落とし物
通勤客行き交う朝の駅のホームで男が、頭から部品をひとつポロリと落とした。中指の爪ほどの小さい歯車だ。
「落としましたよ」と男の後ろに立っていた男子学生が親切に拾って声をかけたが、「私の物ではないですね」と無感情な返答。面食らった学生が立ちすくんでいる間に落とし主はさっさと階段を下っていった。
階段下で男は、また頭から部品を落とした。今度は子供のこぶしほどある大きな歯車。すれ違った年配の婦人があわてて拾って声をかけたが、「いえ。それは私の物ではないですね」とさっきと同じ反応。婦人が困惑している間に落とし主は改札を通っていった。
二時間後、男は大あわてで百貨店に駆け込んだ。
歯車売り場で販売員に在庫の確認をしてもらったが、運悪く売り切れだった。
男は半泣きで色んな店を歩いて回り、16軒目でやっと落とした2つの歯車の代用品を見つけた。すでに昼下がり。のんびりした暖かさが心地よい。
「よかったよかった。助かりました。なければ私は死ぬところでした」
「大変でしたね。落とされたのですか」
「いえそれだけはありえません」
男はもうすっかり上機嫌になって店を出た。さあ私の一日はこれからだ。
彼は毎日このように生きている。
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