第240話 前座を務めて(シルフォン視点)



 帝国でお茶会を開催するのなら、帝国のやり方にするべきだとエルノーチェ様は判断された。ということで、慣例通り、招待客の中でも下の身分となるご令嬢は最上級の招待客ーー貴賓を迎える準備をしなくてはならなかった。


 貴賓は待機室に通され、他のご令嬢方はそのまま会場へ進まされる。侯爵令嬢である私は当然後者。遅すぎず早すぎない時間で大公城に到着した。


 ちょうど人の出入りが少ない時間だったのか、城の出入口には私以外に人は見当たらず、送り終えた馬車が帰っていくのが見えた。

 

 じっと大公城全体を見渡していると、最近親交を深めた方から声をかけられた。


「ごきげんよう、シルフォン様」

「た、隊長……!」

「……その呼び方は恥ずかしいので、是非名前で呼んでください」

「わかりました、ノースティン嬢」


 エルノーチェ様親衛隊隊長であり、品格者として有名なご令嬢の一人、シエナ・ノースティン伯爵令嬢。


 昔から遠目で見るだけの方だったのだが、縁あってお近づきになることができた。


「今日は頑張りましょう、シルフォン様」

「はい、ノースティン嬢」


 大役、というには大袈裟かもしれないけど私にもやるべきことがある。それをノースティン様は知っているので、応援の言葉を贈ってくれた。 


「では人足先に参りますね」

「はい。では後程」


 ネイフィス様に警戒されないためにも、役目を果たすまでは極力離れて過ごすことを事前に決めていた。


 ノースティン嬢が会場入りしてから少し経ってから、私はそっと会場へ向かった。


(開始時間はまだだけど、恐らくほとんどのご令嬢方が揃っているわね)


 ご令嬢方が早めに来る理由は、まずは単純に友人に会いたいから。もう一つは、何か面白いことが起こるかもしれず、その状況を見逃したくないからなのだ。


 そして現に、面白いことが起こっていた。  


「どうして?」

「エルノーチェ様は一体何を考えていらっしゃるのかしら」

「帝国式のお茶会ではなく、王国式のお茶会を開催するつもりなのではなくて?」


 会場内の視線を集めているのは、伯爵家や子爵家のご令嬢ばかり。彼女達は苦言を呈し続けているようだった。


 その理由は簡単。なぜなら中心にネイフィス様の姿があったから。


(貴賓として扱われなかったことへの文句ね。文句を言ってるのはネイフィス様の取り巻きだわ)


「皆様落ち着いて。エルノーチェ様は今回が初主催なのよ。色々と緊張してらっしやるに違いないわ」


 余裕を見せるようにふわりと微笑みながら、周囲へ呼び掛ける彼女の本心が違うことは、わかる人にはわかっていた。


 ただ、長年社交界で権威を振りかざしてきた分があって、中立的な立場にいたご令嬢方からすれば、ネイフィス様の怒らない姿は好印象で、間違えた対応したとされるエルノーチェ様の印象は下がっているところだろう。


「……少し悲しいけれど、お気になさらないで」

「ネイフィス様……!」

「寛大なお心ですわ……!」


 誰が悪で誰が善か。


 その構図を開始前から作り上げているネイフィス様には感心するものもある。しかし、私やノースティン嬢、そして親衛隊の皆様はバレない程度の冷ややかな目でその光景を見つめていた。


 作戦を始めようと、静かな足取りでネイフィス様に近付く。


「あら、シルフォン嬢……!」

「ごきげんよう、ネイフィス様」

「貴女の元気な姿が見れて嬉しいわ」

「お心遣いに感謝いたします」


 思ってもない言葉を並べるものの、彼女は私がエルノーチェ様に対して嫌悪を抱いていて、自分の手駒になっていると勝手に勘違いしてるので、すんなりと言葉を受けとる。


「大丈夫? 噂の火消しが大変だったと聞いたわ」


 その一言を皮切りに、周囲のご令嬢方はひそひそと話し始める。私の噂ほど、有名でご令嬢方の興味をそそる話はないだろう。一気に注目を集めた。


「……エルノーチェ様にはお世話になりましたから」

「そうね。あの方が広めなければこんなことにはならなかったでしょうに……」


 ネイフィス様のエルノーチェ様下げが明確に始まった。その言葉を引き出せた私は、心底嬉しくて仕方なかった。そんなことなど知らないご令嬢方。ますますエルノーチェ様の好感度が下がっていったことだろう。


 それを感じているネイフィス様は、気が付かれないようにそっとほくそ笑んだ。計画通りにいっていると勘違いされているところ申し訳ないが、私は真実を述べることにした。


「あら、ネイフィス様。誤解ですわ」

「え?」

「私は言葉通り、本当にエルノーチェ様にお世話になったのです。何せ、私のありもしない噂を流したのはルウェル嬢でしたから。そのルウェル嬢を追い詰めたのがエルノーチェ様です。ルウェル嬢の信用がなくなったことで、私の噂が消えたようなものですから」

「ーー!」


 ふわりと微笑みながら、エルノーチェ様への心からの感謝を告げた。


「……そう言えば、ネイフィス様はルウェル嬢と親しかったと記憶しておりますが……私の偽りの噂を消すように話はしてくださらなかったんですね」

「!!」


 帝国に来たばかりのエルノーチェ様がご自身にできることはして、長年帝国にいて噂話のことを理解しているはずの貴女はなにもしなかったのかと。


 刺しかない言葉で問い返せば、先程までの空気は変わり始めていた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る