第103話 心を紐解いて



 

「もしも……できるなら。行いたいです」

「それは恩義を感じてるからかしら」


 リリアンヌの問いには頷いたものの、続いた疑問には即答することができなかった。


 一人の人間として、他者から自分に与えられた恩は返したいと思う派ではある。

 けれど、同じことをしたいと感じた時。それは恩義だけでは片付けられない何かの感情が、芽生えている気がした。


 ただ、相手のことを第一に見守って。時に背中を押して。相手の状況を見て、心情に寄り添った行動をし続ける。自分にできる最大限で最善の行動をするために。


 それと全く同じ行動を自らしたいというのなら。 


 答えはでている気がした。


「………………それだけではない気がします」

「そう…………」

「これは……答えになりますかね」

「充分なるわよ」


 リリアンヌの優しそうな微笑みにはどこか嬉しさが見え始めた。その笑顔とは裏腹に、私は更なる不安が生じていた。


「でも……その、あまり大公殿下との気持ちに釣り合ってない気が」

「気持ちの釣り合いは最初から気にすることないわ。そんなことを言ったらレティシア、私と大公子の初期なんて釣り合うも何もなかったから。関係を作り上げてきても尚、相手の一方通行だった時期があったくらいなのよ」

「そ、そうなんですね」


 これは、リリアンヌのスイッチを入れてしまったかもしれない。

 そう直感的に感じた。


「そうよ。今だって怒ることが多いもの。怒って、あきれて、見限りたくなって。……それでも結局。傍にいたいと思ってしまうのよ」

「傍に……」

「えぇ。好意で決めきれないなら、その人と共に生きたいかで考えても全然良いと思う。そうやって、色々考えてみて。積もり積もった結果、答えはどちらにより傾いているかしら?」


 小さなことでも構わないと教えてくれるリリアンヌ。その教えに頷きながら、少しずつ考えていった。


「…………私はこれからも、大公殿下とお会いしたいですし、お話ししたいです。明確に、お傍に居続けたいとはわかりませんが」

「うん」

「ですが、傍にいると安心します。困ったことがあれば頼りたいとも思います。そして、これからも成長を見続けて欲しいです。変われた姿をお見せしたいです」

「大切なことね」


 穏やかな声色で相槌をうってくれる姉に、内心感謝しながら整理を続けた。


「もしもこの先、大公殿下が何か困難に遭遇したら。必ずお助けしたいです。私にしてくれたように」

「……うん」

(……あっ)


 口に出していった結果、あることに気がついた。


「……今、整理してみて、私は大公殿下に対してマイナスな感情は何一つ思い浮かびませんでした。…………これって何気なく凄いことですよね」

「そうね。大きな加点じゃないかしら」


 もちろんこの先にマイナスな感情が現れることもあるだろう。だが現状はない。むしろその感情を抱く瞬間を見てみたいと思うほど、自分の気持ちは固まっていた。


「……お姉様、答えが決まりました」

「そう?」

「はい」

「ならその言葉は、本人に言わなくてはね?」

「届けにいきます、絶対」

「ふふふ」


 結論が出て、和やかに場が終わろうとしたその時。


「何の答えが決まったの?」


 キョトンとした顔でベアトリスが部屋に入ってきた。


「ごめんなさいね。ノックはしたのだけど」

「いえ。気付かなかったので構いませんわお姉様」

「お疲れ様です」

「二人ともね。……二人で内緒話をしてたとはしらなかったわ」

「内緒話では」

「ふふ、羨ましいでしょう? お姉様」

「べ、別にっ」

(あ、リリアンヌお姉様がまたからかってるわ)


 少し頬を膨らませるベアトリスに向かって、隠すことでもないのでざっくりと説明をした。


「あら……そこまで進展してたのね。意外だわ」

「お、お気づきだったのですか?」


 スムーズに捉えてもらえることに、少しだけ驚く。その間姉たち二人は会話を交わしていた。


「大公殿下とお話しする機会があったの。その時に……何となく察したのよ」

「お姉様がですか」

「女性の勘よ」

「……恋愛経験がないのに?」

「し、静かになさい。外から見る分にわかることというのはあるのよ。貴女と大公子のこととかね」

「これは失礼しました」


 どうやらベアトリスの方が一枚上手だったようだ。


「……答えについて聞くつもりはないけれど。その、レティシア。水を差したらごめんなさいね」

「何でしょう、ベアトリスお姉様」

「その……選択次第では、他国に向かうことになるのよ。その辺は、しっかり考えた?」

「あぁ……」


 そうだった。

 大公殿下であるレイノルト様は、フィルナリア帝国の人間だ。もしもこの先共に歩むとしたら、私はついて行くことになるだろう。


 でもそれに対する抵抗は沸かない。


「……大丈夫な気がします。その、特段セシティスタに思い入れがあるわけでもないので。……もちろん、お姉様方と離れるのは凄く凄く寂しいですが」

「レティシア……!」

「私も寂しいわ……。でもいつか巣立ってしまうなら、安心と信用できる方の元へ言って欲しいと言うのが願いよ」

「お姉様と同じよ。貴女を何がなんでも守り抜いてくれる人でなくちゃ」

「……はい」


 別れを少し想像しただけで、涙が込み上げてきそうになった。


「……私は多分、向こうの文化に合う部分もあると思います。現に向こうの特産品の緑茶は口に凄くあっているので。……もちろん大変なことはたくさんあると思います。けど、他国に行けることになるなら、少しわくわくもしているんです」


 元々自立を目指していた身としては、どこへでも行ける気がする。もちろん大切な人々と別れるのは胸が痛けれど。


「社交界の心配等もありますが、正直セシティスタでの立場よりも大変な社交界はないと思うので」

「確かにそうね。悪評を半ば強制的につけられたこの社交界に比べたら、どこへ行っても立ち向かえると思うわ」

「レティシアは自分が思っているよりもはるかに成長できているからね。私の自信作よ」


 ベアトリス、リリアンヌの順に背中を押してくれる。


「……はい、ありがとうございます!」


 私は飛びきりの笑顔で二人の応援を受け取ったのだった。

 


 

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