。あおいちゃんと愛実ちゃんが泊まりに来る日がまた来るなんてね。楽しみだわ!』


 両親からお泊まり許可の返信が届いた。許可を出してくれるんじゃないかと思っていても、実際に返信を見ると安心する。ほっと胸を撫で下ろす。


「両親から許可をもらったよ。明日、俺の家でお泊まりしよう」

「ありがとうございます!」

「ありがとう、リョウ君!」


 やったね! とあおいと愛実はハイタッチする。

 あおいとは10年ぶりで、愛実とは中学以降はお泊まりしていないから……少なくとも4年は経っているのか。それぞれとは久しぶりのお泊まりで、3人一緒でのお泊まりは初めて。俺も楽しみになってきた。2人が楽しいと思えるようなお泊まりにしたい。




 また、夜になって海老名さんから、


『明日、愛実とあおいとお泊まりするそうね。2人から聞いたわ。麻丘君のことは信用しているけど、2人に変なことや嫌がるようなことはしたらダメよ』


 というメッセージを送られてきた。

 隣に住んでいる幼馴染だけど、高校生の女子2人がクラスメイトの男子の家に泊まるんだ。信用しているとはいえ、男の俺に忠告の一つくらいはするよな。

 ちなみに、あおいの御両親も、愛実の御両親も「久しぶりのお泊まりを楽しんでね」とか「娘をよろしくね」くらいしか言わなかった。信頼してくれているのは嬉しいけど。

 ちゃんと忠告してくれる人がいることに感謝の気持ちを抱きしつつ、海老名さんに『分かった』と返信を送るのであった。

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