第365話 帝国への帰還




 リリアンヌの結婚式が終了すると、三日も経たない内に帰国することになった。


 前回帝国に向かう時は、悲しさや不安という気持ちが存在していたが、今回は凄く晴れ晴れとしていた。


(唯一残る不安事といえばカルセインお兄様だけれど、それま任せてってお姉様方に言われたから問題ないはず)


 ベアトリスとリリアンヌの幸せそうな姿を見れたこと、またすぐに帝国で会えることもあって、寂しさは少しもなかった。


 やり残したことを挙げるとしたら、ラナの恋愛話を聞きそびれたことだった。


(本人さえ良かったら、結婚式に一緒に来てもらおう)


 そこで挨拶できるはずだと踏むと、招待状に記すことに決めた。家族全員とエルノーチェ公爵家の使用人に見送られながら、出発したのだった。




 帝国に到着するまでの記憶は、正直ない。ぐっすりと眠っていたようで、いつの間にか隣に移動していた。


「!!」

「おはようございます、レティシア」


 目が覚めると、私は知らぬ間にレイノルト様に寄りかかっていた。突然の出来事に把握するまで少し時間がかかってしまった。


 夢かと疑いたくなったものの、見上げた場所にレイノルト様の麗しすぎる笑みがあったことで、現実を受け入れざるを得なかった。


「……あの、私何か粗相を」

「粗相? とても可愛らしい姿でしたよ」

(うっ。絶対にそんなことない)


 前後に揺れるほど寝相が悪かったり、ましてや変な寝言やいびきをしていなかったか不安になってしまった。


「そんなことありますよ? レティシアは寝顔まで愛らしいですから」

(笑顔が眩しいです)

「ははっ。ですが本当です。それに、酷くお疲れのようでしたので、微動だにしてませんでした」


 レイノルト様の言葉に納得できたのは、私が道中の記憶が一切なかったから。


「それなら良かったのですが……ありがとうございます、肩をお貸しいただいて」

「レティシアにならいくらでも」

「……今度は私の肩を使ってください」

「嬉しいご提案ですね」


 恥ずかしさが拭えぬまま馬車から降りると、そこにはリーンベルク大公家に仕える方々の出迎えがあった。


「「「おかえりなさいませ。旦那様、奥様」」」


 まだ婚約者ですと突っ込むのは、今さらだろう。


「あぁ、戻った」

「ただいま戻りました」


 使用人達に迎えられながら、そのまま夕食を取ることになったのだった。





 翌日は休息の時間として、ゆっくりと休むことになった。

 その次の日から早速結婚式準備が始まると聞いていたのだが、思わぬ来客が押し寄せていた。


「お義母様とシャーロット様がいらしているの? ……一体どうして」

「お二方だけではありません。皇帝陛下、先代皇帝陛下までいらしております」

「……何事?」


 シェイラが淡々と説明してくれるものの、全く理解できない状況に混乱し始めた。


「と、とにかく応接室に行かないと。お待たせするわけにはいかないわ。シェイラ、エリン。急いで支度を」

「「はい」」


 慌てて着替えると、そのまま足早に応接室へと向かった。


「失礼しまーー」


 バンッ!!


 ノックをしようとした瞬間、扉が内側から思い切り開いた。


「今すぐお帰りください」

「つれないことを言うな、レイノルト」

「……百歩譲って、母様と義姉様がレティシアのドレスを選ぶのは構いません。ですが、何故兄様と父様までいらっしゃってるんですか。政務はどうされたんですか」

「この日のために終わらせてきたに決まっているだろう」

「補佐官と宰相に丸投げしましたね? 彼らが可哀想なので今すぐお帰りください。リトス、玄関まで案内を」

「おい無茶を言うなレイノルト。あっ。おはようございます、姫君」

「おはようございます」


 来訪の理由が何となくわかったものの、少し荒ぶる珍しいレイノルト様を見て得をした気分になっていた。


「レティシア!」

「おはようございます、レイノルト様。皆様にご挨拶をーー」

「申し訳ありません。準備を始めるのを少々お待ちいただけますか。邪魔者を追い出しますので」

「ご、ご挨拶をしても」

「酷いぞレイノルト。レティシア嬢、堅苦しいことは気にしなくて良い。今日からはあくまでも君達が主役なんだから」


 恐らく様子から察するに、二人で考えたいレイノルト様に対して息子の結婚式準備を手伝いたいというご家族の気持ちが対立しているように見えた。


 先程のお義母様とシャーロット様の関与には許可が出ていたので、お手伝い自体を否定している訳ではないのだと悟った。


「レイノルト様。土台だけ助力いただくのはいかがでしょうか?」

「レティシア……」

「その後、細かいことを二人で決める方法も良い気と思うのですがいかがでしょうか。私もお義母様とシャーロット様にドレスを選んでいただきたいです」

「そう、ですか?」

「はい」


 これだとレイノルト様を少し突き放しているようにもなってしまうので、真意を微笑みながら伝えた。


(当日に、真っ先に見ていただきたいので。その方が特別感があると思って)

「!!」 


 レイノルト様は一瞬目を見開くと、先程までの作られたものではない、自然な笑みで口元を緩めた。


「わかりました、そうしましょう」

「これは良い夫婦になるな」


 ライオネル様の言葉に困惑気味に笑みを返したところで、結婚式の準備が始まるのだった。

 


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