第293話 姉と妹の線引き
部屋がノックされたので、モルトン卿が戻って来たと思いながら扉を開けた。
「レイノルト様!」
「レティシア。そちらの話はひとまず終わりましたか?」
「はい」
私が名前を呼んだ瞬間、背後からバッと立ち上がる音が聞こえた。そしてこちらに近付く足音が聞こえた。私は少し横にズレた。
「ご無沙汰しております、ベアトリス嬢」
「お久しぶりです、レイノルト様」
二人が軽く挨拶をし終えると、私はレイノルト様に尋ねた。
「レイノルト様、お兄様とモルトン卿は……?」
「来訪者がいましたので、その対応を」
「来訪者……」
反応したのは私ではなくベアトリスだった。
「レティシア、レイノルト様。私少し様子を見て参ります」
「お、お姉様」
「ベアトリスお嬢様!」
冷ややかな声が部屋に響いたかと思えば、私が止める暇もなく部屋を出ていってしまった。その後をラナが追う。
「エリン」
「はいっ」
私が少し動揺している間に、レイノルト様が一言指示を出した。エリンは素早くベアトリスの後を追った。
(良かった……ラナももちろん心強いけど彼女は侍女だから)
侍女であるが実力のあるエリンが傍にいるなら安心だ。家の中とはいえ、今は異常事態。過剰な護衛体勢の方が安全というもので、その上護衛は信頼できる人であるに越したことはない。
安堵のため息をつくものの、来訪者の存在が気になって仕方なかった。
「……レイノルト様、来訪者とは」
「推察するからに、第二王子派の人間ですね」
「!」
門番の目を掻い潜って玄関まで来ている時点で、門番が来訪を許容したことになる。となれば、門番を設置した側の人間であることは確かに考えられた。
「ということは……第二王子が動き出したのでしょうか」
「いえ、使者の内心を覗いたのですが……彼は第二王子の使者ではありませんでした」
「では一体……」
「レティシア。レティシアはシグノアス公爵家についてはご存じですか?」
「え? えっと、そこまで詳しくは知りません」
「では良ければ説明をしても?」
「もちろんです」
そこからレイノルト様からシグノアス公爵家に関する情報を軽く教えてもらった。
「……つまりは現状、敵ということですね」
「そうなります」
「そのシグノアス公爵家の使者、なんですね」
「はい。さすがに用件まではわかりませんでしたが……」
「十分な情報です。ありがとうございます、レイノルト様」
今、恐らくカルセインが使者から訪問理由を聞かされていることだろう。
「……あまり良い内容じゃなさそうですよね」
「私もそう思います」
「レイノルト様はシグノアス公爵と面識は?」
「いえ、ありませんね。レティシアは」
「私もないです……」
王国にいた頃、そこまで多くの社交経験を積んだ訳でもなかった。そのため、王国での人脈はほとんど無いに等しい。
「これから……恐らく必ずと言って良いほどお会いすることになるでしょうね」
「そうですね」
どんな顔をしてるのか、是非とも見てみたいものだ。
「ですが……このタイミングで使者が来るということは、私達がエルノーチェ家にいることを知っているのでしょうか」
「恐らくまだ問題ないかと。心を覗いた限りでは、私達の名前は出てきておりませんでしたので」
「良かった……ですが耳には届きますよね」
「そうですね。……それこそ、第二王子が動き出すかもしれません」
神妙な面持ちで話を進めていくと、レイノルト様は私の方を心配そうに見つめた。
「レティシア……元気がないようですが大丈夫ですか?」
「えっ……大丈夫だとは思うのですが」
「ベアトリス嬢との話で何かありましたか?」
「…………そう、ですね」
二人での話を振り返ってみると、一度話終えたとはいえ話しきったとは思えなかった。
「どこまで聞いて良いのか、踏み込んで良いのか躊躇ってしまって。姉と妹として、どう対話すべきなのかわからなくなっている自分がいます」
「……なるほど」
姉だから。妹だから。傷付けなくて、守りたくて、だからこそ全てを話さずにいる。特にベアトリスは長女としての責任の感じ方がかなり大きくて、必要以上に姉と妹という線引きをしているように思うのだ。
「……ベアトリスお姉様には、幸せになってもらいたいんです。けど今のままでは、本音を聞き出せていない状態では、その幸せもわからなくて。聞き出せる自信もなくて……」
(私は、どうしたらいいんだろう)
改めて姉妹としてぶつかった時に、変な遠慮をしてしまう自分がいることに気が付いた。
「レティシア」
「はい……」
優しい声で名前を呼ばれると、そっとレイノルト様の方を見上げた。
「良いんですよ、その思いで」
「……え?」
「知りたい、聞きたい、幸せにしたい。そう思ったままで良いんです。聞き出そうなんて貴族令嬢同士の高等戦術のような真似はしなくて良いのではないでしょうか? ベアトリス嬢は家族でしょう。それなら直接言って良いと思いますよ。変に濁さず、そのままの思いを」
「!!」
貴族令嬢同士ではないのだから。
その言葉に、私は頭を鈍器で殴られたくらい衝撃を受けた。
「……線引きは私もしていたみたいです」
いらない線引きの存在に気が付くと、私はもう一度ベアトリスと話したいという思いに駆られるのだった。
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