第二部 フィルナリア帝国編
第180話 約束の指切り
「うわぁ……!!」
「見えましたね」
「あれがフィルナリア帝国ですか!」
私の興奮する声色を、微笑ましそうに眺めるレイノルト様はこくりと頷いた。
少し長い旅路も、いよいよ終着地点が見えてきた。目の前に広がるフィルナリア帝国の景色は壮観で、王国とはまた異なった雰囲気が現れていた。
「何と言えば良いのでしょう……うーん、セシティスタ王国を引きで見た時に感じるイメージカラーが青なら、フィルナリア帝国は赤みのある茶色、ですかね?」
「そうですね。落ち着いた色味だと思います」
「凄く素敵です……!」
「良かったです、気に入っていただけて」
まるで秋という季節を連想させるような、色味の建物が並んでいるのが見えた。しかし遠目で見てもフィルナリア帝国が広いことがわかる。
「帝国は広すぎて視界に収まりきりませんね」
「そうですね。観光しようにも、一週間では足りないでしょうね。下手をすれば一ヶ月でも少ないくらいです」
「魅力が多いんですね」
「自慢の故郷なので、盛ったかもしれません」
「ふふっ、凄く楽しみです」
(到着したら是非とも観光したいなぁ)
目的地に到着するまで、窓に張り付くように景色を眺めていた。
「そうだレイノルト様、お聞きしたいことが。王城への挨拶はいつなら可能でしょうか?」
「帰ってから日程調整をしますので、決まり次第お伝えしますね」
「よろしくお願いします」
「まずは自宅へ向かいましょう」
「はい……!」
まず目指す目的地は大公城であることを確認すると、唐突に思い出した。
今日からレイノルト様との同居となることを。
忘れていたわけではないが、いざ頭に同居の二文字が浮かぶと鼓動が早くなってくる。
もちろん婚約者なのでいずれは結婚して肩書きが変わるが、今は婚約者という状態。少しだけ不安定にも見える関係での同居だからか、緊張が込み上げてきた。
実は両家の顔合わせの時に、結婚についての話はあがった。両者が合意したのは、私がまずはフィルナリア帝国で生活をしてみて、可能かどうかを確かめてみることだった。
帝国という環境が大きく変わる生活に、私が耐えられるかを心配した姉達の意見が採用されたのだ。
まずはお試しで生活をしてみることになったわけだが、晴れて婚約者となったのでレイノルト様からの同居という提案は通ったのだ。
「……レティシア、緊張していますか?」
「はっ」
「考え事をしていたのならすみません。どちらの声もあまり聞こえなかったもので」
「そんなに黙ってましたか?」
「はい。不安になるほどには」
「す、すみません。レイノルト様の言う通り、近付いてきたからか緊張してしまって」
レイノルト様との関係もそうだが、これからお世話になる大公城で上手く人間関係を構築できるかも不安だった。
「……大丈夫です。
「そ、そうでしょうか」
「はい。むしろ……リトスのようにレティシアに感謝をする人がほとんどだと思いますよ」
「感謝、ですか?」
(一体何故?)
不安を読み取ってくれたレイノルト様が、私が膝に重ねていた手の上に自身の手で優しく包んでくれた。
不思議な解答に首を傾けると、柔らかく微笑んだレイノルト様が続けて緊張を取り除いてくれた。
「行けばわかると言えばそれまでですが、大公城の使用人は古くからの付き合いが多いのです。……その、私が恋愛を一生しないと諦めた者達と言うべきでしょうか」
「な、なるほど」
「……私は城の者を信じていますが、もしも貴女に威圧的な態度や攻撃的な態度を取った使用人がいれば、すぐさま報告してください」
「わかりました」
「……」
こくりと頷いたが、どこか不安そうなレイノルト様の視線は私から動かなかった。
「レ、レイノルト様?」
「……レティシアは無理してしまいそうで」
「大丈夫です。無理はしないとお姉様達と約束したので」
「私ともしてくれますか?」
「もちろんです。指切りしますか?」
「指切り……?」
レイノルト様の頭上に疑問符が浮かぶと、はっと思い出して説明をした。
「セシティスタ王国にあるかはわかりませんが、指切りは私の昔の故郷にあった約束方法なんです」
「故郷……なるほど、是非教えていただきたいです」
「小指を出してください」
「こうですか?」
「はい。それで……小指をきゅっと折ってください」
「あ……指切り、ですね」
「はい」
レイノルト様が差し出した小指に、自分の小指で掴むと、レイノルト様に小指の先を折ってもらった。
「これが約束の指切りです。一種の誓いのようなものですね」
「誓い……」
「はい。なので、私はレイノルト様に無理をしないことと、辛い時は何でも打ち明けることを約束しますね」
「では、私もレティシアに隠し事はせずに守り続けることを約束します」
お互いに見つめあって、約束事を言葉にした。
「では約束です。指切り拳万嘘ついたら針千本飲ます! レイノルト様、破ったら針千本飲むことになります」
「な、なんですかその恐ろしい誓いは」
「ふふ、今のは指切りの誓いの言葉みたいなものなのですが、真意はわからないので。あくまでもおまけの言葉と思ってください」
「……針千本」
真面目な顔をし始めたレイノルト様に、慌てて訂正をした。
「じょ、冗談ですからね?」
「興味深い誓いの言葉ですね。……レティシア。もし嫌でなければ、また故郷の話を教えてくれませんか?」
「それはもちろん」
「ではそれも約束しましょう」
「ふふっ」
二度目の約束を交わすと、緊張と不安はいつの間にか薄まっていった。
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