第13話『陸上部3人のお願い』

 4月28日、木曜日。

 雨雲は一日で過ぎ去り、今日は朝からよく晴れている。ただ、昨日居座った冷たい空気がまだ少し残っているようで、日差しが直接当たっても暑さは感じない。爽やかでとても気持ちがいい。季節が春の間はずっとこの気候が続くといいな。

 明日からゴールデンウィーク。そのため、今週の学校は今日で終わる。だからなのか、家を出発したときから、あおいも愛実もいつもよりご機嫌に見えた。特にあおい。


「あおいちゃん。今日はいつも以上に上機嫌に見えるね」


 俺と同じようなことを思ったようで、愛実はあおいにそう質問する。


「ええ! 明日からゴールデンウィークが始まりますからね! それに、今日は木曜日ですから、何だか得した気分で」


 持ち前の明るくニッコリとした笑顔で答えるあおい。やっぱり、明日からゴールデンウィークが始まるからご機嫌なんだな。可愛い。


「得した気分になるの分かるな。いつもは金曜日まで学校があるし。それに、明日から3連休だもんね。今週は木曜日までしかないから、いつもより早く感じてる」

「俺も早く感じてるよ。まあ、俺の場合は月曜日に風邪で休んだのもあるけど」


 今週は3日間しか学校に行っていないからな。早く感じるのも当然か。

 自虐を含めた俺の言葉に、あおいと愛実は楽しそうに笑っている。そんな2人を見ていると心が温まるよ、うん。


「曜日の関係で、今年のゴールデンウィークは明日から3連休、それと来週の火曜日から3連休なんですよね」

「うちの高校は暦通りの休みになるからな」

「そうだね。あおいちゃんが前に通っていた高校はどうだった?」

「前の学校でも暦通りのお休みでした。ただ、去年はゴールデンウィークの直前に、1年生の学年行事で親睦を深める意味で日帰り旅行に行きました。そのことで、お休み前からゴールデンウィーク気分になれましたね」

「そうなんだ。ちなみに、どこに行ったの?」

「大阪のWSJに」

「それは凄いね!」

「京都の高校だけあるなぁ」


 WSJとは、大阪にあるテーマパーク・ワールドスタジオジャパンのこと。全国的に有名であり、かなりの人気を誇る日本有数のテーマパークだ。親睦を深めたり、思い出作りをしたりするのはもちろんのこと、京都からだと距離的にも日帰り旅行で行くのにちょうどいいのだろう。


「調津高校でも、1年生のときに日帰り旅行はありましたか?」

「あったよ。同じような理由で4月中に。クラスごとに行き先は違うんだけど、私とリョウ君、理沙ちゃんのクラスは横浜だったよね」

「ああ。中華街でお昼ご飯を食べたり、みなとみらいで観光したり。楽しかったよな」

「うんっ!」


 そのときのことを思い出しているのか、愛実はとても楽しそうな笑みを浮かべる。

 お昼ご飯の中華料理がとても美味しかったことや、みなとみらいの観覧車からの景色が凄く綺麗だったことを覚えている。両親やバイト先へのお土産に甘栗や月餅を買ったっけ。


「道本君と鈴木君のクラスは山梨だったよね」

「ああ。バーベキューをしたり、凄く涼しい鍾乳洞に行ったりしたみたいだ」

「そうなんですか。クラスごとに行き先が違うというのも面白そうですね」

「そうだね」


 その日帰り旅行は1年生のときだけで、2年生と3年生は実施しない。2年生は2学期に修学旅行があるし、3年生は受験生だからかな。

 もし、あおいが調津に戻ってくるのが1年早くて、同じクラスになって、横浜に日帰り旅行に行っていたらどんな感じだっただろう。色んなものを食べ歩いたり、観光地に行ったりしたのかな。きっと、楽しかったに違いない。そう思えるのは、小さい頃の思い出だったり、調津駅周辺にあるお店に行ったり、2年生になった直後に東京パークランドで1日楽しく遊んだりしたからだろう。

 その後も、ゴールデンウィーク絡みの話をしながら、俺達は調津高校に登校し、2年2組の教室に向かった。

 2年2組の教室の雰囲気はいつもより明るい。これも、明日から始まるゴールデンウィーク効果だろうか。そんな中で、


「おっ、麻丘達が来たな! おはようだぜ!」

「麻丘、香川、桐山、おはよう」

「おはようみんな」


 いつも通りに、鈴木の席に集まっている道本達が俺達に向かって元気に挨拶してくる。

 俺達もいつも通りに彼らに「おはよう」と挨拶する。自分の席に荷物を置いて、道本達のところに向かった。


「ねえ、みんな。突然なんだけど、3人って今日の放課後に予定ってある?」


 俺達が道本達のところに集まった直後、海老名さんがそんなことを訊いてくる。海老名さんはどこか真剣な表情であり、道本と鈴木も落ち着いた笑顔を浮かべていた。


「私はフリーですよ」

「私も特にないね。来週はゴールデンウィークだから、部活の材料の買い出しは今日あるけど、当番じゃないし」

「俺も特にないな。バイトのシフトも入っていないし」

「それなら良かったわ」


 海老名さんはそう言うと、胸を撫で下ろし、安堵の笑みを浮かべる。何かあったのだろうか。


「実は今日……マネージャーが3人風邪を引いて、学校を欠席したの。朝練の直前に風邪を引いたから休むって連絡が来て。どうやら、昨日……突然肌寒くなったことで体調を崩したみたい」

