第6話『あおいの気になること』

 愛実がお昼ご飯を食べに家に帰ったとき以外は、愛実と一緒に俺の部屋でゆっくりとした時間を過ごす。Blu-rayに録画したクリスのアニメを観ているから楽しくて。あっという間に時間が過ぎていく。そんな中、

 ――ピンポーン。

 家のインターホンが鳴る。もしかして、あおいかな。壁に掛かっている時計の時刻を見ると……今は午後2時半過ぎ。来るのは昼過ぎになると言っていたので、あおいの可能性が高そうだ。


「あおいかもしれない」

「時間的にそうかもね」


 Blu-rayの再生を止め、扉の近くにあるモニターのところへ向かう。応答ボタンを押すと、画面にあおいの顔が映し出された。


「おっ、あおいか」

『こんにちは! 用事が終わったので来ました!』

「お疲れ様。愛実は来ているよ。今、そっちに行くから」

『はいっ!』


 あおいは快活な笑みを浮かべて、元気良く返事した。午前中からの用事を済ませた後だけど、この様子なら楽しく過ごせそうかな。


「あおいだった。ちょっと行ってくる」

「うん、分かった。いってらっしゃい」


 俺は自分の部屋を出て、玄関へと向かう。

 玄関を開けると、そこには膝丈のスカートにブラウス姿のあおいが立っていた。パンツスタイルだった昨日とは違った雰囲気で可愛らしい。俺と目が合うと、あおいはニッコリと笑う。


「いらっしゃい、あおい」

「こんにちは、涼我君。また、こうして涼我君の家に遊びに来られて嬉しいです!」

「俺も嬉しいよ。もう、こういうことはないかもしれないと思っていたから」

「そうですか」

「あと、今日の服も似合ってるな」

「ありがとうございますっ」


 あおいはとても嬉しそうに言った。その笑顔も相まって、より可愛らしい印象に。


「涼我君もワイシャツ姿似合ってますね」

「ありがとう。さあ、入ってくれ」

「はい。お邪魔します」


 あおいを家に招き入れる。

 1階のリビングにいる母さんに挨拶して、あおいと一緒に愛実が待っている自分の部屋に戻る。

 愛実は俺のベッドを背もたれにしてスマホを弄っていた。ただ、すぐに俺達に気付いたようで、こちらに振り向いて小さく手を振る。


「ただいま、愛実」

「おかえり、リョウ君。あおいちゃん、こんにちは」

「こんにちは、愛実ちゃん」

「用事が済んだんだね」

「はいっ。高校のことや公的な手続きはもちろんのこと、生活必需品の買い物も無事に終わりました」

「それは良かった。お疲れ様」

「ありがとうございます。ところで、愛実ちゃんは涼我君と今までどのようなことをしていましたか?」

「リョウ君が録画していたアニメ観てたよ。昼食以外は午前中からいて。昨日放送されたラブコメアニメの最終回とか、5年くらい前のクリスの劇場版を観ていたの。今はクリスのTVアニメを観ているよ」

