第446話 金なら出す

 酒場に下りていくと、そこには相変わらず、暗く陰鬱な雰囲気が漂っていた。


 ちびりちびりと酒に口をつけながら、ぼそぼそと愚痴のようなものを口にする村人たち。


 中には、二階から降りてきた俺たちを見て、露骨にため息をついた者もいた。

 一緒に呑んでいる相手が、慌ててたしなめるなどしていたが。


 しかし生活に困窮していても、酒を飲む金はあるんだなと思う。

 どんなに困窮していても、酒を優先する人はいると聞いたことがあるが。


 俺は一瞬、風音のほうを見てしまうが、彼女は不思議そうに首を傾げるばかりだった。

 いくら風音でも、そこまではと思うけど……そこは今、本題ではないな。


 俺は酒場のマスター──カウンターの向こうでコップを拭いている──のもとに行って、こう質問した。


「マスター、つかぬことを聞きますけど。『金なら出す』と言ったら、どれだけの量の料理と飲み物を用意できますか?」


「あぁん? どういうことだ」


「この酒場の貯蔵庫に、食料やお酒類などの備蓄がどれだけあるかです。あと、今日ここでそれを消費してしまって大丈夫かどうかも」


 マスターは一度、怪訝そうな顔を見せる。

 だがすぐに、こう答えた。


「金さえ払ってくれんなら、いくらでもだ。どれだけ食うつもりか知らねぇが、いざとなりゃあ村のもんに金を払って、家畜や野菜を分けてもらえばいい。その気になりゃあ、この村のもん全員、腹いっぱいにするぐらいの量は楽勝で用意できるだろうよ。金さえありゃあな」


「それはよかった」


 俺は財布から硬貨を取り出した。

 大金貨を10枚、カウンターの上、マスターの目の前に置いた。

 マスターの目が、みるみるうちに丸くなる。


 俺はマスターに、こちらの意図を伝えた。

 かくかくしかじか。


「は……!? ──おわっ、とっ、とっ……!」


 俺の言葉を聞いたマスターは、手にしていたコップを取り落としそうになり、慌ててお手玉してどうにかキャッチ。


 それから安堵の息をついてコップを置くと、カウンター上に置かれた大金貨の1枚をおそるおそる手に取り、目線のあたりまで持ち上げてまじまじと見た。


「おいおい……これ、本物の大金貨か……? いや、疑ってるわけじゃねぇんだが。ていうか、今なんつった?」


「ですから。この大金貨10枚でできるだけの料理と飲み物を、この村の全員にふるまってほしいと言ったんです。俺たちのおごりで」


「……マジか」


「マジです」


 俺とマスターの会話は、酒場で飲んでいる村人たちにも聞こえていたようだ。

 彼らはにわかに騒めきはじめる。


「お、おい……今、あの冒険者が言ったの、聞こえたか……?」


「ああ。俺の聞き間違いじゃなければ、あの冒険者たち──いや、あの冒険者様たちのおごりで、この村の全員に料理と酒をふるまってくれるって……」


「嘘だろ……じゃあ、薄めてない酒も飲めるってことか……?」


 ごくりと、唾を呑む音が酒場中のあちこちから聞こえてくる。


 ちなみに酒場で飲んでいた男たちのテーブルには、ほとんどつまみの一つもない。

 飲んでいる酒も、どうやら水で薄めた代物のようだ。


「ちょっとお父さん。変な声出してたけど、何かあったの?」


 厨房から、先ほどの少女が顔を出す。

 マスターはそれを半ば無視するようにして、震える声で俺に聞いてきた。


「ほ……本当に、いいんだな? 二言はないな」


「はい。二言はありません」


「そ、そうか。──おい、ステラ」


「なぁに、お父さん。だから何の話?」


 マスターはずんずんと少女の前まで歩み寄ると、娘の両肩に手を置いた。


「ステラ、村中のみんなに伝えろ。『今日は祭りだ』とな。そして村のもんが全員腹いっぱいになるだけの食料をかき集めてくるんだ。あと料理できる人手もな。金は──この冒険者たちが全部出してくれる」


「えっ……? ──うぇえええええええっ!?」


 少女はまじまじと、俺たちのほうを見る。


 かと思うと、少し後には、彼女の瞳に涙がたまっていった。

 涙は頬を伝って落ちる。


「うっ……あ、ありがとうございます……! ありがとうございます! 冒険者様は……ぐすっ……皆様は、神様です……! うわぁああああああんっ!」


「おらステラ、泣いてねぇで行ってこい! 今日は忙しくなるぞ!」


「うんっ、分がった! 行ってくる!」


 少女は服の袖で涙をぬぐい、ばたばたと酒場を出ていった。


 酒場で飲んでいた村人たちも、いよいよ盛り上がりはじめる。


「うぉおおおおっ、マジかよ!?」


「すげぇ! もしかして肉も食えるのか!?」


「あの冒険者たち、何なんだよ……か、神様か……!?」


「そうだ、神様だよ!」


「神様、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 酒場中から俺たちに向かって、感謝の言葉が降り注いだ。

 何か知らないが、みんなで神様呼ばわりである。


 ……いや、そこまで感謝されても、それはそれで困るのだが。


 というのも、これは例によって俺たちの打算ありきの話だ。

 先ほど二階の部屋で現れたのは、こんな特別ミッションだったのだ。


───────────────────────


 特別ミッション『酒場のマスターにお金を渡し、村の人々に料理や酒をおごる』が発生!


 ミッション達成時の獲得経験値……支払った金貨1枚相当額につき100ポイント、最大で金貨100枚相当額(獲得経験値10000ポイント)まで


───────────────────────


 酒場のマスターに渡した大金貨10枚は、金貨換算で100枚相当の金額に値する。

 つまりこの特別ミッションの最大金額である。


 なお金貨100枚というと、ざっくり100万円ほどに相当する。

 それだけ払って獲得経験値1万ポイントは、しょぼいのではないかと一瞬思ったりもした。


 しかしこれは、今の俺たちの所持金総額の1%にも満たない額だ。

 全財産を突っ込めば100万ポイント以上もらえる相当の特別ミッションと考えると、悪くはないようにも思えた。

 もちろん上限額が引っ掛かって、そこまでは無理なのだが。


 さらには、あるテーブルのほうから、こんな声が聞こえてきた。

 あのテーブルは、たしか──


「おい、行ってこいよ」


「わ、分かってるよ。……あのさ、俺が殺されたら、骨は拾ってくれるか?」


「四の五の言わずに、行ってこい!」


「うわっ、たっ……!」


 一人の村人に背中を押され、もう一人が俺たちの前にやってきた。

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