「そうなんだ。結構寒かったもんね……」


 心配そうに言う愛実。

 確かに、昨日は雨が降ってかなり寒かった。ここ最近は晴れて温かい日が多かったから、昨日の寒さで体調を崩すのも無理はない。俺も体調が良くなったのが一日遅かったら、寒さで再び体調を崩していた可能性があったと思う。


「休んだのが1人だけなら、他のマネージャーや部員でカバーし合って何とかなる。今までも何度かあったわ。だけど、3人も休んだのは今日が初めてで。さすがに部員の練習に影響が出そうで。朝練は軽い練習だからまだ大丈夫だったけれど。だから、愛実達にマネージャーの助っ人をお願いしたいの」


 さっき以上に真剣な様子で、海老名さんは俺達にそう言ってくる。


「麻丘達は俺達3人の友達だ。それに、麻丘は中学で陸上を一緒にやっていたし、桐山も中学の間はずっとテニス部で活動していたと聞いている」

「部長や顧問からは、友達に助っ人してもらってかまわないって許可をもらってるぜ!」


 道本は静かな笑みで、鈴木はいつもの明るい笑みでそれぞれ言う。

 マネージャーの海老名さんの友人である俺達なら、海老名さんが仕事について教えやすいし、こちらも質問しやすい。それに、道本と鈴木というエース級の部員の友人もいる中なら、俺達がマネージャーの仕事がしやすいと思っているのだろう。おまけに、俺とあおいは先日のレースが陸上部の中で評判になっているし。


「ささやかだけど、お礼に好きな飲み物とかお菓子を奢るわ」


 海老名さんは普段の落ち着いた笑顔でそう言ってくる。ささやかでもお礼がもらえるのか。友達からの頼みだし、報酬のことは全然頭になかった。


「私、やるよ。今まで運動系の部活に入ったことはないから、私にできることがあるのかは分からないけど」

「私もやります! 中学はテニス部でしたが、マネージャーの生徒がどんなことをしてくれていたのかは覚えていますし。何かお役に立てるかもしれません」


 愛実とあおいは明るい笑顔を浮かべながら、マネージャーの助っ人を引き受けた。そのことに海老名さん達は嬉しそうな様子に。


「ありがとう、愛実、あおい。……麻丘君はどう?」

「陸上部だし、どうしてもとは言わない」

「ただ、麻丘も一緒だと、陸上部がより助かるのは確かだな」


 海老名さん達は静かな笑顔で俺にそう言ってくる。

 俺は3年前の交通事故の影響で陸上部を離れ、陸上競技を引退した。そんな俺が陸上部の練習を間近で見たり、マネージャーの助っ人として手伝ったりしたら、何か嫌な想いをしたり、気まずくなったりするかもしれないと考えているのかも。調津高校の陸上部には、同中出身で俺が陸上部に在籍していた頃を知る部員が何人もいるし。


「俺もいいよ。マネージャーの手伝いをするよ。友達が在籍している部活だし、あおいと愛実も手伝いをするからな。それに、戦力差はあっても、3人欠席したなら、助っ人も3人いた方がいいだろう」


 友人とはいえ、一般の生徒3人に頼んでくるってことは、陸上部がピンチな状況だと窺える。道本達の友人として助けになりたい。それに、道本や海老名さんをはじめとした中学で一緒に活動した生徒達もいる。3年前の事故で助けてもらった恩返しを少しでもできればと思う。


「ありがとう! 麻丘君!」


 そうお礼を言う海老名さんは、愛実とあおいが引き受けたとき以上に嬉しそうで。3人みんなで引き受けることになったからかな。何にせよ、今の海老名さんはかなり可愛らしい。


「麻丘も手伝ってくれるのか! 嬉しいぜ!」

「ありがとう、麻丘。今日の部活がより楽しみだ」


 鈴木はとても明るい笑顔で、道本は爽やかな笑顔で俺にそう言ってきた。鈴木は俺の背中をバシバシ叩いてきて。いつもの鈴木パワーで叩いてくるからちょっと痛いです。


「一緒に頑張ろうね、リョウ君、あおいちゃん」

「ええ、頑張りましょう!」

「頑張ろうな」


 俺達3人は互いに視線を合わせて頷いた。

 いつも通りの学校生活を送って、今年もゴールデンウィークを迎えると思っていたけど、まさか陸上部のマネージャーの助っ人をすることになるとは。あおいと愛実と一緒に、俺のできることをやっていこう。

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