第8話 咲くも枯らすも自分次第1

 十二月も中旬を過ぎた日曜日。

 朝から姉ちゃんはバイトに行く。バイト先のケーキ屋はクリスマス前のクリスマスケーキ予約に追われて、すでに忙しいらしい。

 夕方に帰宅して、疲れてるはずなのに、服を着替えると、母さんと一緒にキッチンに立ち、食事の準備をしている。いつもなら、化粧を落として、着古した部屋着のワンピース着てたりするのに、今日は違う。化粧直しをして、今から外出してもおかしくないような、折り目がしっかりついたプリーツのワインレッドのワンピース。その上から汚れないようエプロンもつけている。母さんもいつもより化粧が心なしか濃く感じる。

 俺と父さんはいつも通りの服装で、リビングでコタツに入ってテキトーにかけているテレビを観ている。

 

 夕方六時を過ぎた頃だった、インターフォンが鳴る。姉ちゃんがあわてて出る。

「君彦くん! ちょっと待ってて」

 そう応対した後、姉ちゃんはエプロンを外し、嬉しそうに外へ出ていく。父さんと母さんも慌てて玄関に向かう。

「コラ、悠太! 何座ってんの! 玄関でお出迎えするよ!」

 渋々コタツから出て、玄関に向かう。


 ドアが開き、姉ちゃんの後ろから、少し身体をかがめながら入ってきたのは、あの日姉ちゃんとキスしていたあの男だった。あの日よりもしっかりと髪をまとめて、黒いコートの下はスーツ姿だ。近くで見ると本当に身長が高い。家族の中では一番身長が高い俺でも少し見下ろされてる。

「初めまして。神楽小路君彦と申します。本日は師走のお忙しい中、お時間を割いていただき、ありがとうございます」

「は、は、はじめまして、父のひっ、宏隆ひろたかです」

 父さんがめちゃくちゃ緊張してて笑いそうになる。汗も尋常じゃないくらいかいてるし。

「ごめんなさいね。お父さん、緊張しぃなのよ。あ、母の真弓まゆみですー。こんなところで立ち話もなんですから、上がって上がって。来て早々ご飯になってごめんなさいね」

 父さんとは反対に、いつも通りの母さんは来客用としていつも使っているこげ茶色のビロード生地で出来たスリッパを置く。

「失礼いたします」

「あと、これ、君彦くんからお土産って」

「あらぁ!」

 姉ちゃんは母さんに紙袋を渡す。母さんが好きでよく買って来る菓子店のものだ。

「皆さんで食べてください」

「気を遣わせちゃったわね……。でも、ありがとうね。狭い家で窮屈かもしれないけど、ゆっくりしていって。君彦くんはいったんリビングで待ってもらうとして、真綾はご飯並べるの手伝ってちょうだい」

「はーい」


 姉ちゃんは母さんと一緒にキッチンへ行ってしまった。おいおい、彼氏放置かよ……。父さんはテンパってそそくさとリビング入っちまったし。立っている君彦さんに、

「リビングこっちだから」

 と誘導する。

「あ、俺、弟の悠太です。どうも」

「よろしく」


 リビングには男三人。特に話すこともなく全員コタツに入っているシュールな画だ。

 君彦さんの隣に座り、ちらちら横目で観察する。近くで見れば見るほどマジ浮世離れしてる……。まつ毛長いし、髪もつやつやしてる。コートとスーツのジャケットを脱ぐ時、いい匂いがふわりと漂ってきた。姉ちゃんから漂ってきたあの匂いと同じだった。


 姉ちゃん、昔から王子様みたいなの好きだったもんな。小さい頃一緒に観てたアニメでも、あんま喋んないけど、賢くて、見た目がキラキラした王子様キャラが好きだったし。あのキャラが死んだ時は三日間ほど泣いて、「いつかあの人みたいな王子様と結婚するもん」って言うのがしばらく口癖になってたっけ。

 だからって、マジで理想の男を見つけてくるってどうなってんだよ。まぁ、行ってる大学が芸大だもんな。芸大は一風変わった奴が多いって聞くけど、本当にそういうやつがゴロゴロいるのかもしれない。


 キッチンに呼ばれて向かうと、ダイニングテーブルには大皿に乗ったおかずが置かれている。レタスで周りを囲んだエビチリ、一つ一つ手作りのギョーザとシュウマイ、溶き卵がふわりと浮いている中華スープ……。いつもはこんなに豪勢じゃない。最近は母さんも姉ちゃんも忙しくて、ギョーザやシュウマイも手作りすることは滅多になく、冷凍のことが多いのに今日は張り切ったものだ。

 父さんと母さん、姉ちゃんと君彦さんは向かい合って座る。余った俺は、その間に納戸から持ってきた折り畳み椅子に座らされる。


「えっと、ご飯食べる前に改めて。彼が神楽小路君彦くん。わたしと同じ喜志芸術大学の文芸学科の一回生だよ」

「よろしくお願いいたします」

 君彦さんが頭を下げると、僕らも一斉に下げる。

「本当にウチのご飯でよかったのかしら? せっかく来てくれてるから、外食でも出前でもよかったんだけど」

「真綾さんの普段のお食事を私も食べてみたかったんです。我儘言って申し訳ございません」

「今、週に一度、君彦くんへお弁当持って行ってるんだけど、どれも美味しいって言ってくれてるんだよ」

「あら、そうなの? 嬉しいわねぇ」

「僕は何も手伝ってない身で言うのもなんだけど、どんどん食べて」

「ありがとうございます。いただきます」

 君彦さんの動向を家族四人で凝視する。

「おいしいです」

 その一言で、一気に空気が和むのがわかる。

「ギョーザの食感が良いですね」

「ウチのお父さんね、にんにく入れちゃうとお腹壊しちゃうのよ。だから、その代わりというのも変なんだけど、たけのこいれてるの」

「なるほど」


 食事が進むにつれ、ようやく父さんも緊張が解けてきたのか、

「いつくらいから娘とお付き合いしてるんですか?」

 と質問できるくらいに普段のペースを取り戻す。

「お付き合いして一か月ほどですが、それまでは友人として仲良くしていただいてました」

「君彦くんからみて、真綾ってどんな印象?」

 母さんも興味津々に軽く身を乗り出して訊く。

「優しい、ですね。私は人と話したりするのがとても苦手で。そんな私に手を伸ばして、話しかけてくれたのが真綾さんでした」


 なんか姉ちゃんらしいな。昔から公園で一人で遊んでる子がいれば、声かけに行って、一緒に遊んだりしてたし。見た目ふわふわしてんのに、積極的でアクティブ、自分の心配より人の心配をする。そういうところが良いけど、やりすぎるのが欠点というか。

 俺は、何も口を挟むことなく、黙って食べるだけ食べて席を立つ。

「ごちそーさま」

「悠太、アンタも真綾と君彦さんに訊くことないの?」

「別に。興味ない」

 と言ってリビングに逃げこんだ。

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