第3章
プロローグ『照れくささの朝』
第3章
4月20日、水曜日。
ゆっくりと目を覚ますと……薄暗い中で見慣れた天井が視界に入る。朝にはなっているようだ。
「今は何時だろう」
枕の側に置いてあるスマホで時刻を確認すると……今は午前6時過ぎか。いつもより1時間くらい早く目が覚めたな。昨日の放課後はバイトがあり、課題もあったから寝る時間はそれなりに遅かったのに。それでもスッキリとした目覚めだ。きっと、そうなっている理由は、
『昔と同じように楽しく走れたよ』
『涼我君と久しぶりに競走できて楽しかったですよ!』
『リョウ君が楽しく走って、笑顔でいる姿を見られて良かったよ。リョウ君、かっこよかった!』
昨日の昼休みに、久しぶりにあおいと本気のレースをして楽しめたこと。
その姿を愛実達に見せられたこと。
俺とあおいの走る姿を見た愛実が嬉しそうだったこと。
それらのことで心が軽くなって、昨日は遅めの時間に寝たにもかかわらず、普段よりも早い時間にスッキリと起きられたのだと思う。
事故から時間が経つにつれて、体も心も癒えていき、高校生になってからは特に自分なりに学校生活を謳歌できていた。それでも、心の軽さはあおいとのレースをやる前までとはかなり違うように感じた。ようやく、あの事故から本当の一歩を踏み出せたと思う。
レース後、愛実はとても素敵な笑顔で、3年前の事故から助けてくれたことについてお礼を言ってくれた。きっと、愛実も俺と同じように、レースをきっかけにあの事故について吹っ切れたんじゃないだろうか。
ただ、あおいとのレースの後――。
『みんな、本当に……ありがとう』
あおいや愛実達がいる前で泣き続けたんだよなぁ。しかも、あおいと愛実には抱きしめて。2人も、道本達も特にからかう様子はなく、優しい笑顔で接してくれたけど……何だか照れくさい気持ちがある。特にあおいと愛実に対しては。
あのレースがあった後は、みんなで普通にお昼ご飯を食べたし、午後の授業も受けた。そのときは照れくささなんて感じなかったんだけどな。きっと、あのときは、久しぶりにあおいと楽しく走れたことや愛実の笑顔を見られたことで、嬉しい気持ちや幸せな気持ちがとても強かったからかもしれない。
「体が熱くなってきた」
風邪を引いたときのような強い熱が全身を纏う。でも、風邪を引いたときとは違って、いつまでも感じていたいと思えるほどの心地いい温もりだった。
それから普段起きる時刻まで、目を瞑ってウトウトしたり、スマホを弄ったりと、ベッドの中で静かな時間を過ごした。気持ちいい。
たまには、こういう平日の早朝の時間を過ごすのもいいものだ。
普段起きる時刻になってからは、いつも通りの平日の朝の時間を過ごしていく。
ただ、両親の作ってくれた朝食はいつもよりも美味しく感じられた。普段よりも1時間ほど早く起きたからだろうか。それとも、昨日のことがあったからだろうか。理由は何にせよ、食事を美味しく感じられることに幸せな気持ちを抱いた。
朝食を食べ終わり、俺は一旦自室に戻った。
「どうするか……」
雨が降っていない限りは、このタイミングで愛実の家がある方の窓を開けて、外の空気を吸うのが習慣になっている。ただ、その大半で愛実の部屋の窓も開いて、彼女と軽く話す流れになる。
照れくさい気持ちもあるので、窓を開けるのを躊躇う自分がいる。ただ、ここで習慣になっていることをしないと、今日の調子が崩れ始めそうな気もして。
「……開けるか」
あと10分ほどで愛実とあおいと一緒に登校するのだ。ここで愛実と少し話した方が、登校中は2人といつも通りに接しやすくなると思う。
愛実の家がある方の窓をゆっくりと開ける。……まだ、愛実の部屋の窓は空いていないか。ただ、これも普通にあるパターンなので、この後に愛実が部屋の窓を開ける可能性は十分にある。
「それにしても、日差しが気持ちいいな……」
