第189話 親子の面影




 婚約披露会が近付く中、先王妃へとの約束の日が先にやってきた。せっかくの機会なので、直接招待状を渡すことをレイノルト様に申し出れば、笑顔で承諾された。


「本当は私も着いていきたいのですが……女性同士ということであれば、行けば母上に何か言われそうですね」

「そうですね」

「残念ですがおとなしく家で待機しております。帰ってきたら是非、お話を聞かせてください」

「もちろんです。レイノルト様もお仕事のやり過ぎには気をつけてくださいね」

「約束します」


 玄関先まで見送りに出てきてくれたレイノルト様と、出発直前まで会話を交わしていた。

 その様子をディオンをはじめとした城の使用人達が、微笑ましそうに見ているのを視線から感じた。


「では行ってきます」

「お気をつけて」


 馬車に乗り込むと、窓からレイノルト様が見えなくなるまで手を振った。


(少しレイノルト様が微笑むだけであの喜びよう……もしかして、以前はそんなに笑わなかったのかな?)


 手を下ろしながら考えていた。


 城に仕える使用人達が見せる反応は、私に対して好意的なものが多く、その理由には必ず以前のレイノルト様が深く関係している気がした。


 その答えを今から確認できるかもしれない。というのも、レイノルト様の小さな頃の話を、もしかしたら聞けるかもしれないから。


 といっても、第一にすべきは先王妃様と親睦を深めることで間違いない。ぎゅっと手を握りしめると、頑張ろうという決意を感じながら馬車に揺られるのだった。


 





 到着したのは先日もお邪魔したお屋敷。馬車から下りると、心なしか屋敷の各所に護衛が多く配置されている気がした。


(……私以外にもお客様がいるのかしら?)


 お茶会をする先王妃ではなく、先王の予定はもちろん何も知らないので、誰かが屋敷を訪れているのかもしれなかった。


 少し緊張が増す中、玄関をノックしようとした瞬間、ガチャリと玄関の扉が開いた。


「いらっしゃい、レティシアさん。お待ちしてたわ」

「お、お邪魔します」


 胸の前まで持っていった手は、静かに下ろすことになった。


 とてもにこやかで明るい表情で迎えてくれた先王妃は屋敷に入っていかず、そのままでてきた。


「せっかく良いお天気だから、外でお茶をしたいと思っているのだけど、どうかしら?」

「是非」

「良かった。レティシアさんなら承諾してくれると思って、実はもう準備してあるの」

「そうなんですね」


 穏やかな笑顔を失礼にならない程度に見つめると、どこかレイノルト様と似ている雰囲気があった


(親子だもの。当然よね)


 見つけられたことを微笑ましく感じながら、先王妃の後ろを着いていった。屋敷の庭付近に用意された会場は、とても落ち着く雰囲気のものだった。


 向かい合って座る前に、早速招待状を渡した。

 

「先王妃様、レイノルト様と私の婚約披露会が一週間後にございますので、よろしければ」

「まぁ……とっても素敵な招待状ね。これをレティシアさんが?」


 リボンで装飾されてはいるものの、華美になりすぎないよう気を付けて作り上げたものだった。


「はい。僭越ながら作らせていただきました」

「凄くよくできてるわね」


 声色と様子から、感嘆している姿を確認できてほっと落ち着く。


「ありがたく参加させていただくわ」

「よろしくお願いします……!」


 承諾してはもらえるとは思っていたが、まさかその場ですぐに返事が返ってくるとは思っていなかったため、感激しながら頭を下げた。


「レティシアさんは緑茶が好きだと聞いたのだけど……どうぞ飲んでみて」

「お気遣いいただきありがとうございます」


 目の前に出された緑茶を味おうと飲んだ。感想を言おうとするより前に、先王妃はこちらを優しい声で名前を呼んだ。


「レティシアさん」

「は、はい」


 思わず背筋を伸ばして気を引き締め直す。


「そんな固くならないで。私はレティシアさんに心からの感謝の気持ちを伝えたくて、今日お呼びしたの」

「感謝……ですか?」


 心当たりのないことに、疑問符が浮かんでしまう。


「えぇ。レイノルトと出会ってくれたことによ」

「……」

「レイノルトの幸せそうな表情を見れて、本当に嬉しかったの。……あの子は昔から感情を抑えていた部分もあったから。笑うことがあっても、心からのものを見るのはなかなか難しくてね」

「……そうだったんですね」


 レイノルト様の壮絶な過去を見届けた先王妃にとっては、笑顔は珍しいものだと言う。


「その反応を見るからに……あの子はレティシアさんの前だとよく笑うのかしら?」

「そう、ですね……常に笑みを浮かべています。基本的には穏やかで、にこやかだと思います」

「穏やか? にこやか?」

「……はい」


 私の言葉がよほど衝撃的だったのか、目を丸くして驚いていた。私はその反応に驚いて、恐る恐る尋ねてしまった。


「あ、あの。先王妃様の知るレイノルト様はそんなに穏やかでなく、にこやかでもないのですか?」

「そうね……穏やかなのも、にこやかなのも一瞬で、優しいフリをよくするイメージだわ」

「仮面をつけている、と」

「そうそう」


 なるほど、合点がいった。

 以前のレイノルト様について、具体的に知る機会はあまりなかったため、先王妃のお話しは貴重なものだった。


 一通り話を聞くと、先王妃からある提案をされた。


「レティシアさん」

「はい」

「もしよかったら、呼び方を親しいものにしてくれない? 先王妃だと寂しくて」

「失礼しました……!」

「いいのよ。礼儀を尽くしてくれている気持ちは充分に伝わったから」

「で、では……お義母様と」

「まぁ! とても嬉しいわ」


 花が咲き誇るように、ぱあっと笑みを浮かべる姿は、やはりレイノルト様が時折見せる発光する笑顔に似ているなと感じた。それと同時に、今回を通してより親しくなれたように感じるのだった。

 

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