第60話 第七層(3)
第七層、二戦目に遭遇したのは、デススパイダー三体だった。
これは第七層でも最弱クラスのモンスター編成であり、【ウィンドストーム】を使わずとも対応できる相手だと判断。
小太刀さんはMP節約のために【ウィンドスラッシュ】の使用にとどめた。
それに弓月の【バーンブレイズ】と俺の【ロックバレット】、さらに俺と小太刀さんの武器攻撃を加えることで三体をあっさり殲滅し、問題なく完封勝利した。
次の戦闘は、デススパイダー五体との遭遇だった。
三体と五体とでは、難易度が雲泥の差だ。
小太刀さんにも【ウィンドストーム】を使ってもらってフル火力で戦った。
ただデススパイダーは、ジャイアントバイパーと比べてもはるかにタフなモンスターだ。
弓月の【バーンブレイズ】と小太刀さんの【ウィンドストーム】を重ねても殲滅できず、結局のところ単体攻撃を重ねて各個撃破を試みるしかなかった。
結果、俺と小太刀さんが、毒牙による攻撃を一撃ずつ被弾しつつの勝利となった。
そのうち俺が受けた毒牙攻撃では、「毒」の効果は受けずに済んだ。
「毒除けの指輪」の効果で自動的に中和されたようだ。
戦闘終了後、
なおこの戦闘でも宝箱が一つ出てきて、中身は「毒消しポーション」だった。
毒消し魔法がなくても自給自足できそうなこの感じ。
【宝箱ドロップ率2倍】が効いている感じがするな。
とはいえ、さすがにこの宝箱運は、ずっとは続かないだろうが。
あと俺のMP消費も含め、リソースの消耗がまあまあ大きい。
さすがは第七層という印象で、一筋縄ではいかないなと感じた。
第七層に入ってからここまでの一時間半ほどの探索で、マップ北東部までの道のりの半分ぐらいまで来ていた。
あと一時間半か二時間ほど──ちょうど昼時ぐらいには、北東部の端まで到達できそうに思えた。
だがそこで、この階の本命と遭遇する。
「出たっすね、『ミュータントエイプ』!」
弓月の言葉が示すとおり、第七層の四戦目で遭遇したのは、これまでに戦ったことのない初見のモンスターだった。
巨大なゴリラのような姿をしたモンスターだ。
直立すれば、体長三メートルほどにもなるだろうか。
周囲の木々とのサイズ感の対比がおかしく見えるぐらいの巨大さだ。
凄まじい太さの腕は、木の幹をも容易くへし折りそうなパワーを感じさせる。
普通の人間であれば、あれに一発殴られただけで潰れたトマトみたいになってしまうだろう。
俺たちは超人的な能力を持った
そのモンスターの名は、ミュータントエイプ。
森林層のモンスターは毒や麻痺などの絡め手攻撃が目立つが、その中にあって珍しく、単純なパワー型のモンスターだ。
バッドステータス系の攻撃がない代わりに、HPや攻撃力、防御力などのステータスは、森林層の他のモンスターと比べてもバカ高い。
敏捷力すらも群を抜いているほどだ。
その強さがどのぐらいかというと、第一層のボス、ゴブリンロードとステータスがほぼ互角なのがこのミュータントエイプである。
ようはゴブリンロードが雑魚モンスターとして出てきたようなもの。
そいつが一体。
俺たちと遭遇するなり、地鳴りをさせながら猛スピードで突進してくる。
ゴブリンロード戦と違って取り巻きがいない点は有利だが、こっちにも裏技による補助魔法の恩恵がない。
「小太刀さん、弓月、作戦通りで。というか、いつも通りよろしく」
「「了解(っす)!」」
俺、小太刀さん、弓月の三人が、魔法発動のために魔力を高めていく。
接触までの時間を利用して補助魔法を使おうとも思わない。
基本的に、補助魔法が攻撃魔法よりも有利に働くのは、長期戦になるケースだけだ。
敵を瞬殺できるなら、補助魔法は悪手である。
