第5話 合コン②

 合コンが始まって約50分。

 2度目の席替えが行われ、3人目の相手と会話が始まっていた。


「ね、月宮ちゃん。ちょっと聞きたいことが」

「っ?」

 そんな玲奈の相手は、蓮也の親友——悠樹である。

 悠樹は両手をメガホンのようにして、合コンらしかぬコソコソした声で伝えるのだ。


「(難攻不落の)月宮ちゃんってさ、蓮也のこと気になってるっしょ? 元々、蓮也目当てで合コンに参加したとか、一途みたいな」

「……なっ、なんのこと?」

 いきなりの発言だった。

 細い眉をしかめて寄せて首を傾げる玲奈は、気持ちを悟られないように駆け引きを選ぶ。

 悠樹が蓮也と仲の良い関係であるのは、見せてもらった写真で知っているのだ。

 慎重になるのは当然である。


「検討外れじゃない? 身に覚えがないわ」

「ほう。オレを相手に知らないフリをするのは適切じゃないぜ? 火傷やけどさせちまう」

「ふーん。なら火傷させてもらおうじゃない」

「ハハッ、そうこなくっちゃ!」

 冗談口調に冗談を返し、初対面とは思えない二人。

 蓮也の知り合いだと大まかにわかっている悠樹と、写真を見せてもらったことで蓮也の友達だと知っている玲奈なのだ。

 距離が縮まるのは早く、ラフなやり取りができるのだ。


「それじゃ早速、気になってるって思った一つ目の理由。今日は蓮也と一緒に集合場所に来ただろ? つまり、(なんか仲悪そうだったのは置いといて)なにかしらの関係があるってことだ」

「妥当な意見ね」

「二つ目の理由。男と一対一で話している最中、蓮也の方をチラチラ見てただろ? 側から好意持ってるのはバレバレだ。どうだ?」

「……っ、そ、それは慣れない場だから落ち着かないだけ。アイツを見てたわけじゃないわ」

「あ……。な、なるほど……」

 玲奈はお酒を飲みながら、この追及を冷静に躱していた。

 実際に的を射た内容だったとしても、しっかりとした筋の通った言い訳、、、があればバレることはないのだ。


 ——飲むペースが明らかに早くなっていることは置いておいて。


「あら? その弱った言い返しはもうギブアップってことかしら。わたしを火傷させるって息巻いていたのに」

「ぐぅぅ……」

「ふふっ」

 バレる危機、、、、、は去った。優勢も取れた。

 安堵から挑発した口調に変えれば、歯を噛み締めて悔しがるような声を出す悠樹。

 だが、これは彼の演技だった。


「なーんてな! 次の理由が本命」

「えっ……」

「理由その3。蓮也がそこの女の子と話してた内容で——」

 ここで再び小声に変え、対象の人物をこっそり指をさして悠樹は言うのだ。


「あの子が蓮也の好きなタイプを聞いてただろ? それを月宮ちゃんも聞いてたのか、めちゃくちゃニヤけてたし」

「っ!?」

「『気遣いができて、大人っぽくて、髪の長い人』だっけ。蓮也が言ってたのは。月宮ちゃんに当てまるのあるもんねえ」

「……さ、さあ。どうかしら」

「ハハハ、これは誤魔化せないぜ? 『髪の長い人』って蓮也が言った時、月宮ちゃん自分の髪を触りながら明らかに落ち着きなくなったじゃん? 全てを物語ってると思うけどな」

「っっ〜〜…………!!」

 その自覚はあった。ニヤけを必死に抑え込んだ自負もある。


 優位に立っていたそのポジションはもうなくなった。

『火傷させちまう』が有言実行されたように、髪に隠れた耳を赤くしながら、どんどん縮こまっていく玲奈である。


「あ、あなた……なんでそんなところまで見てるのよ。合コンなんだから目の前の女性に集中しなさいよ……」

「月宮ちゃんには言われたくないけどなぁ。それにオレが一番本気なんだぜ? この合コン。マジで出会い求めてるし」

「嘘つき。集中していたら周りのことなんか見えないでしょ」

「だってよお、同じテーブルだから月宮ちゃんのことは視界に入るし、マジであからさまな反応してるからさ。……一緒に喋ってた男は感触がよかったって勘違いしてるだろうけど」

 ここもボソリ、である。


「え……? わたしってそんなにあからさまなの? あなたが大袈裟に言っているだけよね?」

「逆に月宮ちゃんは隠し通せてると思ってたわけ? それは鈍感すぎだって」

「……!!」

 この呆れ切った返しは、玲奈をさらに恥ずかしくさせるもの……。

 第三者の意見をストレートにぶつけられたのだから。


「あ、これを材料に強請ゆするつもりはないから安心してくれ。……これは独り言だが、オレとしては蓮也を落としてくれたら嬉しいっていうか、助かるっていうか、そう思ってるし」