「そうだったんですね! 楽しそうですっ」


 アニメを観ていたことを知ってか、あおいは楽しそうな様子でそう言う。小さい頃も、俺の家に遊びに来るとクリスのアニメを観ていたからなぁ。


「あおい。飲み物を持ってくるよ。俺達と同じでアイスコーヒーでいいか? コーヒーは飲めるか?」


 幼稚園の頃はコーヒーを飲むことはなかったからな。昨日もあおいが口にした飲み物は麦茶や緑茶だった。飲めないと申し訳ないので訊いてみたのだ。


「コーヒーは飲めるのですが、ブラックは苦手で。ガムシロップやミルクが入っていれば普通に飲めます」

「そうなんだ。分かった」


 あおいはブラックコーヒー苦手なのか。大人っぽい雰囲気になったし、ブラックが一番好きなイメージがあったので意外だ。訊いてみて正解だったな。

 ちなみに、愛実と俺はブラックを普通に飲める。ローテーブルにあるアイスコーヒーもブラックだ。


「じゃあ、ガムシロップ入りのアイスコーヒーを淹れてくるよ」

「ありがとうございます。あと、本棚を見てもいいですか? 涼我君がどんな本を読んでいるのか気になって」

「もちろん見ていいよ。気になる本があったら取り出して読んでいいから」

「ありがとうございます」

「私も一緒に見ようかな」

「見ましょう見ましょう!」


 きっと、俺の本棚を見ながらあおいと愛実は楽しく喋るのだろう。昨日の引っ越し作業では、あおいの持っている本で2人は話が盛り上がったからな。 

 俺は1階のキッチンへ行き、ガムシロップ入りのアイスコーヒーを淹れる。


「……何かコーヒーに合うお菓子を持っていくか」


 今は2時半過ぎだし、おやつを食べるのにもいい頃だろう。

 リビングに行き、コーヒーに合いそうなお菓子を探すと……プレーンのクッキーを見つけた。これにするか。

 リビングにいる母さんにクッキーを持っていっていいと許可をもらえたので、個別包装されたクッキーを箱からラタン製のボウルに移した。

 トレーにアイスコーヒーの入ったマグカップと、クッキーが入ったボウルを乗せて自分の部屋に戻る。……部屋の中から、あおいと愛実の楽しそうな話し声が聞こえてくる。2人の部屋にもある本がいくつもあるからな。そういった本のことで盛り上がっているのかもしれない。

 部屋の中に入ると、あおいと愛実は本棚の前で談笑していた。あおいは漫画と思われるサイズの本を持っていた。


「ただいま。ガムシロップ入りのアイスコーヒーを作ってきたよ。あと、リビングにクッキーがあったから、それも持ってきた」

「ありがとうございます、涼我君」

「クッキー嬉しいよ」


 俺はアイスコーヒーの入ったマグカップと、クッキーの入ったボウルをローテーブルに、トレーは勉強机に置く。


「あおい。その本棚にある本はどうだ?」

「タイトルだけ知っている本を含めたら、ほとんどの本は知っていますね。私の本棚にある本も結構あって。ですからワクワクします! あと、ラブコメと日常系の本がたくさんありますね。この2つのジャンルが好きなのですか?」

「そうだな。あとは、アニメ化された作品中心にファンタジーものも読むよ」

「そうなのですね。あと、少女漫画も何作かありますね。この『秋目知人帳あきめちじんちょう』を含めて」


 そう言い、あおいは手に持っている漫画の表紙を見せてくる。……あれは『秋目知人帳』の第1巻だったのか。ちなみに、『秋目知人帳』とはあやかし系の少女漫画で、6シリーズもアニメ化されている人気作。俺達が生まれる前から連載されている長寿作品でもある。


「少女漫画もアニメやドラマ、あとは愛実のオススメで買ったものが多いな。『秋目知人帳』のアニメは愛実とはもちろん、小さい頃のあおいとも一緒に観たよな」

「観ましたね。当時放送されていた第2シリーズまで。お母さんの好きなアニメですから、お母さんと一緒に観たこともありましたよね」

「あったな。俺の母さんも好きだから、うちでは母さんが一緒に観ていたっけ」

「そうでしたね」


 俺達よりも、互いの母親の方が楽しんでいた記憶がある。

 もしかしたら、俺と一緒にアニメを観たという共通点もあって、あおいと愛実は話が盛り上がっていたのかもしれない。


「ちなみに……涼我君」


 そう言うと、あおいの頬がほんのりと紅潮していく。もじもじしているし……どうしたんだろう?


「どうした、あおい」

「……りょ、涼我君も年頃の男の子じゃないですか。ですから、え……えっちな本を持っていたりするのでしょうかっ!」


 大きな声に乗せてなかなか凄いことを訊いてきたぞ、この子。しかも、愛実のいる場で。ちなみに、愛実は苦笑い。


「幼馴染ですから、そのことが気になってしまって……」


 だから、頬が赤くなってもじもじしていたのか。

 京都にいた頃にあおいが通っていた学校では、成人向けの本を持っている男子が多かったのだろうか。年頃の男子だし、もしかしたら幼馴染の俺も……とあおいが気になってしまう気持ちは分かる。それに、小さい頃の俺はそんな本は当然持っていなかったから。

 あおいは俺のことをチラチラと見ている。そんなあおいの頬の赤みはさっきよりも強くなっていて。勇気を出して訊いたようだし、俺も正直に答えるか。


「あおいの言う『えっちな本』が成人向けの本を指しているなら……持っていない」

「持っていないのですか?」

「ああ。ただ、激しい描写のある一般向けの作品は何作か持ってる。あおいが読んだことがあるかは分からないけど、下から2段目の端にある漫画とか」

「……ああ、この作品ですか。読んだことあります。肌の露出度がかなり高めでしたね……」

「まあ、そういう漫画でドキドキすることはあるよ。ただ、16歳の高校生が買っちゃいけない本は持っていないよ」


 こういう返答で良かっただろうか。

 あおいが際どい質問をしてきたから、顔中心に体がちょっと熱くなってきた。あおいのように、頬が赤くなっているかもしれない。


「リョウ君の言っていることは本当だと思うよ。それに、リョウ君の部屋にはたくさん来ているけど、そういう本を見つけちゃったこともないし。少なくとも、紙では持っていないと思うよ」


 落ち着いた笑みを浮かべながら、愛実はそう言ってくれる。


「電子的にも持っていないよ」


 と自分で付け加える。俺の友人の中にはスマホやパソコンで、そういった書籍や画像を所持している奴がいたのを思い出したから。

 愛実のフォローもあったからだろうか。あおいは納得した様子で俺達に向かって笑いかけてくれる。


「そうでしたか、分かりました。すみません、涼我君。こんなことを訊いてしまって」

「気にするな。年頃の幼馴染と久しぶりに会ったんだ。あおいが気になる気持ちも分かるから」


 俺がそう言うと、あおいはほっと胸を撫で下ろした。

 ただ、俺がもし持っていたらどうするつもりだったのだろう。処分させるのか。それとも、一度読ませてほしいと言うのか。あおいは好奇心旺盛な一面もあるからなぁ。後者の可能性もなくはないかも。


「な、何だか体が熱いですねっ! 涼我君が作ってくれたアイスコーヒーを飲みましょう」


 あおいは持っている本を元の場所に戻し、さっき俺が置いたマグカップの近くにあるクッションに座る。愛実と俺もそれまで座っていたクッションに輿を下ろす。

 あおいはマグカップを掴んで、アイスコーヒーをゴクゴクと飲む。


「あぁ……っ! 冷たくて、苦味と甘味がちょうど良くて美味しいですっ!」


 あおいはとても爽やかな笑顔でそう言った。こんなにいい反応をしてくれると、アイスコーヒーを作って本当に良かったと思える。


「あおい好みのコーヒーを作れて良かったよ」

「ありがとうございます。ところで、お二人はクリスを観ていたんですよね」

「そうだよ。1話完結のアニメオリジナルのエピソードだよ」

「オリジナルも面白い話が多いですよね。そのお話を観てみたいです」

「私はいいよ。リョウ君はどう?」

「もちろんいいさ。3人で一緒に観よう」

「はいっ! ……あの、観やすいように、私も涼我君の隣まで動いてもいいですか?」

「ああ」


 昔もアニメを観るときは、隣同士に座って観るのがお決まりだったからな。


「ありがとうございますっ」


 嬉しそうにお礼を言うと、あおいはクッションごと俺のすぐ左隣まで移動してきた。そのことで、あおいの甘い匂いがふんわりと香ってきて。あおいの横顔がすぐそこまで近づいて。昔はこれが当たり前だったのに、ちょっとドキッとする。それもあり、右隣に座っている愛実の甘い匂いもさっきより強く感じるようになった。

 俺達は3人でクリスのアニメを観始める。

 このエピソードはコメディ色が強い。だから、3人で笑うことも。また、あおいは昔のように笑うときは俺の肩や太ももに軽くボディータッチしてくることもあって。

 クリスは面白い。ただ、10年ぶりにあおいと一緒に観られることの懐かしさと、あおいと愛実と3人で観られることの嬉しさを感じることの方が多かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る