「くらえ! 【ロックバレット】!」
「切り裂け! 【ウィンドスラッシュ】!」
「一体だけなら、威力はこっちが上っす! 【ファイアボルト】!」
三人同時に魔法攻撃を放つ。
岩石弾が、風の刃が、火炎弾が、一斉にミュータントエイプに突き刺さる。
ミュータントエイプは、それでも怯まずに突っ込んできた。
俺と小太刀さんが、それぞれ武器を構えて迎え撃つ。
「弓月! 残りHPは!」
「43っす! 魔法で三分の二は削れたっす!」
「よし! 小太刀さん、仕留めます!」
「はい!」
「「──はぁああああっ!」」
眼前まで迫ったミュータントエイプは、太い腕を振り上げて小太刀さんを殴りつけようとした。
それが振り下ろされるよりも一拍早く、俺の槍と、小太刀さんの二本の短剣が巨大モンスターの体に深々と突き刺さる。
ミュータントエイプはそれで、びくんっと痙攣し、黒い靄になって消滅した。
あとにはやや大きめの魔石が残る。
戦闘終了だ。
圧倒的勝利。
ゴブリンロードと互角の相手といっても、今の俺たちの実力ならこんなものだろう。
俺たちもずいぶん強くなったもんだ。
「「「うぇーい!」」」
パン、パン、パンと、俺たちはいつものハイタッチをする。
次に弓月が抱きついてきたので、抱きとめてから、くるりと回って手放した。
さらに小太刀さんも抱きついてきたので、同じように抱きとめてくるりと回って手放し……って、あれ?
「やったっすね、風音さん♪」
「うん。やったやった♪ 嬉しいから火垂ちゃんにチューしちゃう」
「えっへへー♪ 風音さんから、ほっぺにチューされたっすよ♪ ──どーっすか先輩? 羨ましいっすか?」
「……あ、ああ。羨ましいな」
「先輩も、ほっぺにだったらうちにチューしていいっすよ。マウストゥマウスはダメっす」
「いや、遠慮しとく……」
「うわ、六槍先輩がガチで放心してるっすよ。風音さん、破壊力抜群っすよ」
「な、なんのことか分からないな~。私は火垂ちゃんの真似してるだけだし。ぴゅーぴゅぴゅーっ」
「めっちゃ分かってんじゃないすか」
小太刀さんと、わずかの間だけど抱き合った。
でも距離が近くて、小太刀さんの匂いがした。
以前に酔っぱらった小太刀さんに抱きつかれたことはある。
あのときも嬉しかったけど、今回はなんか、違う。
俺が呆けていると、いつの間にか小太刀さんが、俺のすぐ横に立っていた。
小太刀さんは俺の耳元に顔を寄せ、ささやいてくる。
「そろそろ気付いてくれないと、私も拗ねますよ?」
「あ、はい」
小太刀さんはそれから、すぐに俺のそばから離れていった。
でも後ろ姿を見ると、小太刀さんの耳がたしかに真っ赤になっていた。
あー……。
「俺、ダメだなぁ……」
「先輩。自分のダメさ加減が、やっと分かったっすか?」
小太刀さんと入れ替わりでやってきた弓月が、「だから言ったっしょ?」とばかりに俺をおちょくってくる。
「何も言い返せないからやめてくれ。あと弓月、お前に言われるとなんか無性に腹立つ」
「これもヘタレな先輩への罰っすよ。先輩はもっと、日々移ろう可憐な乙女心を理解しないとダメっす」
「そんな難しいこと言われてもなぁ……」
「難しくても分かれっす!」
「痛っ」
弓月が俺のすねを蹴っ飛ばしてきた。
あれ、こいつこんなことするやつだったか……?
「バーカバーカ、六槍先輩のバーカ! 唐変木! 鈍感系ラノベ主人公!」
「それはもう分かったから」
「分かってねーっすよ」
そう言い残して、弓月はぷいっとそっぽを向いて去っていった。
何だあいつ……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます