第12話『3人で歩く帰り道』
午後4時頃。
仕事中に何か問題が起きることもなく、午後4時からシフトに入るホール担当のスタッフも来たため、俺はホールを後にした。
男性用の更衣室へ行き、着替える前にLIMEのあおいと愛実とのグループトークに『バイト終わったよ』とメッセージを送った。すると、すぐに2人ともメッセージを見たことを示す『既読2』のマークが付き、
『シフト通りに終わったんですね。お疲れ様です!』
『お疲れ様、リョウ君。お店の入口近くで待ってるね』
という返信がすぐに届いた。その返信を見て、頬が緩んでいくのが分かる。
2人に向けて『ありがとう。店の入口前で会おうな』というメッセージを送り、俺はバイトの制服から私服に着替える。
休憩スペースへ行き、タイムカードに退勤時刻をしっかりと打刻。スタッフに挨拶して、俺は従業員用の出入口からお店を出る。
あおいと愛実が待っているお客様用の出入口へ向かうと、出入口近くにいる2人を見つけた。バイトしているときにも思ったけど、2人って本当に魅力的な雰囲気を持っているなぁ。周りにも若い女性がたくさんいるけど、2人はその中でも群を抜いていると思う。
あおいと愛実の雰囲気に惹かれてか、男性中心に2人のことを見ている人が多い。その中には、2人に少しずつ近づくチャラそうな男もいる。何か起こる前に2人のところへ行かないと。
「あおい。愛実。お待たせ!」
あおいと愛実に向けて大きめのそう言うと、2人はすぐにこちらに振り向き、明るい笑顔で手を振ってくれる。俺も手を振りながら2人のすぐ近くまで向かった。
周りを見ると……男の俺と待ち合わせしていると分かったからか、さっきよりもあおいと愛実に視線を向ける人が格段に少なくなった。それまで2人に近づこうとしていたチャラそうな男も、何食わぬ顔をして俺達から離れていく。そのことに一安心。
「バイトお疲れ様でした、涼我君!」
「リョウ君、お疲れ様」
「ありがとう。2人が来てくれたから、今日はあっという間だったよ」
あおいと愛実が店内にいたときはもちろんだけど、それまでの時間も2人が来るのが楽しみで、普段よりも時間の進みが速かった。今後も、長時間のシフトのときは2人に来てもらおうかな?
「今は4時過ぎだけど……これからどうする? 駅前にいるし、どこかお店に行くか? それとも、もう帰るか? 俺はどっちでもいいけど」
「私もどっちでもかまわないよ。あおいちゃんはどう?」
「そうですね……」
う~ん、と真剣な表情になるあおい。そんな姿も絵になる。
「今日は帰りましょうか。明日、3人で駅周辺のお店を廻ることになっていますから」
「じゃあ、家に帰るか。ただ、3人で外を歩くのは初めてだから、散歩的な感じで」
それに、歩くのが気持ちいい気候だから。
俺の提案にあおいと愛実は「いいね」と笑顔で頷いてくれる。そのことにちょっと嬉しい気持ちになった。
俺達は帰路に就く。
ここから自宅までは徒歩でおよそ10分の道のり。ただ、ゆっくりと歩いているから、今日はそれよりも時間がかかるだろう。
「たまに、テーブル席から涼我君の仕事を見ていました。涼我君はとても落ち着いて接客の仕事をしていましたね」
「ホールの仕事に慣れてきたからかな。バイトを始めてから1年近く経つし。最初は緊張して、ミスが多くて。先輩に頼ることも多かったよ」
「確かに、バイトを始めた頃のリョウ君は緊張しい雰囲気だったな。笑顔も硬かった。今日のリョウ君はいつもの笑顔で落ち着いて接客していたよ」
「一昨日と昨日にたくさん見てきた笑顔がカウンターにありましたね」
「……そうか。ありがとう」
以前は硬かった笑顔が、今日はいつものような笑顔で接客できていた……か。周りからそういう変化を言ってもらえると、スタッフとして成長できたのだと実感するし、自信にも繋がる。その変化を言ってくれたのが愛実だから凄く嬉しい。もちろん、あおいに褒められたことも。気付けば、頬が緩んでいるのが分かった。
「2人もお店ではずっと笑顔だったよな。楽しそうに話していたし」
「アニメや音楽、服とかの話をしていましたからね」
