第363話 幸福の一ヶ月 前
問題が片付いたために、帰国することになるかと思えば、その予想は外れることになった。
私達は怒涛の一ヶ月を過ごしたのである。
まず最初に行われたのは、ベアトリスの結婚式だった。
「ベアトリスお姉様、とても綺麗です。これはお兄様が泣きますね」
「泣かせておけばいいのよ。お兄様にはまだお相手がいないけれど、選り取り見取りなんだから」
「確かに」
「こら、リリアンヌ。仮にも王妃になる子が、そんなことを言っては駄目よ」
「あら、そうですか? 私は正論を言ったまでですよ」
「全くもう……」
新婦の控え室では、久しぶりに三姉妹揃って談笑をしていた。
ベアトリスが早急に準備を進め、式を執り行うことになったのは、国王陛下から「結婚式は長女から挙げなくてはならないだろう」という助言があったからだと、オルディオ様から聞いた。
元々、身内で極細に行う予定であったため、準備は予想以上に早く進んだという。
何だか申し訳ない気もしたが、ベアトリスの幸せそうな花嫁姿を見れたことにより、私の気持ちも満たされていた。
「今度は私の番ね。……お兄様には悪いけどーーって、いつまで泣いてるんだか」
「ふふ、本当ですね」
用意された席では、私とリリアンヌがそれぞれ婚約者と共に座っていた。カルセインも同じテーブルだが、今は国王陛下と共に何か語り合っている。
「そうだね。カルセインには悪いけど、次は僕達の番だ。早くリリーのドレス姿が見たいなぁ」
「もう準備は終わっているんですか?」
フェルクス大公子にそう尋ねれば「とうの昔にね」と笑顔で返された。
「……待ちなさいリカルド。私、何も知らないのだけれど?」
「安心してよリリー。ドレスの準備は終わってるんだ。百着ほど用意したから、お色直し含めて選んでくれたらそれで」
「用意しすぎよ!」
「え? 足りないかと思ったよ」
「あのねぇ……」
悪びれもなくそう言う大公子だが、その様子からは本当にリリアンヌが好きなのだという気持ちが伝わってきた。
「楽しみにしてますね」
「期待に添えられるよう、頑張るよ」
最後までため息をつくリリアンヌであったが、その表情でさえ嬉しさを帯びているものであった。
少し経つと、私はレイノルト様と一緒に本日の主役に挨拶をしに向かうことにした。
「……それにしても本当に良かった。お姉様の幸せな笑顔を見れて」
「安心しましたね。私も見届けられて嬉しい限りです」
「ふふっ。……リリアンヌお姉様の次は私達ですね」
「そうですね」
「そうとなれば、お姉様達に帝国を案内しないと!」
「……案内を、ですか?」
「えぇ」
少し緊張した表情になるレイノルト様に、満面の笑みで頷いた。
「レイノルト様。私は帝国で、あの大公城で結婚式を挙げられるのなら、これ以上ない名誉だと思います」
「レティシア……」
「それに、忘れられない思い出にもなりますよね。……大公城での思い出が、レイノルト様との思い出が増えるのは、私にとって最高に幸せなことです」
ベアトリスの姿を見て、私がセシティスタ王国での式に関心があるのではないかというレイノルト様の不安は、彼が口に出さなくても伝わってきた。
「レイノルト様。私にとって帰る場所はフィルナリア帝国であり、大公城です。何よりも、レイノルト様の隣だと思っています」
「……私もです。私の帰る場所は、レティシアの隣です」
「だからこそ、帝国で式を挙げましょう。私は最初からそのつもりですよ?」
「……レティシアには敵いませんね」
例え心が読めなくても、レイノルト様の考えがわかるほどには、レイノルト様を見続けて知り得てきたと思う。
「また貴女への愛が深まってしまいました。……底無しです」
「嬉しいです、凄く」
さらりと髪に触れながら、口づけを落とすレイノルト様。浮かべる笑みは、これ以上ないほどに極上のものだった。
少しの間見つめあったところで、私達は主役の元に急ぐのだった。
「オルディオ様、お姉様。ご結婚おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
二人並ぶ姿はとても絵になるもので、この絵を見れて本当に良かったと安堵していた。
「レティシア嬢、レイノルト様。お二人には本当に頭が上がりません」
「何を言いますか。ご自身で掴み取られた幸せですよ。ですよね、レイノルト様」
「間違いありません」
確かに少しだけ手助けをしたかもしれないが、結果的に結び付いたのは二人の想い合う気持ちがあってこそ。それを忘れないでほしい。
「オルディオ様。お姉様を誰よりも幸せにしてくださいね」
「……必ず約束します」
ベアトリスはその瞬間、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに口許を緩めるのだった。
幸せそうな二人と談笑をし、再び参加者で祝福をしたところで、ベアトリスの結婚式は幕を閉じた。
この翌週、今度はリリアンヌの結婚式が開かれるのであった。
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