第370話 旅の恥はかき捨てならぬ
ギルドの二階に続く階段から、一人のギルド職員の女性が、慌てた様子で駆け下りてきた。
彼女はクエスト掲示板前に群がる冒険者たちに向かって、こう叫んだ。
「緊急のクエスト依頼です! 四パーティ合同のレイドクエストあるいはSランククエストを受けられる冒険者パーティを探しています! 受けられるパーティはありませんか!?」
「報酬と内容は?」
冒険者の一人がすぐさま声をあげると、ギルド職員はこう答える。
「達成報酬は総額で金貨600枚! 内容は『ヴァンパイア討伐』です! これは被害を受けた村からではなく、当冒険者ギルドからの直接依頼となります!」
その言葉を聞いた冒険者たちが、一様に騒然となった。
「ヴァンパイア討伐だって……!?」
「おいおい……ヴァンパイアって、ある意味ドラゴンよりヤバいって言われてるS級モンスターだろ?」
「ああ。過去には都市一つがヴァンパイア一体のせいで滅びかけたこともあるって」
「さっきのゾンビがどうとか言ってたやつ、まさかヴァンパイアの話だったのか?」
「ヤベェだろそれ。ミドナ村に今、ヴァンパイアがいるってことか?」
思い思いに見解を口にする冒険者たち。
そこから伝わってくるのは、ヴァンパイアというモンスターがとにかく「ヤバい存在」だという認識だ。
一方、俺がヴァンパイアという名称を聞いて真っ先に思い浮かべたのは、未達成ミッションの一つだった。
「ヴァンパイアを1体討伐する」という獲得経験値7万のミッションがあったはずだ。
ちなみに「ドラゴンを1体討伐する」が3万ポイントのミッションだったので、ヴァンパイアというモンスターが一般にドラゴン以上の難敵であることはこの点からも窺える。
周りの冒険者たちは「ど、どうする?」「いや、どうするったって」などと言って、まごついているようだった。
ここにいる冒険者たちの大半あるいは俺たちを除いたすべてが、25レベルかそれ以下だろう。
ざっと見回したところ、限界突破していそうな圧を持つ冒険者は、俺たち以外には見当たらなかった。
あまり目立ちたくない──というのも、状況によりけりだ。
どうせこの街に長居するわけでもないだろうし、「旅の恥はかき捨て」ならぬ「旅の限界突破バレはバレ捨て」でもいいような気がした。
念のため風音と弓月にも確認を取ると、「私は賛成」「うちもいいと思うっすよ」との了承を得た。
俺は冒険者の群れの中から、ギルド職員のお姉さんに向かって挙手をしてみせる。
「はい。俺たちがやります」
「あ、ありがとうございます! レイドクエストに参加してもらえるということは、Aランク相当の実力はあるということで大丈夫ですね? ほか三パーティ、立候補していただけるところは──」
お姉さんは相当焦っているのか、矢継ぎ早に話を進めていこうとする。
ていうか、さっき自分で「レイドクエストまたは」と言っていたと思うのだが。
一応加えられた文言で、それを受諾できる冒険者が本当にいるとは思っていなかったのかもしれない。
ここまで来て隠す理由もないので、俺ははっきりと主張する。
「いえ、Sランククエストとして受けるつもりです。俺たち三人パーティですけど、三人とも限界突破していて55レベル以上ですので、多分いけます」
『は……?』
受付のお姉さんと、周囲の冒険者たちの疑問の声がハモった。
あたりが一瞬、しんと静まり返る。
俺たちの近くにいた、浅黒い肌とごつい体格を持った冒険者の男が、震える声をあげた。
「お、おいおい坊主。こんなときに冗談を言うのはよくねぇぜ。『三人とも限界突破していて55レベル以上』だぁ? 与太もほどほどにしとけよ。だったらステータス見せられんのか、おお?」
若干バカにする系の言い方。
少しカチンときたので、俺はついトゲのある言葉を返してしまった。
「見せられますけど、あなたに見せる必要もないので。ギルドの職員さんに見てもらえば十分だと思います。見てもらっていいですか?」
「え……? あ……は、はい。確認いたします」
俺、風音、弓月(帽子にグリフが乗っている)の三人は、ギルド職員のお姉さんのほうへと歩いていく。
冒険者たちの人だかりが、モーゼの十戒のように俺たちが通る道をあけた。
ギルド職員のお姉さんのもとまで行くと、俺たち三人は彼女にステータスを見せる。
お姉さんはそれを確認すると、額に汗をかき、笑顔をひくつかせた。
「た、確かに……56レベル、55レベル、56レベル……か、確認いたしました」
その声を聞くなり、冒険者たちがまた一斉に騒めいた。
「う、嘘だろ……!?」
「三人とも限界突破!? しかも55レベル以上!? あのガキども──じゃなかった、あのまだ若い方々が……!?」
「なんでそんなやつらが、こんな街の冒険者に紛れ込んでるんだよ!?」
ざわざわ、ざわざわ。
ギルド内はそれまでにないほど騒然となり、収拾がつかないぐらいになっていた。
えっと……そこまでのこと、かな……?
多少驚かれるだろうとは思っていたけど、ここまでだとは予想していなかった。
中には握手を求めてくる冒険者もいて、もうわけが分からない状態だ。
あ、おいそこのおっさん、どさくさに紛れて風音や弓月の手を丹念に握ってるんじゃない殺すぞ。
あ、風音の射殺すような視線で退いた。
弓月もばっちいものに触られたって感じでエンガチョしてるわ。
「あの、二階でお話をしたいのですが、よろしいでしょうか」
「あ、はい。是非お願いします」
ギルド職員のお姉さんが助け舟を出してくれた(?)ので、俺たちはそれに乗っかって二階へと上がることにした。
ふう、やれやれ。人気者はつらいぜ。
今度から、限界突破とレベルを明かすときには、もう少し気を付けようと思った俺だった。
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