「楽しかったよね。樹理先生と会ってからは、先生のことを中心にこれまでの学校生活のことでも盛り上がったの」
「そうだったのか」
そのときのことを思い出しているのか、あおいと愛実は楽しげな笑顔に。
様々な話題で楽しくお喋りできるのはいいことだと思う。あおいが引っ越してから3日目だけど、あおいと愛実は結構仲良くなったように見える。2人の幼馴染として嬉しさと安心感を抱く。
「私が頼んだミルクティーも一口交換した愛実ちゃんのアイスコーヒーも美味しかったですから、とても楽しい時間になりました」
「コーヒーもいいけど、紅茶も美味しいよね。とても楽しい午後の時間になったよ」
「それは良かった。今の2人の言葉はスタッフとして凄く嬉しいなぁ」
店内でお店が提供した飲み物を楽しみながら、あおいと愛実は楽しいと思える時間を過ごせたのだから。もし、楽しいと思えた理由に俺が少しでも関わっていたのならより嬉しい。
「午前中も愛実ちゃんのお部屋に初めて行きましたが楽しかったですよ」
「そうなんだ。良かったな」
「ええ。どんな本があるのか見させてもらったり、LIMEで送りましたが中学時代の制服を着させてもらったりして。あと、お部屋は愛実ちゃんらしい可愛い雰囲気で素敵でした」
愛実の部屋は絨毯やクッション、寝具関連は赤やピンク、オレンジといった暖色系のものが多く、ベッドや勉強机にはいくつもぬいぐるみが置かれているからな。愛実らしい可愛い雰囲気とあおいが言うのも納得だ。
「私も楽しかったよ。これからもいつでも来てね」
「ありがとうございます! 私の家にもいつでも来てくださいね」
「ありがとう」
2人の家は俺の家を挟んだ2件隣だからな。女の子同士だから、男の俺よりもたくさん家を行き来する関係になっていくかもしれない。
あおいと愛実と話しながら歩いているので、気付けば俺達の家がある住宅街に近いところまで来ていた。駅前とは違って人はあまり多くなく、静かな雰囲気だ。
「涼我君。この公園でよく遊びましたよね」
そう言うと、あおいはその場で立ち止まる。俺と愛実もあおいに続く。
俺達の目の前にあるのは……調津北公園。家から徒歩数分のところにある公園だ。結構大きな公園で、地元に住んでいる人中心に憩いの場になっている。小さい頃からあおいや愛実と数え切れないほどに遊びに来た。
「たくさん遊んだな。広い公園だから、あおいとはよくかけっこして。愛実とも、小学生の頃はブランコとか滑り台とかの遊具で遊んだよな」
「そうだね、リョウ君。ここで遊ぶのも楽しかったよね」
「楽しかったな」
公園を見ていると、あおいと愛実それぞれと遊んだときのことを思い出す。2人とも、遊ぶと可愛い笑顔をたくさん見せてくれて。それもあって、この公園で遊ぶことも多かった。
幼稚園から小学生の頃までのことを回顧していると、風が柔らかに吹く。そのことで、公園に植えられている何本もの桜の木から、花びらがひらひらと舞い散る。今の時期にしか見られない綺麗な光景だ。2人も同様のことを思ったのか、「うわあっ……」とか「綺麗……」と声を漏らす。
「そういえば、私が福岡に引っ越す数日前に、家族でお花見をしましたよね」
「あぁ、したなぁ。あの年は早めに開花したから、3月でも結構たくさん咲いていたよな」
「そうでしたね。桜が綺麗だったのを覚えています」
「そうか」
「素敵な思い出だね。私の家族とも、小学生の間は何度かお花見したよね」
「春休みにお花見したな。うちのお弁当はもちろんだけど、愛実の家のお弁当も美味かったなぁ。愛実と真衣さん、凄く料理が上手だし」
「お弁当作りから楽しかったのを覚えてる。私の作ったおかずをリョウ君が美味しく食べてくれたこともね」
そう言う愛実の顔には嬉しそうな笑みが浮かんでおり、ほのかに赤みを帯びていた。
公園の中を見ると、桜の木の下でシートを広げてお花見をしているグループが複数いる。春休み中の平日だから、俺達のような学生のグループが多い。どのグループも飲み食いしたり、談笑したりして楽しそうだ。
「久しぶりにお花見するのも良さそうだな……」