「えっ? それどういう意味……?」

 悠樹の声色は途端に真剣なものに変わる。

 そして、鼻先を掻きながらバツが悪そうに言うのだ。


「こんな場で話す内容じゃないんだが、蓮也は自然消滅した元カノのことめちゃくちゃ引きずっててなぁ……。友人オレとしては、過去の彼女だと割り切って、早く前に進んで欲しいんだよな」

「そ、それって……」

 自然消滅での別れ。自身の状況と酷似している。

 オレンジの瞳を見開く玲奈に、悠樹はもう少し細かく話すのだ。


「暗い話だから詳しく聞けてないんだが、高校時代に付き合ってた彼女と大学を境に自然消滅したみたいで、約2年経っても忘れられないんだと」

「じゃあ、アイツ……大学に入ってからも彼女は作っていないってこと?」

「そりゃもちろん。何度か告白されてるけど、全部断ってるぜ? 自然消滅してるってことは内心わかってたのか、『好きな人がいるから』って理由で」

「……あなた、わたしをからかってるでしょ」

「なんでそうなるんだよー……」

 一瞬信じたが、すぐに責めるようなジト目を作る。


「……だって、そんな人が合コンなんかに参加するわけないでしょ? よくよく考えれば」

「ハハハッ、これは信じられないかもだが、蓮也はオレの引き立て役っていうか、サポート役で参加してもらってるだけだぜ? こう頼まなかった時は普通に断られたし」

「アイツの意図的に上げようとしてないでしょうね……」

「もしその証拠を掴めたら、オレは大学を辞めてもいいぜ?」

「……それを言われたら信じるしかないわね」

「どーも」

 真実だからこそ、証拠が出るはずない。

 その意図をしっかり汲み取ったからこその、『信じるしかない』である。


「あ、もう一つだけあなたに質問していい……? アイツのことで申し訳ないけど」

「もちろん。この時間は月宮ちゃんのために使ってくれ」

 合コンに本気で挑んでいる悠樹だが、この20分は情報提供に使う覚悟だった。


「じゃあお言葉に甘えて。2年も忘れられないのなら、普通は連絡をして自然消滅は避けるわよね? どうしてなにもアクションを起こさなかったのかしら」

「あー。すまん。それは詳しく聞いてないな……。ただ、蓮也側は連絡がくるものだと思ってたらしいぜ?」

「……」

 ここで思い返されるのは、『聞き逃せないことあったんだけど。連絡しなかったのは玲奈でしょ?』と言われた、西口の駅での蓮也の言葉。


「んまあ、連絡なかったら普通は自分から連絡するもんだけど、蓮也いわく、気を遣いすぎたらしい」

「なんか取って付けたような理由ね……。本人に聞くしかなさそう」

「だが、蓮也は人を傷つけるような嘘を言うヤツじゃないし、なにかしらの考えがあったんだと思うぜ? これは自信を持って言える」

「……そうだといいけど」

 隣のテーブルにいる蓮也を尻目に見ながら本心を呟く玲奈である。


「てか、ごめんな月宮ちゃん」

「うん?」

「蓮也の元カノがめちゃくちゃ強敵みたくなっちゃっただろ? だからその……」

「それじゃあ、アイツが元カノのどのようなところを好きだったのかとか、褒めていたところとか、惚気のろけていたところ教えてくれないかしら。強敵っていうくらいだから、いろいろ聞いているんじゃないかなって」

「聞いてるには聞いてるけど、いいのか? もっとやりづらくならね? 大丈夫?」

「うんっ」

 手で口元を抑え、小悪魔の笑顔を隠しながらご機嫌に頷く玲奈。

 当然である。その元カノこそが自分なのだから。


「月宮ちゃんがいいならいいけど……。じゃあまずはどんなところを好きだったのか教えるけど、マジでいっぱい漏らしてたぜ? 蓮也は」

 なにも知らない悠樹は記憶の限り伝えていくのだ。

 結果的に蓮也のスパイになってしまっていることにも気づくこともなく……。



 その頃。

(いや……。玲奈、悠樹と打ち解けすぎだって……。一番楽しそうにしてるじゃん……。も、もしかして悠樹を狙ってるんじゃ……)

 ワイワイしているその光景を見る蓮也は、自身の話題を口にされているとも知らず、人一倍もモヤモヤを積もらせていくのだった……。


 そうして、運命の時がやってくる。

 5回目の席替えで蓮也の正面にきた女子は——頬を薄っすらと赤らめていて、笑いを堪えているようなニマニマした顔もしていて、どこかご機嫌そうな玲奈だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る