この窓は東側になるので、朝の日差しが直接当たってくる。今はまだワイシャツ姿なので日差しの温もりが心地良く感じられるけど、紺色のジャケットを着たら結構暑そうだ。美味しく感じられる空気がまだ涼しいのがせめてもの救いだ。
――ガラガラッ。
青空を見上げていると、愛実の家の方から窓を開ける音が聞こえる。
ゆっくりとそちらの方に顔を向けると……そこには、ジャケットまでちゃんと着た愛実の姿があった。愛実は俺と目が合うと、持ち前の優しい笑顔を浮かべて俺に小さく手を振った。
「おはよう、リョウ君」
「……おはよう。愛実」
愛実の顔を見ると、照れくさい気持ちが膨らんでくる。それに、愛実の笑顔が今まで以上に可愛く見えて。そう考えた瞬間、頬がちょっと熱くなったのが分かった。
「リョウ君。いつもよりも頬がちょっと赤いよ? 体調は大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫だよ。日差しが直接当たって、ちょっと暑いなって思っていたから」
顔に出ていたのか。何だか恥ずかしいな。昨日のことが照れくさいとか、愛実がいつもよりも可愛いからとは癒えないから、とっさにごまかしたけど……大丈夫だろうか。
「最近は日差しが結構強くなってきたもんね。そういう理由で良かった。昨日はお昼にあおいちゃんと思いっきり走ったし、放課後はバイトもあったそうだから、体調が良くないのかなって思って」
愛実はそう言うとほっと胸を撫で下ろした。そんな愛実を見て俺もほっとした。ただ、俺の体調を心配する愛実の優しさに胸が温かくなる。
「日差しは温かいけど、ジャケットを着忘れないように気をつけてね」
「ああ」
調津高校は4月中はジャケットを着るように校則で定められている。ただ、5月になると、夏のような暑さになる日もあるため、ジャケットを着用せずに学校に来てもいいことになっている。
「じゃあ、また後でね、リョウ君」
「ああ、また後で」
愛実にそう言って、俺は部屋の窓を閉めた。
忘れずに制服のジャケットを着る。勉強机にある鏡で制服の着崩れや、髪が変にはねていないかどうかを確認する。バッグの中を見て忘れ物がないかどうかも。
「……大丈夫だな」
身支度も荷物も大丈夫だったので、俺は自分の部屋を後にする。
キッチンに置いてある弁当をバッグの中に入れ、母さんに「いってきます」と言って俺は家の外に出る。
「涼我君! おはようございます!」
「おはよう、リョウ君」
玄関を開くと、うちの前に制服姿のあおいと愛実の姿があった。玄関の開ける音が聞こえたようで、十分に開けたときには2人がこちらを向いていて、元気良く朝の挨拶をしてくれる。あおいの笑顔も今まで以上に可愛く見えるぞ。
また、2人並んで笑顔を見せているので、昨日の昼休みのレース後を鮮明に思い出す。だから、まだ照れくささはあるけど、
「おはよう、あおい、愛実」
何とか、2人の顔を見て朝の挨拶をすることができた。それもあってか、2人の口角がさらに上がる。
「リョウ君、忘れずにジャケットを着てきたね」
「愛実が言ってくれたからな」
「忘れそうだったのですか?」
「さっき、部屋の窓を開けて話したとき、リョウ君はワイシャツ姿だったから。今日は日差しが温かいし」
「そうでしたか。ジャケットを着なくても過ごしやすそうな気候ですもんね」
「あと10日ぐらいで5月だからな。……じゃあ、学校に行くか」
俺がそう言うと、あおいも愛実も俺を見ながら笑顔で頷く。その姿もまた可愛くて。
俺はあおいと愛実と一緒に調津高校に向かって出発する。
最初こそはあおいと愛実の横顔をチラチラと見ることが多かった。ただ、現在放送しているアニメや、最近買った本の話をしていく中で、2人に対する照れくささが段々と消えていった。
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