「いいじゃないですか、お花見! お別れ直前にお花見しましたから、再会直後のお花見をしたいですっ!」
「素敵なアイデアだと思うよ、リョウ君! 春休み中なら桜も楽しめるだろうから。それに、ここ何年かはお花見していないし……」
公園を見ながら呟いた言葉に、あおいと愛実が嬉々とした様子で反応する。そんな2人の目はキラキラと輝いていて。お花見の思い出を話したから、2人ともお花見がしたくなったのかな。
あおいと愛実を見ていたら、俺もお花見をしたい気持ちが膨らんできた。
「じゃあ、春休み中にお花見するか。明日は3人で駅周辺のお店に行くから、一番早くて明後日か。俺はバイトないから大丈夫だけど、2人の予定はどうだ?」
「大丈夫ですよ。明後日以降、春休み中はフリーです」
「私もあおいちゃんと同じだよ」
「そうか」
2人とも予定は大丈夫か。お花見だから、あとは天気が大丈夫かどうか。
スラックスのポケットからスマートフォンを取り出し、調津の天気の週間予報を検索する。
「……明後日の天気は晴れか。降水確率も0%だから大丈夫だな」
「では、明後日にお花見をしましょう!」
「そうだね!」
お花見すると決まったからか、あおいと愛実はより嬉しそうな様子に。
「明後日ってことは日曜日か。それなら
「誘ってみるか。あおいにも紹介したいし」
「理沙ちゃんというのは……アルバムを見たときに教えてくれた女の子でしたっけ」
「そうそう。私達の中学時代からの友達の女の子だよ。調津高校に通っているの」
「それは是非、会ってみたいですね!」
「あおいちゃんならそう言うと思ったよ」
愛実と同意見。俺はしっかりと頷く。
「理沙ちゃん含めて、高校入学してから特に仲良くしている友達が3人いて。みんな陸上部に入っているの。陸上部は基本的に日曜日がお休みだから誘えるかなって」
「そうなんですね」
「じゃあ、俺からお誘いのメッセージを送るよ」
「うん、お願い」
俺はLIMEのアプリを開き、俺と愛実、特に親しくしている3人の友人達のグループトークに、
『今後の日曜日に、調津北公園でお花見するんだ。俺と愛実、京都から帰ってきたあおいが参加するよ。3人も来ないか?』
と、友人3人にお花見を誘うメッセージを送信した。ちなみに、あおいについては引っ越してきた日の夜にメッセージで伝えている。
春休み中も陸上部の活動はあると言っていたし、金曜日の今日も練習しているんだろうな。今はまだ4時過ぎだから練習中かも。気長に返信を待つか。
「とりあえず、お誘いのメッセージを送っといた」
「お疲れ様。3人とも来てくれると嬉しいね」
「そうだな」
人が多い方がお花見も楽しめそうだし。
――プルルッ。
おっ、スマホが鳴っている。さっそくスリープを解除すると、グループトークに複数のメッセージが送信されたと通知が。返信してくれたのかな。
『それは楽しそうなイベントね! 日曜は部活ないし参加するわ。あおいちゃんって子にも会ってみたいし』
『俺も日曜はフリーだから参加するよ』
『オレは彼女とデートする予定があるから不参加だ! すまん! 麻丘の幼馴染とは始業式の日に会おう!』
休憩中だったのか、参加するかどうかの返信をさっそくくれた。3人中2人が参加か。1人は不参加だけど、恋人とのデートという先約があるのならしょうがない。陸上部は練習のある日が多いし、休みの日にはデートしたいよな。
「2人参加で、1人は先約があって不参加だ」
「そうですか。3人全員と会いたかったですが、先約があるのなら仕方ないですね」
「そうだね」
「当日は別の高校に通う恋人とのデートらしい。始業式の日に会おうって言ってる」
「そうですか。分かりました」
あおいは納得した様子でそう言った。
高校で特に親しい友人2人も参加するし、日曜日のお花見がより楽しみになった。楽しいお花見になるといいな。そんな思いを抱きながら、俺はあおいと愛実と一緒に自宅に向かって再び歩き始めた。
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