第314話 不穏と反省会(オルディオ視点)
久しぶりに彼女に、ベアトリスに会った。彼女からすればあの出会いは遠い記憶なので、初対面ともいえるものだったーー。
ベアトリスに感謝を伝えに戻った日の夜。俺は宿舎の自室で、大きなため息をついていた。
「……失敗した」
「お疲れ様です、凄いため息ですね。何を失敗したんですか」
長年ベアトリスのことを想い過ぎていたからか、いざ彼女を前にすると気張り過ぎて上手く立ち回ることができなかった。
「……厚意の押し付けをし過ぎた」
「あぁー……」
イノは納得したような様子を見せた。
「……彼女に嫌な奴と思われただろうな」
「嫌な奴、とまではいかないんじゃないですか? 思うとしても変な人、くらいかと」
「変な人……結局同じだろう」
何にせよ、好印象を抱いてもらえなかったのは確かなことだった。
(力み過ぎた……)
落ち込むことしかできない今日の出来事を整理して、再びがくりとうなだれた。すると、イノが俺の言葉を否定し始めた。
「いやいや、全く違いますよ。嫌な奴にはもう二度と関わりたくないですけど、変な奴ならまだ印象に関する挽回の余地はあります」
「……あるのか?」
「ありますとも! ですからまだ諦めちゃ駄目ですよ」
「そう、か……?」
イノは椅子を持って俺の前に座った。
「それにしてもベアトリス様は何故トランに?」
「ケーキを買いに来ていたんだ」
「……エルノーチェ公爵邸からは王都や他の地の方が近いのでは?」
「確かに……そうだな」
何故ベアトリスがトランの地に来たのか。
それは今日会話を交わしただけではわからなかった。
「単なる観光ですかね?」
「可能性はあるな……それならトランの地を守らないと」
(……彼女がまた、安心してこの地に来れるように)
ぐっと手に力を入れる。
守る以前に、今日は騎士団の拠点に侵入者が入った。この問題を片付けることも、安全を作るために必要なことだった。
「イノ、侵入者は何を狙っていたんだ?」
「どうやら名簿のようです」
「名簿……」
トランという中心でもない地の騎士を調べる理由。わかるようでわからなかった。
(狙いは間違いなく俺だろうが……その理由はなんだ?)
オルディオ・セシティスタがどこにいようが基本関係も興味もないはず。けれども、エドモンドが王位につけなくなったことで、それも断定できなくなってきていた。
(結局平穏には過ごせない、のか)
自嘲気味に笑うものの、イノは冷静に対応方法を述べた。
「取り敢えず名簿の管理及び宿舎、管理棟の諸々の警備を強化します」
「そうしてくれ。侵入者の処理は」
「済ませております」
「ありがとう」
忍び寄る不穏に、一層の強化を決めると同時に切実に願う気持ちが表れた。
(……もう一度、彼女に会いたい)
今度こそは失敗しないように。
「じゃあ隊長。反省会しましょう」
「反省会……?」
「はい。今度いつあの方にお会いするかわからないので」
「……」
さも当然のような反応で、俺に向かい合うように座った。
「厚意の押し付けをし過ぎたんですよね。らしくないですね」
「ら、らしくない」
「具体的にはどういうことをしたんですか」
「それは……」
想像以上にぐいぐいと話を聞くイノに、苦笑いをしながらことの経緯を話した。
「……隊長。無理し過ぎだと思いますよ」
「無理をした記憶はないのだが」
「いや……なんだか、空回りしている気がします」
「う……それは自分でも感じてる」
空回り。その言葉はぐっと自分の胸に突き刺さった。
「何て言うんでしょう……今日のその行動、何一つ隊長らしくないんですよね。だから無理し過ぎだと思うのですが……無理したことに心当たりは?」
「心当たり……」
「ちなみに俺は察してます」
「……」
そうイノに言われても、心当たりは何もなかった。真剣な瞳で断言する様子から、イノは発言に自信があるようだった。
「…………聞いてもいいか?」
「もちろんです。俺が今日隊長の動きから感じた違和感って、何かを模していると思ったんです」
「模している?」
「はい。騎士らしい振る舞い、と言うよりも別の違う何かの親切心を無理に演出していたと思います。それで疑問だったんです。どういう親切心からケーキ代を出したり、持ったりしたのかなぁと」
イノの言葉は少し難しかったが、何となく言いたいことがわかる気がした。
「……殿下」
「……」
「もしかしてそのお姿なのかな、と」
「!」
「これはあくまでも推察ですよ。あの方は確か王子妃を目指していた可能性があるじゃないですか。そうじゃなくても公爵令嬢です。……殿下はそれに釣り合おうと無理をなさったのかなと」
イノの言葉は的確で、言語化できなかった自分の行動原理が理解できた気がした。
「隊長。俺はそのままの隊長でいいと思いますよ。いくらあの方と言えど、無理に王子に戻る必要はないと思うんです。向いてないと思いますしね。だからありのままでいてください。俺はその方が、あの方を振り向かせられるかと」
「イノ……」
「大切なのはありのまま、ですかね。その方が隊長の魅力が発揮されます」
「ありのまま……」
イノの助言は凄く胸に響いた。今までずっと自分が遠ざけてきた第二王子という立場と肩書は、遠ざけたままでいいのだと、イノは言った。
(……俺は騎士だ)
自信の持った姿こそ、失敗しない道に繋がるだろう。そう思うと、ようやく柔らかな笑みがこぼれるのだった。
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